「へぇ、デニスもLDSなの」
「そうだよ、 LDSブロードウェイ校から留学してきたんだ」

 頭の中では華やかなミュージカルの情景が巡り巡る。本物を見たことはないけれど、トニー賞は毎年録画してるんだよこれでも。しかし彼の場合はラケットを振り回すタイプのかもしれない。つい「デニミュ……」と小さく吹いた私を見て彼は怪訝そうに首を傾げた。テニスラケットでベイブレードしてる輩もいるくらいだしラケットでデュエルをすることくらいなんてことはない。
 なーんてラケットは完全なる私の逸脱した妄想だが、事実ブロードウェイだし歌いながらデュエルはまだ有り得るのではないだろうか。アクションデュエルの上級版みたいな感じで。そう冗談半分で彼に問えば、それは偏見だと即座に返される。その答えに少し肩を落としつつもどこか安心する。冷静に考えたら目の前でドロー後歌い出して相手のターンがやたら長かったり、テキストも歌いながら読まれたら煽りか?って普通に思うしこっちも全力でドラミングだわ。

「なまえは何コースなの?」
「一応エクシーズだよ」
「へぇ! じゃあ僕と一緒だね。僕もエクシーズ」

 エクシーズ召喚コース(エクシーズ召喚出来るとは言っていない)はここ数年で出来たコースと聞いていたが、流石に海外校にももう広がっていたのか。となると、大会でもエクシーズを使うデュエリストは少なくないだろう。

「あ、そういえばなまえはペンデュラム召喚って知ってるかい?」
「え? ああ、ペンデュラム召喚。そうだね、知り合いが使ってるよ」
「へぇすごい! あの榊遊矢とフレンドなんだ!」
「ふれ、フレンド……?」

 フレンドといっても(仮)がつくような、曖昧な関係なんだけどなぁと思いつつ、そのニュアンスが外人である彼に伝えられる自信がないため彼の言葉に素直に頷いておいた。そもそもネタが二年ほど古いんだよな。

「ペンデュラムの創始者、榊遊矢……ついに彼のデュエルをこの目で見られるなんてね」
「……ペンデュラムにそんなに興味があるの?」
「そんなに……って。当たり前だよ。デュエリストなら」

 僕のエンタメにもいい刺激になるかもしれない。そう言って笑うデニスはこの短い時間の中でも一番の笑顔だった。私はデュエリストじゃないのかもしれない。



「おい! こっちだ」

 デニスと別れ、ロビーに戻ろうとしていると、後ろから肩を掴まれた。

「刀堂……」
「どこで油売ってたんだお前」
「いや、迷子を案内してて」
「自分が迷子になってどうする」

 ちらと彼の後ろにいる志島を見るも、すぐに目を逸らされてしまった。そういえば、あの黒ずくめ野郎に三人とも負けていたけれど、怪我を、していたようだけど、もう大丈夫なのだろうか。口を開きかけて、辞めた。私はあの時影から見ていることしかできなかったのだ。私が見ていたといってしまえば、彼等は、特に志島は更に傷付いてしまうような気がするのだ。

「もう開会式始まるわよ。そうね……私の後に並ぶといいわ」
「一応って光津さん……えっ、もうそんな時間? っていうか並ぶって」

 何、と聞こうとする前に、丁度良過ぎるタイミングでアナウンスが会場内に響き渡った。ちょっと待って選手入場があるなんて聞いてないんですけど。スポーツじゃないんだからさ……いや、スポーツなのか?

「あなたもLDSの生徒なんだから、変な真似だけはしないでよね」
「光津さんの目には私がどんな風に映ってんですかね?」

 視界ジャックしたいわ。

*

 まさか、選手宣誓を榊が行うことになるとは思わなかった。外から見ている時はそう気にしなかったけれど、会場、広い。デュエルスペース、広過ぎ。
 ロビーの椅子に座り、先程買った缶ジュースを開ける。思いの外緊張したのか喉が渇いてしまったのだ。そうして一息ついて……兄が大会に参加した時はどんな気持ちだったんだろうかと、デッキケースを見つめて考える。

「はじまったのかぁ、大会が」

 正直言って今のところ確かな実感はなかった。そもそもLDS内で定期的に行われる大会もまるまるサボってきた。よくよく考えればコース内の人間だけでなく、多くの観客の前でデュエルする、というのはとんでもなく凄いことなのではないか?半分以上まぐれだとしても、だが。いや凄いっていうかヤバイ。コミュ症がそんな真似できるわけがない。通常通りのプレイングができるわけがない!

「いや待て、アクションフィールドってそもそも観客の姿みれたっけ……ああそうかフィールドによるのか……。ちょっと待って私」

 まともにアクションデュエル、したことすらない。第三章大会直前にして明かされる衝撃の真実。勝率稼ぎでも野良デュエルばかりしてきたからアクションフィールドなんて、ここ一ヶ月は触れてないぞ。
 ちょっと待ってアクションカードって手札コストになるんだっけならないんだっけ……?そんなことを考えれば考えるほど目の前がまっくらになる。万年リレーでドベの私が、ジャンプ力を鍛える機会など365日の内1日もない私が、アクションカード奪取、できるわけがない。
 それだけではない。カードを獲る瞬発力と同時に、それをどう使うかの瞬間的な判断力も必要となってくるわけだ。まだデュエルディスクの解説機能に頼っているような私がそんな……できるわけがないッ!さあ、4回言ったぞッ!エクシーズ召喚のやり方を教えてくれッ!

「絶望……」
「何、独り言言ってんの?」

 絶望テンションで落とした肩を誰かに掴まれる。今日はやたら肩を誰かに掴まれる日だなんて思いながら振り返ると、怪訝そうな顔をしたら榊がそこにいた。そしてもう一人、飴を舐めている少年。

「あ、ああ榊。久しぶり」
「どうしたの暗い顔して」
「いや……2クール騙されてた人の気持ちが今ちょっとだけ分かった気がして……」
「は?」
「いや何でもないです」
「ふーん?まぁいいや。なまえがここにいるってことは……なまえも大会出るんだろ?おめでとう!」
「……え? ……で、でへへ」

 榊のその言葉に、笑顔に。凄く嬉しく、同時に悲しいことに気付いた。この件でおめでとうって言われたのはじめてだ。お母さんお父さんも兄の件もあってか微妙な顔をしていたし、LDSの奴等に至っては「ズルか?コネか?」って聞いて来るか「LDSなら当たり前」の二極端だし。ただただ素直に、照れてしまった。

「……榊こそ選手宣誓お疲れ。かっこよかったよ」
「えっ本当?」
「ほんとほんと」
「良かった~いきなりでびっくりしたんだけど、そう言ってもらえて嬉しい」
「ねぇ遊矢。この人誰?」

 そこで今まで黙っていた少年が飴を口からひき抜いた。こうしてちゃんと見ると、空色の髪がとても綺麗だ。

「俺の友達! なまえっていうんだ」
「どうも」
「こっちは最近遊勝塾に入った素良」
「遊矢師匠の弟子だよ!よろしく~」
「で、弟子?よろしく」

 さらっと友達発言した榊に戸惑いながらも、その言葉にちょっとだけ喜びも感じている自分がいる。(仮)じゃなかった。すぐ調子に乗るからコミュ症なめんなよ。
 聞いたところ素良も大会に出るらしい。ジュニアクラスかと聞けば怒られたので、思ったより年齢は近いのかもしれない。

「なまえはどんなデッキを使うの?」
「……甲虫装機だよ」
「へぇ……じゃあエクシーズなんだぁ」

 デッキを聞かれるのは今日二回目だ。そう、私のデッキはエクシーズ。決してギガマンティスを使ってぶん殴るデッキじゃないんだよ本当だよ。これこそ(仮)をつけるべきではないのか。

「素良は?」
「僕は融合デッキ」
「融合かぁ、やったことないなぁ」
「よかったらなまえも僕の弟子になりなよ! エクシーズよりオススメだから」
「え~本当?」
「……ちょっと待ってなまえ。二人で盛り上がってる所悪いんだけど、何で素良のこと名前で呼んでるの」

 ずずい、と間に割り込んできた榊に少なからず驚いた。彼は私と素良を交互に見やると、小さくため息をつく。

「いや、だって名前しか教えられてないもん」
「なる……いやいや、じゃあさ、俺の名前も名前で呼んでよ。師匠より弟子の方が馴れ馴れしいのってどうなの」
「遊矢ヤキモチ妬いてるの?」
「そういうのじゃ、ないけどさ……なんか俺だけずっと名前で呼んでるの、ずるいじゃん」

 俺の方が付き合い長いのに、そう呟いた榊はつまらなそうに頬を膨らませていた。それやって許されるの可愛い女の子と榊遊矢だけだなって今ここに思いました。

「志島とか刀堂もずっと苗字呼びだし、これが癖なんだよね」
「じゃあ尚更呼んで」

 まるで意味が分からんぞ。