黒咲との戦いでも見たそのモンスターは、宝石の鎧を身に纏い、マントを翻して堂々と立っている。彼女を守るように、それこそ童話に出てくるお姫様と、騎士のようであった。……いや、彼女の場合は、女王様だろうか。
光津さんは綺麗で真っすぐで、鋭い目をしている。「自分を信じている人間」の目だ。故に言動に迷いがない。
思ったことはすぐに口にするし、自分の意見に、話す言葉に、不安も躊躇も感じない。高飛車なところはエリート三人に共通することだけど、他の二人が口を閉ざしてしまうようなことでもはっきりと言う。彼女が見て感じた真実だけをありのままに口にする。志島のナイフのような言葉とは違うのだ。あれは私を知っているから言えることで、こちらもある程度予測できるのだが、彼女の場合、たいして知りもしないくせに悟ってくるから恐ろしい。悟って、「ふぅん」なんてあくまでも客観的に理解して、勝手に納得する。鏡ではなく、写真。偏見にも似ているのかもしれないが、悔しいことに外れは滅多にない。性質は全く違うけれど、なんとなく、沢渡と対峙した時の感覚と似ていた。志島ほど付き合いが長い訳でもないこともあり、彼女のそういったところが威圧的に感じて、正直苦手だった。そして同時に、憧れてもいた。同じ女の子として、いいなぁと、思った。
『あなたの目を見れば分かる。あなたの目、何も見てないもの。見えていないというより見る気がないんだわ』
一回でいいから、その目、私のと取り替えてくれない?なんて、口にはしないがあの日からずっと思っていたのだ。その目があれば、私も彼女のように生きられただろうか?自信を持つことが出来ただろうか?否、彼女にあって私にないものはまだ他にもたくさんあるのだ。それを見極めることのできない私にはどういったものか、わからないけれど。
決して割れないダイヤモンド。強い女の子。志島と同じように――いやむしろ彼女だけは、“彼女こそは”揺るがない。と、思っていた存在。
黒咲との戦いはまぐれだった。もしくは黒咲が異常過ぎたのだ。彼等三人を相手にして勝ってしまう。黒咲やのデュエルからは通常とは違う何かが確かにあった。それこそ実際に爆風や、炎をおこしたりするような、危険なもの。あれはまた一段階別の世界の存在なのだ。負けたってしょうがない。そう思っていた。
落ちていく彼女を見て息を飲んだ。今回ばかりは志島も刀堂もあっと声を上げて、その様を見ていた。
決して割れないダイヤモンド。それなのに、また目の前で、砕け散ってしまうなんて、思うはずがないじゃないか。
*
昨日、あの光津さんが負けた。
光津さんの「ブリリアント・スパーク」という、カードの効果を無効にする効果を無効にするという……すいませんもう一回テキストいいですか?といいたくなるようなカードの登場。しかしコストにするつもりだったアクションカードを柚子さんに取られてしまい、その効果を発動することができなかったために、光津さんは負けてしまった。
勝敗を決めたのは、運なのか実力なのか、それともアニメなんかでよくみる気合や信じる心なんていうくさいものなのか。もしくは柚子さんの勇気、かもしれない。……あら不思議、どれもこれも触れるものなんかではない。推測でしか、はかれない物事だ。もしあと少しでも早く光津さんの手が伸びていたら、きっと負けることはなかった。
勝利を手にする、などとよくいうけれど、実態のないものを掴む感覚とはどういったものなのだろう。昨夜もベッドの中で、何にも無い手のひらを開いては閉じて、そんなことを考えていた。――所謂現実逃避というやつだ。
「真澄、昨日は試合後そのまま帰ったのか? 刃が探してたんだぜ」
「……別にあなた達といつも帰ってる、ってわけでもないでしょう。何を言うかと思えば」
「まーな!落ち込んでるかと思ってなんか奢ってやろうかと思ったんだけど、見たところその心配はなさそうだな……」
以前は負けた、引き分けたことを散々光津さんに弄られていた二人だが、そんな野暮なことを掘り返すこともなく、ただただ、彼女の敗北に気を使っているようであった。
対する光津さんは思いの外普段通りで、むしろどこかすっきりとした顔をしている。何だろう、棘がないというか……少しだけ、柔らかい目をしている。不思議に思いつつも、それを聞く勇気は私にはなかった。
「今日は特にめぼしいデュエルはなさそうだね」
隣の志島が(ちなみに席順はまた同じである。勘弁して)つまらなさそうに大げさにため息をつく。確かに彼の言う通り、光津さんを除いた私達3人は、偶然にも皆三日目の明日に試合がある。そこで今日は午後から私の永遠の友達サボローと遊ぶ予定を入れていたのだが、志島のモーニングコールによって強制的に起こされた。電話番号を教えたつもりはなかったのだが、いつかデュエルをした時に交換したらしい。というより、一度デュエルした相手の情報(どこの塾で、大会での功績や参加回数など)は相手が非公開にしていない限りは自動的にリストとしてディスクに保存されるらしい。セキュリティガバガバです。流石に電話番号などの詳細な連絡先については、相手の承認を得ないと観覧できないらしいが、志島と交換しているということは知らないうちに承認していたのだろう。何事もちゃんと利用規約や注意事項をよく読んでから同意しましょうね。決してわたしみたいにせっかちに画面連打なんてしないように。悔し紛れに今日来てた迷惑メール(怪しい塾の勧誘)を志島に転送しておいた。こうしてデュエルディスクの機能を今更ながらまたひとつ学ぶ。かがくのちからってこえー!
しかし昨日は開会式だったから仕方ないとして、今日も出る必要があるのかとずっと抱いていた不満を志島にぶちまけたら、「いつか戦う相手かもしれないんだぞ」と出会い頭に頭を引っぱたかれた訳である。理由としては目から鱗である。戦いにおいて敵を知ることは大事というが、そんな彼曰く当たり前のことが、私には馴染みなかったのだ。
サボローと泣く泣く別れてこうしてまたデュエルを観戦しに来た訳だが、最初から飛ばしている。今デュエルをしているのは遊矢の友達のごん……なんとかくんだったかな。すごい迫力である。小学生並みの感想。志島はめぼしいデュエルがないなどというが、十分白熱したいい試合だと思うのだが。私がそう言うと、当たり前だろ、と刀堂が続ける。
「俺が叩き込んだシンクロだぞ!」
「え? そんなことやってたの?いつ?」
「あ? ……えーっと確か、一週間前? か? なんか探してた途中で……いつだったかはあんま覚えてねぇな」
「何それ」
あの刀堂が人にシンクロを教えるとは……それより彼等がそんな仲だったことに驚いた。世間は狭いものだ。
「めぼしいのがないというけれど北斗、予定では今日の大トリは黒咲さんよ」
「は?」
ワンモアプリーズ?
「ああ、しまったすっかり忘れてた……。相手は遊勝塾の……小さいやつだったか?」
「まぁ黒咲さんなら余裕でしょうね」
パードゥン?
右往左往する視界。頭の処理が、追いつかない。これは一体どういうことなのだ?何故三人が、当たり前のように、自分たちをボコボコにした男のことを明るい顔で語っているのか。
「なんで、あの不審者を……」
「は? 不審者? 今は黒咲さんの話をしているんだけど」
「いや、だから……黒咲だよ。黒咲is不審者、オーケィ?」
「いやOK?じゃねぇよ。何失礼なこと言ってんだお前」
こっちこそ、何馬鹿なこと言ってんだお前、だよ刀堂。何でちょっと私より発音綺麗なんだよ。いやそんなことはどうでもいいんだ。あれはLDS絶対倒すマンだぞ。妹がなんだか知らないけれど、LDSの精鋭を片っ端から潰していた人間だぞ。
「……ちょっと待って光津さん」
「何よ?」
「何で君たちそんな黒咲さんと親密になってるの」
特に光津さんは、一番躍起になって、一人でもあいつを捕まえようとしていたではないか。その気持ちを込めてぐっと彼女の目を見る。いつもの如く、清々しいほどに綺麗な瞳をしていた。
三人は私の言葉に顔を見合わせた。そして呆れたように笑う。
「何言ってるのよ、黒咲さんはもともとLDSの仲間じゃない」
頭がいかれたの?なんて、最早それを声にする力もない。魚のように口を開閉させたのち、そのまま黙り込む。
そういえば、黒咲と対峙した赤馬社長がなんか言っていたような気がする。そう、黒咲に「LDSに出場しろ」と。私に言うのと、同じように。あの黒咲に、だ。つまり、方法は謎であれきっとあの人が関わっているに違いない。
「黒咲さんは僕の憧れだよ」
彼等に置いていかれているのは元より気付いているのだ。スタートも過程も違うのだから、そう割り切っていたのだ。それでも、今隣にいるのに、物理的にも見えているものが違うなんて――。今は志島のその顔を見たくなかった。
志島は兄に憧れていたと、前に刀堂が言っていた。触れることのでいない勝利という存在、それに手が届くまで。やはり兄のようにならなければ、黒咲のように強くならなければその視界に入ることも、ないのかもしれない。
「そう……私はあの人嫌いだな」
理由や方法は知らない。ただ私が欲しくてたまらなかったものを簡単に奪って行ったあの男がただ憎くてたまらなかった。我ながら子供のわがままみたいだな、と思った。