《UC0000.00.00》

 何故、今になってあの話を思い出したのだろうか。

 

「全てはあの子から始まったのかもしれない。あの子が宇宙に行かなければ、あの子を、行かせなければ――我々人類も宇宙に足を踏み入れることはなかっただろう」

 父の抑揚の少ない喋り方と低く響くような声が私は大好きだった。彼の表情の変化が乏しいことも相俟って、友人や親戚は、まるで機械のようだと冗談めいて言うのを見てきたけれど、私は一度もそんな事を思ったことはない。父は誰より優しい。どんなに苛つくことがあっても、どんなに悲しいことがあっても父の声を聞いているだけで心が落ち着くからだ。
 茶色の優しい瞳が私を映す。私は母と同じ青い瞳で、幼い頃からそれを誇りにも思っていたが、父を見る度に「この色も欲しい」と叶いもしないワガママを言って二人を困らせたものだった。

「けれど同時に人類が宇宙にさえも手を伸ばさなければ、私達のような人間も生まれなかったんだと……そう思わないか」

 いつか地球へ戻る。軍人としてではなく、ただひとりの人間として。
 それがスペースノイド第一世代であった父の夢だった。地球というものがどんなに素敵なものか、私は知らなかったが、そのために必死に戦う父を誰よりも尊敬していた。しかし皮肉にも彼は、自らが恋い焦がれた大地でその命を落とすこととなる。

 

*

 

『諸君の父も兄も、連邦の無思慮な抵抗の前に死んでいったのだ。この悲しみも怒りも忘れてはならない! それをガルマは死を以って我々に示してくれたのだ!』

 今もこの心に鮮やかに蘇る光景がある。ギレン・ザビ総帥による、弟ガルマ・ザビの国葬での演説。手を振り上げて語る彼の気迫と熱は、テレビの液晶すらも飛び越えて私に降りかかった。その光景を母は涙を流しながら、弟は唇を噛み締めてながら見つめていたのを覚えている。

『我々は今、この怒りを結集し、連邦軍に叩きつけて初めて真の勝利を得ることが出来る。この勝利こそ、戦死者全てへの最大の慰めとなる!』

 心臓をその手で掴まれたような気分だった。息が詰まる程の衝撃、対して頭だけはスーッと冷えていき、ただひとつの明瞭な答えだけがそこにあった。

『国民よ立て! 悲しみを怒りに変えて、立てよ国民!! ジオンは諸君等の力を欲しているのだ!!』

 ジーク・ジオン。響き渡るのは歓声か怒りか。ただひたすらに繰り返される、最早叫びにも近いその言葉を、一言一句逃さずに口ずさみながら、この身に刻み込んだ。それは確かに今も“ここ”にある。ある。けれど。

 ――もし、あの時立ち上がらなかったら? そんな未熟な考えが頭をよぎるのは、仕方のないことと切り捨てても良いのだろうか。

 

 初めて宇宙に足を踏み入れた彼女。誰もいない暗いその世界で何を思い、何を見つめていたのか。
 決して開くことのない扉の前で、私は一人、目を閉じた。