榊……ではなく遊矢に「これから一緒に観戦しないか」と誘われたのだが、先に刀堂達に誘われ……というか当たり前のように頭数に入れられていたため、やんわりと断った。ジュース買いに行ってただけだからね。出来れば一人で観戦したいというのが正直なところである。もう誰の前でもボロを出したくない。といいつつデュエルディスクをスタンバイ、機能に頼る気マンマンである。最近気付いたね、この世界を生き残るのなら恥より効率だと。正々堂々より狡賢く、だと。割と本気で「勝てばよかろうなのだ」が私の座右の銘になりつつある。いや、そこまでして負けている奴が座右の銘といっても説得力が無いか……うん、「勝てればいいね」くらいにしておこう。日本人is謙虚。いいね?

「あら……私の相手は柊柚子ね。幸先いいわね」

 賑やかな観戦席では、中々自分の声も通らないのだが、高く透き通った彼女の声を聞き逃すまでには至らなかった。(ちなみに私の右隣が光津さんでその向こうが刀堂、左隣が志島という超!威圧感の高い並びである。勘弁してほしい。何で挟んだ?一番端が良かったし、百歩譲ってまだ刀堂が隣の方がいい。あいつも空気読まないけど。)
 彼女もデュエルディスクを、液晶を見ていたのだが、私と同じ理由ではないだろう。

「……ん? 光津さん何してるの」
「何って……対戦表見てるのよ、MCの話聞いてなかったの?」

 曰く、デュエルディスクに自分の選手カードを差し込むことで、最初の対戦相手が表示される仕組みになっているらしい。更にいうと、光津さんは以前柚子さんとデュエルをして、難なく勝利をしたとのことだ。どこかの誰かさん達と違ってね、と彼女は左右に睨みをきかせた。あっ察した。遊矢達と3本勝負した時の、光津さんの相手は柚子さんだったのか。光津さんと柚子さん、二人の写真が並ぶ画面を見て納得する。睨まれた方の二人はというと、その視線に気付いているのかいないのか、同時にデュエルディスクをあたりだした。
 しかし対戦相手の顔写真まで出るなんて……ハッ、もしかして今が一番、対戦相手を不戦敗、そして自分を不戦勝に持ち込むのにベストの時間なので……わ……?顔写真を晒す危険性とはそういうことだ。私は冗談としても柄の悪い世紀末を生き抜いたかのようなデュエリストならば、同じことを考え、実行しないとは限らない。大会本部は分かっているのだろうか。

「あー……俺は梁山泊塾の奴か」
「そいつ確か、優勝候補と言われてたはずだよ。梁山泊は融合特化の塾だったか」
「融合か……真澄とこいつどっちが強いんだろうな。……まぁ誰だろうと俺は負けないけどな!」
「そうね、一回戦くらいは勝たなきゃ、LDSエリート組の名が泣くわよ。この間みたいな引き分けなんて情けない結果は無しよ刃」
「……あのさ、私を挟んで話すくらいなら席変わってくれないかな?!」

 会場は騒がしい。だからこそ会話は大きい声で。会場の皆が皆そういう状況なのだから、声が聞こえ辛くなるのも、どんどん声が大きくなるのも分かる。(本来だったら言葉全てに感嘆符が2つくらいついているはずだが割愛されているだけにすぎない。)しかし、五月蠅い三人に囲まれていてはディスクの画面に集中できないし、私の耳がもたない。
 何より身体を乗り出してる志島が邪魔でしょうがない。一言くらい断り入れれば良いのにそれもないからイラっとくるぜって感じである。更に言うと彼の星の髪飾りが目の前で反射して目がチカチカするのだ。ええかげんせえよ。

「ああ、君いたの」
「う、ウワー! あからさますぎるいじめがここで起きている!! ふざけんなよ人のこと先に押しこんどいてお前」
「……しかし本当に今君が『ここ』にいるとはね」
「は?」
「……いいや、何でもない」

 そう言って志島はまたそっぽを向いた。何なんだお前は。ここ最近ブレにブレ過ぎて言動が全く理解出来ない。
 本当は言いたいことあるくせに。言ってくれれば、いいのにさ。眉間にぐっと皺を寄せて睨みつけるように彼を見ていると、ところで、と光津さんが声をあげる。

「なまえの対戦相手は誰なの?」
「……あ、そっか。まだ確認してなかったね」

 光津さんに操作方法を教えてもらいながら、大会出場者用のページを開く。少しの期待と不安。開会式でちらほら見かけた、マッドマックスに出てきそうな物理的に強そうな人達とか謎の忍者とか甲冑軍団とだけは当たりませんように……。君達本当にジュニアユースか?って突っ込んでやりたいくらいだった。
 そんなことを考えて、微かに震える手で出場カードをディスクに差し込むと、ほんの少しの読み込みの後、パッとそれは現れた。今まで興味無さそうだった刀堂も、そっぽを向いていた志島も、横目でしれっと私のデュエルディスクを見ていた。

「……」

 固まる身体。そこにはピースをしている私の姿……には違いないのだが、今よりも髪が短いし、幼い。すっと横にブレている上に、視線がカメラに向いていない。とにかく写りが悪かった。どう見ても隠し撮りのような……えっちょっとまって何この写真。まさかこれが……?最近流行りの……?

「む、無断転載ダァーーコレェ!? いや無断転載かぁこれ……?!」
「無断……? って何だそれ?どうしたんだよいきなり」
「これ何処で撮った写真だLDS!! 責任者……は、赤馬零児か……! 絶対に許さない」
「何を怒ってるのよ。確かに写り悪いけどいつも大体こんな感じじゃない」
「ひどい」
「この写真、君が用意したんじゃないのか?」
「それならもっと写りがいいの選ぶわ! プリクラにするわ!」

 怒れる類人猿と化した私を抑えつけて、両隣の二人が詳しく説明をしてくれた。……え?大会前に参加者は証明写真が必要?さらにさらに?LDS塾生ならLDS内で無料で撮影してくれるサービスをやっていた?光津さんと志島の言葉が右から左へ、左から右へと通り過ぎていく。なぁにそれぇ、私聞いていないんだけど。
 いいや、本当のところをいうとちょっと気になってはいた。先程光津さんや、刀堂の対戦表の画面を見た時からおや……?とは思っていたけれど。気にしない振りをしていたらこれだよ。
 ツウィッターも他のSNSもやってないのに人の顔を無断使用されるとか思ってもいなかった。こんなことならツウィッターでキラキラに加工した自撮り写真あげておけばよかった……。っていうか誰だこの写真撮ったのは。そしていつの写真なんだ。ブレのため分かりにくいが半目になってるし史上最悪の写真ではないだろうか?卒業アルバムの写真がこれだったら燃やすレベルだよ。くっ、と唇を噛み締めて胸に誓う。お兄ちゃん、私、勝つよ、赤馬零児に。デュエルではなく、裁判で訴えて勝つよ。(なおこの時の私は、この写真を数年前に撮影し、LDSに流したのが、その兄本人であったということは知る由もなかった……。)
 例えこれが赤馬零児の仕業ではなくその下の人達が勝手にやったことであるとしても身内の仕業だとしても、私は赤馬零児を呪うだろう。何故なら部下の責任は上司の責任、これ常識ね。
 こうして私が負けられない理由がまたひとつ増えたのである。

「一回戦目からLDS塾生同士の潰し合いか」
「え?」

 メラメラと闘志を燃やしていた私を無視して、志島は私のディスクの液晶をコンコンと叩いてから神妙そうに話す。

「確かに、見たことある顔だなぁ。しっかし何処のコースだっけかこいつ」
「私達よりランクは下なのは間違いないわね。運が良ければ貴女でもいけるんじゃない?」
「こいつをなめるなよ。殆どがまぐれなんだから」
「私にも相手にも容赦ない言い様だね君達……」

 画面に映る少年の顔は自信に満ち溢れたとてもイイ顔をしていて、写真越しに既に負けを認めそうになるのをぐっと堪えた。