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ルーク・ハント強化月間的なもの

勢いのままに書いているので長さもまちまち。
話もつながってたり繋がってなかったり。
名前変換もありますので、お手数ですが前のページで
登録お願いいたします。

感想や、参考までにネタなどあればいただけましたら幸いです。

(2020.09.01~)

おらほの畑は

※方言は簡易翻訳使用なので深く考えず読んでください

 

「お、王子様……」

 私は自分が周りの人間にどんな風に思われているかと理解しているつもりだった。だからこそ、その言葉を聞いた時、いつものように右隣を向いたのだ。無意識とは恐ろしい。今ここにヴィルはいないのに。

「す、すみません……こんな綺麗な人、こんなところにいるわけねぇと思って」

 頬を林檎のように真っ赤に染めてその少女は俯いた。私の胸ほどの高さに位置する頭はさっぱりと短く切り揃えられ、所々跳ねた毛が風にそよいでいる。何やら大きな紙袋を両手で抱えている。

「あ、なまえ!」

 そこに駆け寄ってきたのはエペル君だった。どうやら二人は知り合いであるらしい。いや、彼の普段ポムフィオーレでは見せないような明け透けの表情を見るに、所謂「幼馴染」のような関係性なのだろう。

「この人、友達? 王子様みんた人連れでくるはんでどってんすた」
「違う、先輩。……って王子様さまぁ?!」


 さて、私といえば思いの外、純粋かつ実直な感想を出会い頭にぶつけられ戸惑っていた。ヴィルの隣に立つものとして、ポムフィオーレの副寮長として惜しむ事なく美に費やしては来たものの、私の学園での評価といえばどちらかというと「腫れ物」にも近いと自負しているので。勿論、心外ではあるけれど後悔ない行動をしていることも自覚しているのでなんとも言えない。

「おめはどっちかというと姫さまだ」
「ちょ!!!! 気にすてらんだぞ!!」
「わーだって男女しゃべらぃるの嫌だよ!!」
「……おや、それはいけないな。エペル君」
「う、ルーク先輩! す、すいません、つい場所と相手が相手なもんで言葉が……」
「ここは君の故郷だからね、気にすることではないよ」

 二人の間に入ると、彼女の目は皿のようになり、微かに距離をとられたことを察した。

「どうかしたかい?」
「い、いや、あの……おら、いや私、ちょっとびっくりして」
「?」
「こんな、顔も所作も声も全部完璧な人間いるんだなって……都会の人ですよね、凄いなぁ……」
「……んん」
「……いきなりなーに言ってんだなまえ」
「エペルは見た目ばっかりで口悪いしな!」
「なまえに言われたぐね!!」

 二人の口論を背景にまた私は口元を笑みで固まらせたままでいた。



「あー、なまえがヴィルサンみたら女王様っていうよ」
「ふふ、そうかもしれないね」
「……今の聞かなかったことに……」

 スッと顔から笑みの引いたエペル君を見て、逆に私の頬が緩んだ。君が思っている程、ヴィルは短気ではないのだけど。

「……それにしても、ルーク先輩がこっちに遊びに来たいって言うなんて意外でした」
「ん、そうかい? こう見えて私は狩とつくものならなんでも好きなのさ。林檎狩りもまた同じ。まだまだ初心者だけれどね」
「か、狩り……狩りではありますけど」
「本当はヴィルも誘ったんだけどね」
「ヴィル先輩はまぁ……正直いなくてホッとしてます」
「その木の葉だらけの頭はヴィルに見せられないね。……まぁ私もだが」

 ふ、とあの林檎のように丸く赤く染まった頬を思い出す。ヴィルやエペル君も私と比べるときめの細かい頬をしているけれど、その輪郭はやはり女性とは違う。

「そう言えばここは紅葉も綺麗に染まるんだろう?」
「え? は、はい。多分いつもだったら1ヶ月後には紅葉も見れるかと」
「最高じゃないか! エペル君、今度は紅葉狩りに来てもいいかい?」
「……ルーク先輩、もしかしてもう目をつけました?」
「ふふ、レディに失礼だからあまり大きな声では言えないれけどね」




《あと書き》
ルーク・ハントだって出会い(複数の意味を持つ)に飢えているし、可能性があるなら取りに行きたい系の普通の男子だといいという気持ち 

遠い岸辺

 彼の目はとても綺麗だ。ふと細められた時に勿体無いと思ってしまう程、美しい虹彩。
 心に秘め続けた願いがあった。彼の瞳孔が開く瞬間を、間近で見てみたい。
 

「聞いたか、ルークの奴、NRCに選ばれたらしい」

 同じクラスのルーク・ハントは少し変わっているけれど優秀だ。自分から目立つことはせず、むしろ共に居る誰かを尊重し歌うように敬意を払う。人のことをよく見ているからこそ、相手を傷つけるような言葉を使わないように配慮し、丁寧な人間関係を構築する。かといってテンプレな優等生かといえばそうでもなく、周りに合わせたユーモアも持ち合わせている。
 不思議だった。彼自身、スターに慣れる素質はあるのにいつも一歩後ろに引いている。彼が何かしらの声かけに立候補している姿を私は見たことがなかった。そもそも前に出れる資格も勇気のない私とは違い、彼は人に求められる側の人間だ。けれど彼が誰かの手を引くことはあっても、誰かの手をとるところを私は見たことがなかった。

「ショック〜! NRCって男子校じゃん」

 その日は珍しく彼が輪の中心にいた。NRCという選ばれた人間しかいけない場所へ行く彼を羨むもの、喜ぶもの、悲しむもの。そのどれにも入れず、呆然と立ち尽くす自分。

 一度だけ、彼がこちらを見た。理由などない、ただの偶然。あまりにも美しい、作り物のような光。
 その時、気付いた。彼は私も、周りにいる人間も真の意味で見てなどいなかった。きっと彼は今本当に自分が求める場所にいないのだろう。実際に私と彼では住む世界が違うのだ。勝手な気付きで、少し失望した気持ちになる私のような未熟な精神ではたどり着けない場所に、既に彼は存在するのだ。それが、NRCになるのかはこれからの彼を知ることのできない私には分かり得るはずもない。


 数年してテレビ越しに彼を見た時に、私は驚きと安堵と、そしてほんの少しの落胆に包まれた。遠くの岸辺を見ているような懐かしさと切なさをどうして今になって感じてしまうのだろう。
 それでも僅かな期待がまだ胸を燻っていた。けれどそれすらも次の瞬間には萎んでしまう。
 ヴィル・シェーンハイトの横に立つ彼を見て、手に持っていたペンを落とす。最後に見た時よりもより逞しくなった身体と、化粧ののった大人びた顔つき。見慣れない制服。率直に抱いた感想は彼に黒は似合わないということだった。何より、違うのは、その興奮に揺れる生きた瞳。
 「ヴィル・シェーンハイトの隣にいる彼のこと知っている」というだけで強がったところで、私はこうしてテレビ越しに彼を見送る人間の一人に過ぎない。きっと私以上にルーク・ハントのことを知っている男が横にいる。彼に求められて手を差し伸べた美しい男がいる。私が心臓を跳ね上げたあの一瞬ですら、ただの偶然に過ぎないのに、テレビの向こうの彼らはそれを必然として享受している。

 飛んだ思い上がりだ。思い知る。想い知る。
 そして思い返されるのは、冷静を装って、彼に話しかけようとした日々。


 心に秘め続けた願いがあった。「彼の瞳孔が開く瞬間を、間近で見てみたい」。けれど同時に理解もしていた。彼が私に対してそんな乱れた姿を見せることはこの先一生無いのだろう。
 その身の程知らずな願いが、人並みな初恋だったと今になって気付いた。

Dpi

※not監督生

 

「ルークは好きなものが多くていいよね」
「ん?」

 その時点では特に深い意味は無かった。ただ、ふと思ったことを口にしていた。

「ほら、ネージュのこともそうだけど、美術も読書も運動、バードウォッチングに美容まで……1日が24時間で足りるのかってくらい趣味が多いじゃない」
「ンン、確かに。多趣味なのは自負しているよ」

 彼は本当に感受性が高く優しい人だ。視野も広く、許容範囲も広い。懐が深いというのだろうか、きっとどんなものもその腕で抱きとめてしまえるのだろうとすら思う。

「きっとルークはさ、何でもまずは良いところが目に付くんだよね」
「うん?」
「語彙が豊富なのは読書をしてるからでしょ。それで、見たものの良いところを褒め称えることができるもんね」
「思ったことを口にしているだけど、確かにそうかもしれないね。この世に役に立たない知識なんて無いから」
「知識がある者程、視野が広いのは当然の摂理だよね。見ている世界の解像度が上がるんだもん」

 私の自慢の友人。ルークと話していると、気持ちが落ち着く。

「私も読書好きだけど、それくらいしか趣味がないよ」
「興味が一つに注がれているというのは、それは最早才能だと私は思うよ」

 それは、彼の言葉全てがクッションのように柔らかく美しいからそう思えるのだろう。

「ふふ、ありがとう。私も好きなものが多いルークは素敵だと思う。でも、ルークの恋人になる人は大変ね」
「……どうして?」
「ただでさえ足りて無いルークの24時間からどうやって自分との時間を捻出するかで気を揉みそうだなって」

 

「……君、気付いているかい?」
「? なに?」
「君の中の私は、随分と解像度が高いってことさ」

 それがとても嬉しい、と笑う彼の頬は少しだけ赤い。そういうところズルいなぁ、と思いながら悔しくて彼の顔をじっと見つめた。

En fait,

※女監督生 / ふんわり設定資料集ネタ

「ぶっ」
「!」

 先を急いでいたのが悪かった。角を曲がった瞬間に見えた人影を避けることができなかった。衝撃と共に視界が暗くなる。

「おや、トリックスター。怪我はないかな?」

 上空から降ってきた声。私をそう呼ぶのはこの学園で一人だけだ。思い切りぶつかってしまった私を、その人は反射的に抱き込むようにして迎えた

「だ、大丈夫です。すみません、ルーク先輩」
「君に怪我がないのなら何よりだよ。でも焦りすぎるのは禁物かな。ねぇ、ヴィル」
「……鼻がまた低くなるわよ」

 おや? と思い顔を上げると、今度は美しすぎる相貌と視線が衝突する。ヒッ、と喉が音を鳴らす。私を受け止めてくれたのはルーク先輩ではなくヴィル先輩の方だった。

「すすすすすみません! お怪我は?! どこか汚してないですかね?!」
「アンタが化粧してないから問題は無いけれど、それはそれで私としては問題あるのよね……」

 上から刺さるじとりとした視線から逃れるように、そしていつまでもくっついている訳にもいかないので再度彼のお腹付近に意識を戻す。
 ……待てよ。とそこで思考が停止した。自らの腕を見る。
 なんか……ほそ、細くない?細くないか?ヴィル先輩の、腰というか体というか。
 勿論。彼は180cmを超える身長の立派な青年である。けれど無駄な肉が無い……しかしどこかしなやかさもあり……。う、嘘だろおい……。片手を自分の腰へと手を当てる。憎らしい擬音がつきそうな柔みに触れて心のうちで唸る。未だ慣れない環境へのストレスだとか、テスト勉強による疲れだとかで暴飲暴食が続いていたことを思い出した。

「――そろそろ離さないとセクハラで訴えるわよ」
「……ヒッ、スーパーモデルの御身体に軽率に触れてしまって申し訳ございません! めちゃくちゃしなやかで羨ましい体してるとか思ってません!」
「何を今更。当たり前でしょう。……まぁ、今日のアタシは機嫌が良いから無かったことにしてあげるわ。急いでるんでしょう。早く行きなさい」
「……は、はい。……今後気をつけます(……色々と)」





「それで、あの日以来自分の体格について悩んでいると?」
「そうなんです……」
「……人と比べるものではないと思うけどね」

 ルーク先輩にメジャーを借りてこっそり測ってみたものの、元の太さを測っていないので比較できないことに後から気づいたりなどした。が、十中八九太くなっていると思われる。というより以前よりも腹筋が厚くなったのか? バルガス先生に毎日しごかれているからその影響なのでは……? 筋肉なのでは……? と、あくまでも「肉が増えたという事実」からは目を逸らしていくスタイル。

「しかしまさかメジャーを持ち歩いているとは……流石ですね。ポムフィオーレ」
「一番はヴィルのためだけれど、それ以外にもフィールドワークの中で重宝するからね」 

 ……他の用途について深く聞くのを辞めた私の判断は賢明だったと思う。

「……別に年相応でいいんじゃないかな。今の君も健康的で素敵だよ」
「えっ、本当に?」
「女性の体については詳しくはないけれど、ヴィルにはヴィル自身が作り上げた完璧さが、君にの良さがあるのだから」

「……ルーク先輩も結構細いですよね?」
「おや、そう見えるかい?」
「不快じゃなければなんですけど、測ってみても……?」
「オー、ララ」

 先輩は少しだけ悩む素振りを見せたが、すぐにいつものように目を細めて頷いた。
 少し馴れ馴れしかったか……? とその反応に対して反省していると、彼は私を迎えるかのように両手を軽く広げて見せた。
 失礼します、と声をかけてメジャーと共に先輩の腰に手を回す。

「……ん?」

 あれ?

「んんん?」
「どうかしたかい」
「いや、なんていうか、思ったより……」

 思ったより……太いというか、がっしりしてる? かたい? 手を回して結構圧迫感があるというかむしろ安心感があるというか――。
 そこまで考えたところで、その圧迫感が「感」ではなく事実のものとなる。

「前に伝えられなかったのが心残りだったんだ」
「――え?」
「フフ、そう簡単に異性の腰に触れるものではないよ」

 両腕で私の体を軽く締め付けながら、器用に首を傾けて視線も絡めてきた。

「いくら細身に見えるとはいえ、私もヴィルも男で、君は女性だということを忘れないでくれたまえ」

 私は君だから許可したけれど、と彼は少し眉を下げて笑った。

やめなよ


「ああ、どうしよう」
「……ルーク?」
「ああ、なまえ。良いところに」
「どうかした? 髪がすっごいボサボサだよ。ポムフィオーレ副寮長らしくない」
「ンンン。実は興味深い生徒がいてここ最近観察していたのだけど」
「(また懲りずにやってたのかこの人)」
「オーララ! どうにも相手の機嫌を損ねてしまったようで、不意打ちでユニーク魔法をかけられてしまった」
「あぁ……それは……。お気の毒というかなんというか……。その結果がその跳ねた頭?」
「どうやら静電気のようならものを起こすユニーク魔法みたいだ。ほら! 髪を手で梳こうとするだけでまるでワックスを塗ったように流れがつく! そしてやりようによっては重力にすら逆らってしまうのさ!」
「しょーもnなんでもないわ。でもルークの眉毛初めてみた気がする……。おでこも。……写真撮っても良い?」
「恥ずかしいよ……あとで君ごと消してもいいなら」
「冗談冗談。……この際髪括ったらいいんじゃ――っっ痛?!?!」
「あ、」
「……?! なにこれ静電気ビリビリゲーム以上だよ?! 帯電してるんじゃない!? 迂闊に触ったらダメな奴だ」
「実はどんどん強くなっていてね。さっきたまたま通りすがりの獅子の君の肩に触れたら物凄く警戒されてしまった」
「ただでさえ警戒対象なのに可哀想、レオナさん。あー……自然と解除されるタイプのユニーク魔法なら良いけど」
「……? どうして?」
「……? 早くユニーク魔法を解きたいんじゃないの?」
「いいや。獅子の君には警戒されてしまったからね。きっと猫のようにしばらくは寮から出てこないだろう。しかし私はこの状況でやりたいことがあって……」
「……嫌な予感するけど一応聞いていい?」
「この体でオクタヴィネル寮とイグニハイト寮、どちらに行った方が面白いと思う?」
「洒落にならないからやめた方がいいと思う」

Reincarnation


――ルーク・ハント。

 “佳作(Honorable Mention)”、と書かれたタグの下に書かれた文字を私は今も覚えている。

 森の絵、と言ってしまえば簡単だが、そんな三文字で表現するのは烏滸がましいと
一面緑色で覆われたキャンパス。
 畝るような木々の蒼緑。その隙間に見えるのは、まるで周りのものに色彩を奪われたかのような白い空。その中にぽつりと溶け込むような淡く滲む輪郭。けれど明らかに対照の色を持って存在を主張する一羽の黒い鳥。写実的な表現の中で、唯一不確かな描き方をされたそれに心地良い歪みを感じた。
 初めてみたとき、ミドルスクールも卒業していたというのに子供のように泣いてしまったのを覚えている。そんなつもりもなく迷子になって叱られて、訳も分からず泣いた幼き日に流した涙。あの感覚に似ていた。

 初めて絵画展で見たときから数年たった今も、その絵がずっと頭から離れない。絵を描く者として、ある程度技術や観察眼は鍛えていたつもりだ。だからこそ、それが専門的な教育を受けた人の作品ではないことは分かった。おそらく絵を専門としては活動しておらず授業の一環で描いたものなのだろうということも。それを裏付ける証拠の一つに、それ以降どんな学生向け、アマチュア向けの作品展でも彼の名前を見ることは無かった。


 会いたい、と思った。この作品を描いた人に、ただ、会って話がしてみたいと。


「……それで、同じ名前を見かけては迷いなく猛烈なアプローチをかけていたと。なんと、情熱的なことだろう」

 どこかミステリアスな笑みをたたえた青年は、その顔に一滴の嫌悪を示すこともなく無防備にも私を受け入れた。歳下とは思えない程の余裕と色気に対面して数分は気をやられそうになった。
 私の知る“ルーク・ハント”はミドルスクールのまま、額の中で時が止まっていたけれど、改めて同じ時を生きている人間なのだと思い知らされた。

「当時撮影もできなかったし、パンフレットにも載っていなかったから……名前だけが頼りだったの」
「ふふ……確か、佳作、だったからね。そうだろうとも」

 手元に形として残ったのは、当時手帳にスケッチした簡易的な模写だけ。今となっては持つのが恥ずかしいキラキラの装飾の手帳が、成熟した体躯の男性の手にあるのがどうにもおかしくて、夢なら覚めるなと思った。

「幸運にも、二人目で辿り着けるとは思って無かった。……貴方、NRCではかなり名を馳せていたそうね」
「私というより、私の友人が、かな」

 きっかけは一人目の存在だった。たまたまネットで見かけた名前に私は興奮が抑えきれずにあらゆる手段を使って連絡を試みた。結果的に同姓の別人でただ迷惑をかけてしまうだけだったのが申し訳ないが、それを機に尚更、火がついてしまったのである。私は当時とは違いもう大人で、自分で何処にでも行けるのだ。やる前から諦めることはないんだと、思える程度には中身は強かになっていたのだと自覚した。

「まさかミドルスクールの時の作品を覚えている人間がいるとは思わなかったよ」
「私も呼びかけに応えてくれるとは思ってなかった。私の勝手に付き合ってくれて本当にありがとう」

 

「……教えてほしい。無題と書いていたけれど、本当にあの作品に名前はないの?」
「無粋なことを聞くね。……当時はまだ学生だったし、見たままのものを描いただけのそれにタイトルをつけるのは身が引けたんだろう。本当は心の内でつけていた名前があったのかもしれない。覚えていないけれど」
「見たものを……描いた」
「そう。あれは、遠いいつかの日。最初の獲物。初めて私が散らした命だった」
「……いつかって?」
「さぁ、いつだろう。悲しいことに記憶にはないんだ。子供の頃によく夢で見た美しい場所。私はそこで夢を見るたびに狩りをするんだ。傍にはいつもあの鳥がいる」

 カップに口を付けながら私の拙い落書きのような模写を撫でる。

「……物持ちは良くなくてね。実家のどこかにあるのか燃やしたか……。おかしいな。自分でも描いたことを忘れていたのにキミを前にすると昨日のことのように、あの時の気持ちが思い出せる」

 夢を見ている気分だ、と彼は儚げに呟いた。


「それでも、題名を……今、もし仮につけるとするのなら、……“プルミエ・ラムール(premier amour)”、だろうか」
「……意味は?」
「初恋、だよ」


 ――これで夢だったら、あまりにも残酷だわ。そう、今度こそは私が呟いた。

相討ちが理想形


「たまには私も狙われてみたいものだ」

 ふ、と横から聞こえたその声を一度は聞き逃そうとした。そうしたかった。けれど声の主はそれを決して許しはしなかった。「どうしたらいいだろうね」と、こちらに視線と声を投げかけられては流石に聞こえないフリをしたまま本を読み続けるわけにもいかない。
 彼のが容れてくれた紅茶の香りが部屋に漂っている。年に数度、こうして何をするでもなく彼の部屋で話に花を咲かす。この時間が私は嫌いでは無かったが、如何せん、彼の話の半分は突拍子のないものが多く、理解に時間がかかるものが多いのだ。

「……えーと、それは、どういう意味の」
「? そのままの意味だけど」
「お命頂戴的なものか、男子高校生らしいおモテになりたい的なものか……っていう」

 モテ….…と言った時点で彼は切れ長の目が丸く見えるほどにキョトンとした顔になったので、あぁ、一切その思考は無かったんだなと察してしまった。
 ナイトレイブンカレッジは男子校らしいからあまりそういう話題は転がっていないのだろうか。

「モテる……」
「ルークの口からはじめて聞く言葉が……」
「ふふ、いや、その発想が無かったものでね。……大衆から多くの視線を向けられる、というのはヴィルの特権だよ。私ではないかな」

 ヴィル・シェーンハイトのことはルークの口から聞く以前に、女学生の一般常識として世間に知れ渡っている。確かに彼は一流モデルでとても美しく彫刻のような身なりをしているが、所謂モテ……と言われるとまた違うような気がする。彼が表紙を飾る雑誌を愛読する友人は、恋をしているというよりは、その崇高さに祈りを捧げる教徒のようにしか見えないのだ。

「確かにヴィル・シェーンハイトは凄いけど……」
「君が思っている以上に彼は素晴らしい人物だよ。いつか機会があれば会わせたいね」
「……ルークも負けてないと思うけどな」
「ンン?」

 親戚であるルークとは幼い頃からそれなりに付き合いはあるが、ミドルスクールの頃ならともかく、今の彼はどこに出しても恥ずかしくないような紳士と言って良いだろう。偏見かもしれないがナイトレイブンカレッジカレッジの生徒はあまり素行が良くないと聞く。けれど彼の普段の様子からはそんな気配は微塵も感じられない。別ベクトルのやんちゃさは今も感じるけれど、それはイマドキの女学生――自分のことは差し置いて――にとっては程よいスパイスになり得るのでは無いか。

「鍛えてるからスタイルもいいし」
「……弓を引くには力が必要だからね」
「肌も前より綺麗になったよね。羨ましいくらい」
「……それはヴィルの影響かな。隣に立つからにはね」
「ちょっと変わってはいるけど、ルークは誰にでも優しいし」
「――誰にでもとは。流石にそれは私の事を見誤っているよ。狩人は時に非情でないと」

 ……何かやたらと笑顔で口を挟んでくるが、改めて見返すと良質な条件が揃い踏みではないか。もし私の学校に彼が来たら、相当におモテになるのでは?
 少し、見てみたいと思った。私が知る限り彼はいつも一人だ。その趣味も相まって彼について行ける人間がいない(彼がついていく場合は別、のようであるけれど)。そんなルークが、女の子を侍らせて歩く姿。正確には女の子に集られる姿を。私が知らないルークの姿を。


「学生の間に命を落とすわけにはいかないけれど、鷹を射ろうとしたらより速く鷹に眼玉を突かれるような……。狙い狙われる。そんなヒリヒリとしたスリルを味わいたいものだと思ってね」

 私が勝手にルークの女性関係で妄想している間、好機と言わんばかりに自分が好む話題へと戻そうとする。

「――射(い)殺される程の視線を浴びたいと思う時がある」
「……熊や狼とか?」
「そんな機会があれば歓喜に指が震えるだろうね。しかしどうしたらいいだろう……。大抵の獲物達は私が狙いを定めた瞬間に逃げてしまうんだ。付き合うのも面倒だと言わんばかりにね!」
「動物が考えてる事分かるの?」
「何も“獲物”が獣だけとは言っていないよ」
「(……?) ……そんなにスリルを味わいたいならもう獣の巣に突っ込んじゃえばいいんじゃないの」
「無謀だけど、それも面白いね。……でも今はまだ早いかな」

 獣の巣、か。それこそ、共に成人した時は可愛い女の子がたくさんいるお店とかに連れ込んで見るのはどうだろう。女も楽しくお酒が飲めるようなあまり過激でない感じの――。珍しいものが見れるかもしれない。想像しただけで面白くなってしまって、こっそり心の中で2年後のToDoリストに追加しておいた。


「……もし愛の獣に狙われるのなら、一人だけでいいんだよ」
「あら、恋愛の話はしたくないと思ったのに」
「ウィ……けれど、君の目があまりに興味津々と煌き続けているからね。嫌でもわかる」
「これは……失礼しました。……ねぇ、調子に乗って聞くけど、ルークってどんな女の子にモテたいの?」

 私の問いに、彼は顎に手を当てわざとらしく考える振りをしてみせた。


「……射殺されたいんだ」

 さっき言ってたやつか、と頷きつつ、サイドテーブルに置かれたカップを手にとろうと視線をずらした時だった。ずい!、とその間に割り込んできたのは厚い手のひらと、彼の顔。

「私の目を逸らさず真っ直ぐに、そして死ぬまで逃さぬように睨み付けてくれるような」
「……!」
「そんな人が好みかな」
「…………へ、へぇ」
「ふふ、聞いておいて一歩引くのはずるいと思うけれど」
「驚かす方が悪いと思う!」

 心臓を落ち着かせつつ言い返す。ティーカップを持つ前で良かった。服やカーペットを濡らしていたかもしれない。
 たいして反省していない顔で謝る彼を見ながら思う。意外と肉食系の女子が好きなのかな……。猟奇的な恋愛って、いつかそんなタイトルの恋愛小説が流行ったような気もするけれど。そういえば、夕焼けの草原には比較的そのタイプの女の子多いと思う。私は地元ではないので偏見かもしれないが。
 紳士的で、エスコートも卒なくこなしそうな彼だけど、恋愛においてはリードされるのがお好み……なんてこともあるかもしれない。


「……今度、女の子紹介しようか」
「……君の頭の中を覗き見る事ができたらどれだけいいだろうね」

 苦笑いをするルークを見るのは久しぶりの事だった。


(2020.09.14/撃ち落としましょうね祈願)

目と目が合う

「私の目を見たら時が止まるなんて事あればいいのにね」
「恐ろしいことを言いますね」
「おや、そうかな」
「ゴルゴーンじゃあるまいし」
「皆どうしてか私と目が合うとすぐに逸らしてしまうんだよ」
「そりゃそうでしょう。無言の笑顔で見つめられても圧しか感じませんよ」
「ンー、けれど願わくば私はずっと見ていたいと思うし、瞳だって観察対象なんだよ。先に目を逸らした方が負けというのは生物界でよくあることだけど、それとはまた別に瞳と瞳で語らいたい時もあるのさ」
「……ルーク先輩って猫に逃げられそうですよね」
「よく分かったね」
「ネコチヤンも“あ、このニンゲンは自分を愛でようとしてるわけじゃないな”って察してるんだと思います」
「野生の中に暮らすものの方がそういった勘は鋭い、すばらしいことだ。……確かに目があった瞬間によく逃げられるね。逃してはあげないけれど」
「逃してやってくださいよ……」


「そう言う君もまた、先ほどから私の眉間しか見ていないだろう。気付いているよ」
「……恐ろしい人だ!」
「ごく普通の男だよ。ゴルゴーンでもない。……触れても?」
「は? 別にいいですどなんdべふぅ」
「こうして顔を押さえて私の目しか見れないようにしたらどうなるのだろうね?」
「かんべんしてくれ」
「私も君の警戒心の無さには勘弁してほしいと思っているよ」

そこに在るモノ

※主人公に首から上がない。性別はどちらでも!


 

 私の血は呪われている。私には顔がない。目も鼻も耳も口もない。そう、私には首から上がぽっかりとないのだ。

 昔々、横暴で卑怯な男が、大きな鎧を着て自らを首無し騎士と偽り、ある森で恋敵の男を恐怖に陥れた。しかしその森は呪われた魔法の森で、人を陥れた男は呪われ、本当に首無しにとなり暗い森を永遠に彷徨うことになったという。古くから伝わる、首無し騎士の伝説。
 その話が全て真実なのかどうかは今となっては定かではないが、その横暴で卑怯だと言われた男が私の祖先だった。
 結果、後の彼の一族は皆顔が無いまま生まれてくるようになった。本当に永遠と森を彷徨っていたのなら矛盾しそうな話だが、真偽ははどうあれ呪いは本物で今も続いているのは確かだ。私達一族は「ヘッドレス」と呼ばれ、皮肉にも呪いの影響か魔法に長けていたこともあり、人間ではなく妖精のような枠として分類されるようになった(最近は蔑称とされ呼ばれることは少なくなったが、個人的には分かりやすい表現なので気にせず使用している。勝手に気を遣っているのは外部の連中だ)。
 幸い、モンスターとして扱われなかったのは、呪いを解こうとしてあらゆることに献身してきた先祖たちのお陰だろう。とはいえ一人でもヘッドレスから極悪人を出してしまったら――世間の見る目は一瞬で変わり、一気に私達の地位と名誉は地の底へと落ちるだろう。辛うじて今は妖精とされているとはいえ、それ程に私達の姿は“ただそこに在るだけで”畏怖されるものなのだ。
 しかし、ここ数百年の間はヘッドレスではない人間や人魚等、他の種族と結婚し子供を生むものが少しずつ増えた。その結果、呪いの力が薄れてきたのか顔が無い子供が生まれることは少なくなった。現存するヘッドレスは世界でも50人に満たないと聞く。
 現にヘッドレスの血を継ぐ私の母には頭があり、普通の人間だった。弟だってそうだ。“運悪く”私だけ頭がない。

 私が生まれる頃にはとうに亡くなっていたが、祖父も生まれた時から首から上がなかったという。そんな祖父となぜ結婚したのか、昔祖母に聞いたことがある。彼女は小さな私を抱いてゆっくり語った。頭がない分、私は他の子供より軽く抱きやすかったという。

『人の魅力……美しさは目に見えるものだけじゃないのよ。あなたにもいつかきっと分かるわ』
『だから決して、自分の人生を呪わないでね』
『あなたは美しいの』

 そんな優しい祖母も一昨年亡くなった。祖父と同じ棺桶に入った彼女は、私の知る限り最後まで幸せそうな顔をしていた。


 

「2年経っても慣れませんね。何というか……“眩しい”って感じで」
「一番の寮だからね」
「私はどっちかというとイグニハイト寮の雰囲気の方が好きです」
「ふふ、心配しなくてもキミはポムフィオーレにふさわしいよ」
「……先輩だけですよ、そう言ってくれるの」

 どの寮よりも煌びやかな、ポムフィオーレの談話室。机の上に置かれた二つのティーカップには控えめながらも金の細やかな装飾が施してある。ルーク先輩の趣味だ。
 私のティーカップには、何も入っていない。ヘッドレスには口も無いから、生きる上で飲食の必要が無いのだ。その分、空気中の僅かな魔力で補っている。私達が妖精と呼ばれるようになった大きな理由はここにある。
 誰かと共に食事やお茶会をする時は、手間だけがかかるので何も必要ないと相手に伝えているのだが、それでも彼だけは律儀にいつもいつも人数分の食器を用意してくれた。そういうところが、彼を尊敬する理由であり、ちょっと不思議で反応に困る、別名「観察記録」に付き合う気力に繋がっている。
 ルーク先輩は私の所属するポムフィオーレの副寮長であり、サイエンス部の先輩だ。彼は副寮長という立場だけでなく、彼自身が学園でも存在感を放っていた。彼の趣味は人間観察。興味のある相手はとことん追いかける欲望に忠実で自由奔放な人だ。あまりに変則的で気になればひたすらに構い倒すのでそれを疎ましく思う人が大半だが、私は嫌いではない。また彼は鷹のように目が良いため、例えどんなに遠くにいても獲物を捉えることができるのも敬遠される所以だろう。
 私もまた、彼の獲物の一人であると自負している。今日は久しぶりの、私のターンといったところか。比較的回ってくる周期が短いのは、私が彼の後輩であることと、来訪を素直に受け入れているからだと思われる。

「ルーク先輩、“まばたき”するのってどういう感じですか?」
「うん?」

 昔、親にも答えを聞いた質問を改めてしてしまったのは、彼がそんな人だったから、かもしれない。

「そうか。君は目がないから瞬きもしないのか。でも、私の顔も君の後ろの壁も全部見えているんだね」
「……“視界”って概念もよく分からなくて。所謂、“死角”は無いと思いますね。でもフードをしている時は後ろが見えません」

 妖精だけでなく人魚や獣人。あらゆる種族が集まり、あらゆる問題児だらけのナイトレイブンカレッジでも、流石に頭のない存在は目立ってしまう。だから式典服だけでなく、制服や寮服を着る時も特別に許可をもらってジャケットの下にフード付きの服を着るようにしていた
(全てのフードには針金が入っており、頭の形が取れるようになっている)。

「んん、トレビアンッ! つまり君には全てが見えているんだね」
「いや、だからそういう訳では……?」
「ノンノン。私が言いたいのはね」

 彼は手にしていたティーカップを静かに起き、私を――本来なら頭が在るであろう辺りを――真っ直ぐに見つめ直した。

「どんなものにも必ず“美しい”瞬間があるのさ。夕陽の落ちる僅かな時間、葉から零れ落ちる滴に、蛹を破る蝶、弾ける炎、愛を語る唇に、歓喜に震える肩……」

「それらの僅かな一瞬を君は見逃すことなく、望むままに見ることができるんだ」

 勿論ヴィルの様に常に美しいものも沢山存在するけれどね、と彼は誇らしげに笑う。

「私は美しいものを見るのが好きさ。その瞬間を見るためなら寝る間も惜しまない。けれど、瞬きだけはどれだけ我慢してもしてしまう。キミが羨ましいよ」
「羨ましいなんて、そんなこと……初めて言われました」
「それこそ、幼い頃に父と流れ星を見ようとしたことがあってね。瞬きをした瞬間に星が流れた時は、堪らなくってね。この目蓋を引きちぎってしまいたいくらい悔しい思いをしたものさ」

 「それが私にとっての“瞬き”というものかな」、彼はそう続けて再度ティーカップを手に取った。
 予想外の返答の数々に少し理解が遅れた私はつい、彼を真似するようにティーカップを拾ってしまう。ルーク先輩は少し嬉しそうに笑って、私の空のカップにお茶を注ぐ真似をしてくれた。

「……見たくないものを見てしまう時はどうしたら?」
「ンン……それは確かに難しい問題だね。目を背けようにも君には全てが見えてしまうのか。……確か、眠っている時も周囲の物は見えているんだったかな」
「はい。肉体だけが普通の人間と同じように休まるだけで……でも毛布を被ってしまえば真っ暗なので、似たようなものでしょうか」
「なるほど。私が傍にいればキミの目蓋になってあげられるのだけれど……」
「えっ、どういうことです?」

 彼の発言に、ギョッとしてしまう。目はないが、手指をかぱっと開くことで驚きを表現する。

「キミが見たくないものがある時、私が前に立っていれば隠す事ができるのに……と思ってね。ただ学年も違うからそうそう助けてあげられない」
「な、なるほど……!」

 一瞬不埒な想像をしてしまった自分の胸を殴りたい。
 そんな私の思考を知らない先輩は、「これはサイエンス部の新たな課題かもしれないね……」と顎に手を当て悩む仕草をした。その様はどこか子供のようで可愛らしく、すぐに気持ちが和んだ。

「……ふふ、無茶を言いました。大丈夫ですよ。私にとっては当たり前のことなんで、あまり重く受け止めないでください」



 美しさについてだが、と彼はまた語り出す。傾ける耳は私には無いが、ふらふらと浮かしていた手を膝に置きじっと座って次の言葉を待った。

「キミは今ここにいて、私と話をしているだろう? 確かにキミに輪郭はないかもしれない。キミに瞳はないかもしれない。それでも私は確かにキミを見ているし、そんな私の顔を今キミは見ているだろう?」
「……はい」
「友人とこうして楽しく話をする。これもまた、とても素晴らしい一時だと思わないかい?」

 友人――。
 彼にとっての私は、ただただ珍しい観察対象の一つなのだろうと思っていた。優しい彼はきっと言葉を濁すだろうが、実際に最初はそうだったに違いない。
 家族以外で好んで私に話しかけてくれる人間は、いつもその顔に隠しきれない好奇心や悪意、または偽善にも近い優しさを滲ませていた。そして時折、それらを上回る恐れの感情も。理解した上で、私はわざわざ接してくれる彼等に感謝していたし、友人としてその繋がりを大切にしてきたつもりだ。
 私の先祖達の多くはこの呪いに絶望し自暴自棄になることはあっても、決して頭のある人間を傷付ける事は滅多になかった。それは何故か。
 それはやはり誰かに愛し、愛されたかったからだと思われる。頭がないために受けてきた幾つもの耐え難い苦しみや悲しみを、その先へと続けたくなかった。その為には、“頭のある者と結ばれる”ことが、何よりも分かりやすい救いの方法のひとつだと思っていたのだ。
 人に嫌われないために、誰にでも優しく、気さくでジョークも言えるような存在に。決して愛した人を手に入れる為に、人を騙した男のようになってはならない、と――。教えられる前から、身体に染み付いていた。

「そうですね、先輩とお話しするのはとても……楽しいです」

 だから、ルーク先輩にも嫌われてさえいなければ、どうな風に思われていたっていいと、思っていたのに。彼に優しくされると、もっともっととつい求めてしまう自分がいる。

「……なまえ。美しいのはね、目に見えるものだけじゃ無いのさ」

 急に黙り込んだ私を見て、ルーク先輩は覗き込むようにして体を近づけてくる。相変わらず凄い人だ、表情ではなく空気から私の感情を察している。

「キミは顔がないというその一点だけで、ポムフィオーレにいる事を後ろめたく思っているけれど、決してそんなことはないんだよ」

 ひらりと長い指の生える手を翻して彼は私に向ける。そして言葉に合わせてジェスチャーのように踊らせた。

「どこを向いていても等しく聞こえるキミの声。洗練された所作に、慌しくもお茶目なハンドサイン。星空のように煌めく首元。……キミのそれは“空白”ではない。私からしたら神秘と魅力の塊だ」

 彼の瞳が“私”を射抜く。

「命は、いや。――キミは、ただそこに在るだけで美しい」

 時が止まったような感覚とは、こういう事を言うのだろう。今まであった色んな出来事が頭の中を駆け巡っていく。
 ただで美しいなんて、そんな綺麗事あるはずがないと私は知っている。似たようなことは今までも何度か言われてきた。けれどその時と同じように簡単に突っぱねられないのは、何もない空間――私を見つめる彼の顔が、いつか見た祖母と同じ表情をしていたから。

『人の魅力……美しさは目に見えるものだけじゃないのよ。あなたにもいつかきっと分かるわ』

 そう、あれはまるで恋をする少女のような、むず痒さと生温さで。
 自惚れだったとしても構わない。彼の目に、私はどう映っているのだろうか。それが知りたいと思った。



「あの、赦されるなら、ずっと、先輩を見ていてもいいですか。その、ひと時も見逃したくなくて」

 私に慎重に思考する脳など無い。だから気付いたら口に出していた――なんて、口も無いのに。

 けれど確かに見たのだ。瞳は無いけれど、私という存在が今ここで確かにそれを“見た”。彼が素早く何度も瞬きをして、頬が、微かに桃色に染まるのを私は見た。その一部始終を。
 彼のこんな顔、ヴィル先輩だって見た事ないんじゃ無いか――。

 静かな空間。私は先程までと違う彼の視線に耐え切れずに“下を見る”ように努めるが私に視界など無い。変わらず全てが見えている。彼は依然として“私”を見ていた。
 カップを持つ指は普段よりも僅かに赤く、震えている。天井のシャンデリアの光に反射し白く煌くカップの底に、私の顔は映らないけれど、もし顔があったならどんな表情をしているかは容易に想像がついた。きっと同じだ。

 ――私は今、とても美しいものを一滴も残さずに見つめている。
 生まれて初めて、呪いも悪くないものだと思ったのだ。

無邪気な愛

 親愛なる隣人、とは言い難い存在だった。
 彼はいつも窓をノックする。時には軽快なリズムで、時には鈴音よりも小さく震わすように。私の反応を楽しむように緩急をつけてくるのが腹立たしい。

「これ、今日つかまえた」
「……蛙ね」
「おなかを押すと、きゅっとなるんだよ」
「いらない。かわいそうだからはやく逃してあげて」

 彼は私の返答を聞いて1秒も経たないうちに蛙を無造作に放り投げた。そしてンー、と上擦った声を上げて鼻をこすった。どうして男の子ってこんなに野蛮なんだろう。私は突如空へと放り投げられた蛙の無事を祈っていた。

 ルーク・ハントはいつも私の部屋の窓をノックする。
 美しいブロンドに落ち葉を、頬には擦り傷をつけたまま、白い歯を惜しげもなく見せて笑う。私と全く逆の性質を持つ男の子。私よりも僅かに低い位置で瞬く瞳は陽の光をいっぱいに吸ってどんな時も輝いている。
 私は背ばかりが高く、けれど健康的とは言えない体格で、髪の毛だって鬱陶しいほどの癖毛だ。それを揶揄われるのが嫌で外に出るのが嫌になった。けれどそれももう少し幼い頃の話で、今は近所の子たちも成長しすっかり理性的になったことを知っている。もはや家から出たくないのはただの惰性だったと自覚はしていた。

「今日は父さんと狩りをしたんだ」
「そう」
「でも何も射抜けなかった」
「それで蛙?」
「ウィ」

 思えば、いつまでも野生的なのは彼だけだった。窓の外、遠い場所にその姿を見るときはいつだって走り回っていたし、届くはずのない鳥を追いかけ回し、周りに誰がいなくても笑っているのだった。
 滅多なことがないと家の外に出ない私が余程珍しかったのだろう。日毎あらゆる“モノ”を収集しては、私がそれを知っているか、好きか嫌いか等と聞いてくる。
 蜘蛛や袋に詰めた団子虫なんてのはまだマシな方だ。蝙蝠や土竜といった対面したこちらが同情するような本来陽の目も浴びないような生物ですら彼に寝首をかかれる。まるで私の今後を見せられているような気がして直視できなかったのを覚えている。
 一番酷かったのは蛇の死骸を掴んできた時だ。それまで彼が生き物の生死を理解していたのかどうかは定かではない。本当に何も知らずに手に取った可能性だってあった。しかし悪気が全くない純粋さがむしろ毒だった。それからしばらく私がノックの音を無視をするようになったので、生きていない生物を持ってくることはそれ以来なくなった。


「いつも言ってるけど、何を持ってきても感謝しないわよ」
「喜んでもらいたいわけじゃない」
「……? より悪くない? なんなの」
「お話したいだけ! キミのことが知りたい」
「……もうお話してるじゃない。話すだけなら蛙はいらないでしょ」
「ンー」
「知っている? 相手のことが知りたいならまず自分から話すべきよ」
「?」

 なんて、私自身淑女がどんなモノか理解していなかったのだけど。

 

 彼から向けられているものが、形はどうあれ好意であると言うことは幼いながらに悟っていた。けれど彼のそれはあまりにも“一方的”だったし、“無責任”だった。
 彼とは窓枠越しでしか会うこともなく、その上彼は自分のことをあまり話さない。 きっと私の世界は歳を重ねてもさほど広がることはなく、小さな田舎の小さなコミュニティーで全てが終わる。けれど彼は窓の外にいくらでも居場所を持ち、そのデリカシーのなさ、よく言えば誰にも臆さない勇敢さで人の目を集めるのだ。実際その通りになったし、いつの間にかノックの音が聞こえることはなくなった。
 人を驚かせて、イラつかせて……寂しくさせておいてそれはあまりにもずるいと思ったのだ。


 だから、初めて彼が花束なんて洒落たものを持って家の敷居を跨いできたとしても、歓迎なんてしてやるもんか。


「全く変わらないから、キミのこと妖精だと思ってたんだ。成長が人より早かっただけだったんだと後から気づいたよ」
「……」
「ふふ、今はキミのつむじが見える」
「……厚い面被ってても貴方が紳士じゃないってことわかってるから」
「おや、相変わらず手強いな。こんな至近距離にいても射抜けないなんて」

「虫や土竜はただの生き物で、矢じゃないのよ。あんなもので射抜けると本当に思ったの?」
「では花は?」
「…蛇よりはマシね」
「……蛇の話は恥ずかしいからやめておくれ」

怪奇!ルーク・ハントの手帳

「イデア先輩!」
「何、今集会で忙しいから話は手短にしてよ」
「やばいアイテムドロップドロップしました! SSR級!」
「それゲームの話でござるか? それともリアル?」
「リアルリアル!」
「じゃあ興味ないかな〜〜」

「ルーク・ハント先輩の手帳です!」

「なんでそんな手榴弾どころじゃない爆弾拾ってくるの? 馬鹿なの? 元あったところに今すぐ返してきなさい。今、すぐに」
「どうして」
「どうしてじゃないよ。そんな哀愁漂うポーズされても常識的な返答をしてるの僕だからね。え? ていうか嘘でしょ。マジで拾っちゃったのそんなやばいもん。嘘だと言って欲しい」
「いや、でも最初は純粋な善意からですし。誰のか確かめるのに中見たんですけど、何も書いてなくて」
「すごいね君。地雷原でタップダンスを踊ってるじゃん。……あれ、じゃなんでそれがルーク・ハント氏の物だって分かったんでござるか?」
「いや、後ろにいたんですよ」
「?」
「手帳開いたらその時後ろに」
「??」
「で、拾ってくれたお礼にってことでもらったんです!」
「ちょっと脳の理解が追いつかない。CPUの処理速度が落ちてしまってる」
「修理に出した方がいいんじゃないですか?」
「悪気がないのがウザ。って言うかそれもう落とし物じゃないじゃん。ドロップでもなんでもないよ、譲渡だよ。……知らない人から物もらうなよなそもそも」
「まぁ確かにあんまり付き合いのない先輩だったので、この手帳で交換日記することになりました。お互いを知るために!」

「……? ??? あ、もしかしてそれ撒き餌――」

ルークの視界に入れない

 自分をカテゴライズするとしたらどんな人間になるか?
 そんなことを考えた事があるだろうか?

「なまえか? うーん、そうだな……真面目で良いやつだよ」。一度は同じクラスにもなったことがあるトレイからは中身のない評価を受け(有難いけど)、

「あぁ、そういえば此間もモストロラウンジに泣きついてきましたね。何でもなまえ先輩は錬金術が苦手とかで……テスト期間中はよく“お話”します。いい先輩、ですよね」。同じ寮の後輩であるはずのジェイドにはカモだと思われ、

「え、なまえちゃん? オクタヴィネルの? 同じクラスだけど話したことあんまりないなぁ」。現在進行形で同じクラスのケイトの記憶にはそもそも残ってない。

 つまり何が言いたいかと言うと、なまえという人間は、程々に人当たりが良く、成績は良くも悪くも普通で、気の利いた話など出来ず、話したことはあるがどんな話をしたかは覚えてない――そんな、面白味の無い人間と言える。(尚、上の証言は何かと顔の広い1年の監督生に賄賂を渡して集めてもらったものである)
 誰も好きでそうなったわけじゃ無い。入学する前からナイトレイブンカレッジに関しては良い噂も悪い噂(治安的な意味で)もよく耳にしていた。だからこそ、ただただ高校デビューに失敗したくない一心だった。嫌われたり、変な浮き方をするのもごめんだった。大して力もないので周りにへこへこして媚び諂うのが一番だと思って、求められたことは当たり障りなく全て対応してきた。それこそ薔薇を塗るのを手伝えと言われれば試験勉強がヤバくても暇だからと嘘をついて手伝ったし、寮長になりたての後輩が悪どい商売をやってる時はそれが成功する様に手回ししたし、マジカメで拡散を求められたら興味なくてもとりあえず協力した。そんなことをしていたら、いつの間にかなんでも引き受けてくれる心優しい(笑)けど刺激はないよねっていうポジションについてしまった。
 三年間かけて積み上げてきたもの、その結果がこれだ。私が間違っていたのか? そもそも私が地味過ぎるのか? 否、私以外のNRCの生徒がアクが強過ぎるだけなんだよ! 耐えきれずにクラスメイトのイデアに同意を求めるメッセージを送るが一向に既読がつく事はなかった。あの野郎周回してやがるな。

 何故、私がこんなことを考えているのかといえば、その原因はとある男。ポムフィオーレ副寮長のルーク・ハントにある。
 私はルークが好きだ。自覚したのは2年の頃だが、それからずっと彼には片思いをしている。それが恋なのか友情の延長線にあるものなのかは分からないが、ただ、彼と話をしたい、彼と一緒にいたいという衝動に突き動かされている。しかし、それが成功した試しが無いのだ。
 私から見た彼の趣味は狩り、人間観察だ。彼は獲物と見定めた対象をじっくり時間をかけて観察するという趣味があった。いやあれは最早ライフワークと言っても過言ではないだろう。彼の興味の琴線に少しでも触れたモノは、なんであれその視線から逃れることはできない。レオナ・キングスカラーにマレウス・ドラゴニア、普通なら目を合わせるのも億劫な人物にさえ彼は臆することなく自分の探究心に従う。アズールでも手の負えないリーチ兄弟も彼のストーカーとも呼べるその行為には対抗することなく波のようにひいていくのである。

「正直、羨ましいんだよ……キャラの濃い奴等が……」
「別に貴方が薄い訳でもないですけどね」

 オクタヴィネル寮はその特性もあるのか殆どが人魚の生徒だが、私は少数側、ただの人間だった。アイデンティティと言われるものが一切ない。故に、彼の視界には入らない。


「アズール君さぁ、合成魔獣とか作れる?」
「耳を傾けるのも億劫なんですが、僕は優しい後輩なので聞いてあげましょう」

 本当に気が乗らないのであろう彼は手元にある書類に目を落としたまま、指だけで私をソファへ誘った。

「僕の時間を侵食しているのですから、あまり無駄にはさせないでくださいね。真面目な相談だと良いんですが」
「私を素材にしてキマイラを融合召喚して欲しいんだよな」
「素材がお粗末すぎてコスト的に足りてないですね……そんな悲しい化け物生み出してどうするんです。オクタヴィネルでは飼えませんよ」
「そこは素材の味を生かすのがプロの料理人ってもんでしょ」
「別に僕は料理人ではありませんよ。支配人です」
「とりあえずライオンと蛇にはあてがある」
「……レオナさんとジャミルさんをどこにやった?」
「これだから勘のいいガキは嫌いだよ。……実際のところ髪の毛何本くらいあれば行ける?」
「やりませんよそんな禁忌」

 

「自分のキャラが薄いからって、濃い者同士を組み合わせても合体事故しかおきませんよ。そもそも貴方は途中段階で生存競争に負けて消滅するのが目に見えてます」
「正直、人のユニーク魔法集めてた奴から言われたくないな……」
「アズールの慈悲time終了です。閉店。早々に部屋から出てってください」
「……レオナとかマレウスみたいな面白人間だったら良かったんだけど」
「……その猫被りと八方美人を彼の前でやめたらいいんじゃないですか」
「無理無理無理無理。対面したら緊張しすぎてイデアみたいになる。一言も喋らないまま私のターンが終わる」
「情けない先輩ですね本当」


 って言うかそもそも最後にまともに彼の顔見たのいつだろうな。ふとそんなことに気付いてしまってより重苦しい気持ちになった。
 彼の瞳に私は映らない。その涼やかな御尊顔がこちらに向く時は、大抵数十メートルは離れた場所にいて、たまたま近くにいたレオナやリーチ兄弟なんかを見ているのであって、私を見ている訳ではないのだ。
 最初はわざと、偶然を装ってその視界に入り込もうとしたこともあった。ルークは驚異的な視力を誇るが私はそうではない。そのため一度だけだが、彼の瞳と獲物を結ぶ線の中に割り込んだ時に見た彼の表情は忘れられない。「無」だった。彼の楽しみを邪魔した罰だったのだろう。それ以降、彼の視界に自ら飛び込むのはやめた。

 


「逆に考えてみてもくださいよ」
「何を」
「相手が自分と同じことを考えているって」
「それは――」

 

「そんなルーク・ハントは解釈違いなので……」
「もう一生盲目のままでいろ」