「あいつじゃ、なかった」

 授業も終わり、今日もデュエルの相手を吟味しに行こうとエントランスまでたどり着いたところで、光津さんに呼び止められた。一体何の事だろうと首を傾げる私に、彼女は続ける。いつも凛としているその顔は、今はどこか苦虫を潰したように歪んでいる。

「榊遊矢が襲撃犯だと思ってたけど……違った」
「……ああ、その件」
「知っていたんでしょう?……貴女と、もっとちゃんと話すべきだった」

 そういって頭を下げた彼女が、微かに肩を震わせているのを見てしまった。彼女とまだ関わりも浅く、高飛車な印象しか持っていなかった私としては反応に困る。何か言うとするのなら、謝罪は私ではなく榊にするべきではないだろうか。しかし最初に勘違いで理事長に報告したのは沢渡だから……?……とりあえずそれは今は置いておこう。どうやら、彼女の話はそれで終わりではないらしい。顔を上げた彼女に、正面から向き合い、その唇が開くのを待った。

「……私はここ数日、その襲撃犯を追ってたの。そして真の犯人を先日、見つけたわ」
「……え?」

 襲撃犯、それはつまりユートのことだろう。つい最近会ったばかりだが、彼女にそれを言うべきか否か。
私もLDSなのだ。本来ならすぐに伝えるのが正しいのだろう。それでもこうして迷ってしまうのは、彼と話した時に感じたあの気持ちを大切にしたかったから。……いや、それだけではない。自分の意思で逃げたこと、逃がしたことを、彼女に知られたくないというのが一番正直なところである。ただの意地だ。
 どうするべきかと私があちらこちらに目を泳がせていると、彼女はそれを知ってか知らでか、わたしの腕を突然掴んで来たのである。これには流石にびっくりして、飛び上がりそうになった。何せ、彼女の触れたところはただ冷たい。

「サングラスに、赤いスカーフ、黒いコート……あいつが、LDSの生徒を、マルコ先生をやったのよ」
「サングラスに、赤いスカ……あ?」

 これ完全にあの人ですわ。そんな不審者の権化みたいな人そう何人もいてたまるか。兎にも角にも、犯人を逃がしたことがバレた訳ではないらしい、その事実に少しほっとしている自分はなんと情けないことか。
 マルコ先生、というのは融合召喚コース所属のあの教師のことだろう。なんかキラキラしてて目立っていたので、サボり気味だった私でも覚えている。彼はLDSの教師すらも倒してしまったというのか。あの時の怒りに燃えた金の瞳が、今も頭にこびりついている。

「……犯人を捕まえに行くの?」
「止めても無駄よ。これ以上あいつに好き勝手させられないわ」

 その時、ふと背後に気配を感じた。その気配はすぐに私を追い越して、光津さんの隣へと進む。

「誰も止めねーよ。……俺等も協力するぜ、真澄」
「ああ、今度は確実に捉えないと、LDSが舐められたまんまじゃいられないからね」
「北斗、刃……」

 LDSエリート組のお出ましである。やっぱり、と思った。なんやかんやお互いを敵視し、自分が一番だと主張し合いながらも、彼等の間には確固たる絆がある。こういうのをライバルというのだろうか?誰かと競い合うことなどしたこともない私からすると、見ててなんだか不思議な、感じがした。
 その光景から目が離せず、ただ立ち尽くしていると、志島はこちらに振り向いた。そして私を一瞥すると、「お前は来るなよ」と、淡々と言い放った。

「え、……何で?」
「来ても足手まといになるだけだ」
「否定は出来ないけど……でも」
「……君には関係ないだろ?」
「え」
「おい北斗、流石にその言い方はねーだろ」

 すかさずフォローを入れてくれた刀堂に、私たちを交互に見つめて小さくため息を吐いた光津さん。相変わらず私にだけ当たりの強い志島。私がいると、乱れるんだな、と思った。彼等の関係性が、私がいることで乱れてしまうのだ。その関係性、その輪に私はいない。私は関係がない。それは実力の違いだけなのか。まず今までLDSという場所で、関係性を持とうともしなかったのは自分であると自覚している。のに、何故こんなにも――。
 しかし、志島の言う通り、私が一緒についていったところで足手まといになるだろう。そして何より、いつも競い合っている彼等エリート3人組が協力し合えば、誰も敵わないだろうと容易に想像できる。

「あー……お前等本当ややこしいな。つまり北斗はな、危険なことにお前も巻き込みたくないんだよ」

 刀堂は乱暴に自分の頭を掻くと、唸るようにそう言った。

「……大体君、まだ勝率足りてないだろ。まずは自分のことを考えたらどうなんだ?」
「え……なんで知ってるの?」
「大体予想つくよ……君のことだから。大方3勝ってところじゃないか」

 お前はエスパーかとツッコめる空気ではなかったので黙っておく。そう、なんやかんや3連勝まで繋ぎ止めたのだ、私は。以前の私ならまず有り得ないことである。……んん?というか志島が予想してくれていたってことか?つまり私が3連勝は出来ると思ってくれていたの?……なんて、どうせ「それはあの人のデッキだから~」とか言われるのだろう。そもそも彼等の前でドヤ顔を見せたところで鼻で笑われて終わりなのは目に見えているので、やはりお口チャックで封印すべきだわ。

「あー……そういう意味では、俺もお前は来るべきじゃないと思うぜ。まぁ、俺に任せてろ」
「私たちに、でしょ」

 光津さんは、相変わらずつんけんしているが、なんだか嬉しそうであった。

「別に……一緒に行きたいとか一言も言ってないし……」

*

 私は、デュエルをしていた。名前も知らない、別の塾の生徒と。私と同じ様にデュエルを始めてからまだ日は浅いようで、泥沼のような戦いになりながらも、なんとか4勝目を掴み取ることができた。
 ちょっとずつライフを削っていくだけの、長く続き過ぎたデュエル。楽しいとは思えなかった。そして今日も相変わらずエクシーズ召喚をすることは出来なかった。いや、出来たのかもしれないが、私がそのタイミングに気付くことが出来ないのだ。

「……ああ、また使えなかったね、ごめんね」

 別に、本来謝る必要などないのだろうけど。手札に残ったままのそのカードを見つめて、無意識のうちにそう声に出していた。
 《インヴェルズの歩哨》。いつの間にか持っていた、否、多分私が覚えていないだけでおそらくずっとストレージで眠っていたカードのうちの一枚である。黒くて小さな虫のようなモンスター。鈴虫か何かだろうか、デフォルメ化されているため、正直詳しいところまでは分からない。っていうか虫の区別なんで甲虫装機ですら未だに分かってないのでお察しである。分かってたまるか。
 つい最近まで甲虫装機と何か関係性があるのかと思ってデッキの空いた枠に入れていたのだが、どうやらそうではないらしい。名前も似ているし、見た目も虫モチーフの人型モンスターで更には闇属性と、共通点は多いと思ったのだが……ってあの、よく見たらお前これ悪魔族って書いてあ……見なかったことにしよう。今更気付いたとか絶対に言えない。志島にバレたら何と言われるか。見た目が虫な時点で私からしたらアウトだけどな。
 私の使い方が悪いのか、そもそもデッキと相性が悪かったのか、いつもこうして手札に残るか、壁モンスターとしてやられていくだけの存在と化している。弱いカード。その存在に、同情してしまう自分がいた。

「……輪、か」

 そうか、お前も違ったんだね。勘違いとはいえ、申し訳ないことをしたなぁと思いつつも、またそれをデッキに戻す。

「インヴェルズ……」

 乱すならとことん乱してやれ、なんて馬鹿みたいな考えが浮かんできたのは何故だろう。
 しばらくして顔を上げると――偶然だろうか。視界の端で、どこかへ走る志島と刀堂の姿を捉えた。