《P.D.309.01.01》

 暗い暗い宇宙を漂っていた。外は何もない暗闇で、誰ともすれ違うこともなければ、何かに触れることもできない。通信機は壊れているようで、外の音は何も聞こえず、かろうじて空気のあるコクピットの中で、自分の息遣いだけが響いていた。生暖かいものが頬を伝って流れていく感覚。それがなんなのか、鏡どころか灯りさえもない今確かめることもできない。拭き取ろうと手を伸ばすと、冷たいガラスに触れる。ヘルメットを装着したままであることすらも、私は忘れていたのだ。

 闇の中、手探りで足下を探る。そこに配置された水分補給用ボトルに触れた時、少しだけ気が緩んだ。のも束の間、どうしようもない問題が立ち塞がっていることに気付いてしまった。
 酸素は、いつまで持つのだろうか。重力が不安定な中、水分の残量すらも分からない。外部の音が聞こえないのは勿論だが、振動や微かな揺れすらもないのが恐ろしい。
 世界は暗く、何も見えない。もしや私自身、失明したのではないかと疑ってしまう程に黒い視界。間近で強い閃光を見てしまったのだ、その可能性もあながち否定できないということがまた、不安を増幅させる。
 戦闘はもう終わってしまったのだろうか?ジオン公国は、連邦に勝利することができたのだろうか?あの機体は、ガンダムはどこへ消えたのか。……皮肉にも、走馬灯のように蘇る記憶だけが色を纏っていた。目映い閃光の雨を駆け抜けていく機体、彼に向けられた銃口、「母さん」という悲痛な叫び声。どれもこれも、思い起こせばすぐにでも眼前に迫る程。
 ただひとつ、イワンは、どうなってしまったのか、その先を考えることだけは頭が拒否していた。けれど、一番に怯えていたのはその次へ至る疑問。私。私は、どうなるのだろうという、先の見えない無への恐怖だった。
 
 結論から言ってゲルググは動かなかった。そしてコクピットも開かなかった。それから何時間そうしていたのか。水と非常食で空腹はごまかしつつ、時折ふっと気を失うように浅い眠りについては、起きた時に再び暗い暗い絶望をまざまざと見せつけられる、それの繰り返し。未だかつて無い程に襲い来る孤独感。友人は少なく、学徒になってからも殆どの人間と特別な関わりを持つ事もなくひっそりと生きていた。そんな淡い記憶ですら今はただ輝かしく脳裏に浮かび、網膜を錯覚させる。

 ――ひとりは、こんなにも苦しいものであったのか。

 全ての繋がりが遮断されたたった一人きりの宇宙に、誰にも届かない声と手が空しく落ちた。