どちらが先に腕を離すか。まるでウエスタンの早抜きのような睨み合いが続いた。そして、男が空いた方の手を振り上げた瞬間、静まり返った路地裏に、突如怒声が響き渡った。
「隼! 何をしているんだ!」
「……ユート」
路地の向こうから、見覚えのある少年が走ってきたのである。顔だけ見れば、まさしく榊遊矢そのもの。ただ、その表情や纏う空気から、そして、男の口から出た名前から、彼が、沢渡と戦っていたエクシーズ使いの少年の方であるということは、すぐに気付いた。今日は――あの時に割れてしまったからかもしれないが――ゴーグルをしていないらしく、その露になった顔をついじっと見つめてしまった。改めて思うが、見れば見る程、榊遊矢にそっくりである。しかし、何故彼がここにいるのだろうか?
「……君はあの時の」
私の視線に気付いたのか、少し目を見開いた彼は小さくそう呟いた。あの時、私は特に何もしていなかった、否、出来なかったからこそ、覚えられているとは微塵も思っていなかったので、こちらも少なからず驚いた。
私たちの間に流れていた、何といっていいのかよくわかならい「気まずい」空気に気付いてすらいないのだろう。未だギリギリと私の腕痛みを与え続けながら、目の前の男はこちらを一瞥することもなくその空気を一蹴した。
「ユート、何故止める。こいつもLDSの生徒だ」
「しかし、女の子に手を出すなんて……」
「まだ出していない」
「いや、まだとかではなく……」
「奴等は女子供見境無しだったんだ。そんなこと、構っていられるか」
「ここはスタンダードだ……彼女達には関係ないことだろう。手を離せ、隼」
彼等は一体何の話をしているのだろうか。奴等とは一体誰のことだろう。……いや、そんなこと知らないからこそ、私には無関係なことであるはずなのだ。面倒なことに巻き込まれる前に、早々にこの場を去りたい。
「いや、それだけではない。こいつのデュエルに対する姿勢にも腹が立ったんだ」
「デュエル?」
「鉄の意思どころか、自分の意思すら感じられない。まるで『やらされている』というような顔で、腹が立つ」
「デュエル中も常に眉間にしわ寄せてる愛想悪そうな人間よりはマシかと」
あんまりな言い方にむかっとして、つい対抗してしまった。上から降ってきた無言の圧力に怯むことなく睨み返すと、鼻で笑われた。
「LDS……いや、この次元のデュエリストは皆、甘ちゃんや腑抜けばかりなのか?」
「……私はともかく、LDSにはもっと強い人がいるよ」
「ふん、どうだか」
再び険悪な空気が流れ出した私達の間を割くように入ってきた榊に良く似た少年、ユートが大きくため息を吐く。長身の男が舌打ちしたのを、私はユートに免じて聞かなかったことにする。
そしてユートは何故か仲間の男ではなく、私に向き合うように振り返る。
「あの時は、巻き込んですまなかった」
なるほど、強制的に話を切り替えようとしてくれているのか。少なくとも彼とは話が通じそうだ。彼の後ろから相変わらず感じる威圧感をなるべく気にしないようにして、彼の言葉の意味を考える。
「じゃあやっぱり、あの爆発や衝撃は、君が……?」
「……ああ」
薄々そんな予感はしていたが、本人に認められてしまうと今度は否定したくなる気持ちが溢れるのは天邪鬼とかそういうものではないだろう。「まさかね」、それが現実になってしまうもの程、恐ろしいことはないはずだ。
なんらかの方法で、アクションフィールドでもないのに質量、衝撃を生み出したということは事実。それは立ち入り禁止となったままの焼けた倉庫の姿から察することが出来る。その方法について、私が聞いても彼等が教えてくれることはないだろう。私も聞きたいとは思わなかった。それより気になることがあるとすれば、その動機。
「何で、LDSの生徒ばかりを襲っているの」
「それは……」
「襲われた側からしたら聞く権利はあるよね? そこのカードも……さっきの男の子のかな」
「貴様にはまだ手を出していないからな。その権利がほしければ面を貸せ。まずそんな舐めた口きけない程に叩きのめしてやる」
「……ねぇこの人何でこんなに好戦的なの」
男を指差しつつユートに問いかける。即座にその指をはたき落とされた訳だが気にしないことにした。
「LDSは始末する」
正直、口を開けば牙を剥く男にもこの数分でもう慣れてきた。結論からいうと私は、彼に対して何かをした訳ではない。それなのに突然襲われ、私のデュエルに文句をつけてきた上、兄のことまで侮辱されたのだ。憤りを感じているのはこちらの方である……いや、そのはずだった。しかし私はひしひしと感じていた。彼の言葉の節々に、その視線に、今の私よりも皿に深い、憎しみや怒りが潜んでいるのを。私は、理由も分からないその感情を前に、どうやって反応すればいいのか分からないでいた。
「……隼、俺達の狙いはあくまで赤馬零王。そのために関係ない者まで巻き込む必要は、ないんじゃないか」
「甘いぞユート。この次元の情報もない今、仕方がないだろう。俺は何としてでも瑠璃を――」
「分かっている。瑠璃や仲間を助けたい気持ちは俺だって一緒なんだ。しかし……」
「赤馬レオ? ……零児ではなくて?」
私の言葉に、二人がぴたりと動きを止めた。
「いや、だってLDSの社長は赤馬零児だよ。何か勘違いしてるんじゃないの?」
あの赤縁眼鏡を思い浮かべる。そういえばあの人は大会には出るのだろうか、なんてことを考えながら。
「赤馬零王はここにはいない…?」
「いや、私が知らないだけかもしれないけど……でもLDSの現社長は赤馬零児じゃん。若手すぎる社長とかで有名だし……」
赤馬零児の母親である、赤馬日美香理事長のことなら当然私も知っているが、その名前には聞き覚えがない。 彼等がLDSを狙っていることから、赤馬社長の身内であることは分かる。名前からして、まだこの中で登場していない人物--おそらく彼の兄、父親、または祖父ではないだろうかという推測もついた。じっちゃんの名にかけて、これはそうに違いないぞ。わからんけど。
「赤馬、零児……か」
「隼、まさか」
「手当たり次第に当たるよりは、確実だろう。……おい貴様、そいつの居場所を吐け」
「教えたら見逃してくれます?」
「そんな訳ないだろう」
「デメリットしかないじゃんそれ~、誰が教えるか。教えるも何も知らないけど」
私の言葉に大きく舌打ちをした男は、完全に私から興味を無くしたのかようやく腕を離した。痛みの余韻がしばらく続いたが、跡が残っていないことを確認して安堵する。
「私よりずっと強いんだよね?」
手首を撫でながら、そう問うた。一瞬「こいつは何を言っているんだ」と言わんばかりの目で見られたのはいただけない。自分で言ったことを忘れるなんて。
確かに、兄のデッキを馬鹿にされたことにはムカっときたけれど、冷静を取り戻した今なら分かる。何より優先すべきは大会。会話の中で赤馬零児が出てきたことによって思い出した。一番大事なことは何としてでも大会に出て、彼を見返すことなのだ。
「ああ、貴様如き簡単に捻り潰せる」
「じゃあ見逃してよ、今日のことは忘れるから」
「……なんだと?」
はじめての勝利を得たばかりなのに、無闇にデュエルを挑む訳にはいかない。これから6連勝をしなければならないのだから、ちゃんと準備をして、次の相手を吟味しなければ。なんて、私と戦ってくれるLDSの生徒は殆どいないと思われるので、また明日から街を探すしかないのだが。それでも、なるべく強くなさそうな相手と戦いたいと思うことは、当然のことだろう。そう、最終的に勝てばよかろうなのだ。私にとっては目的を達するというのが至上の事。できるだけ汗をかかず、危険を最小限にし、バクチをさけ、戦いの駒を一手一手動かす、それが「真の戦闘」だ!!って誰かが言ってたもんね。これも歴とした戦略なのだ。
私と戦かった少年に、あの短い時間で勝利した(と思われる)のであれば、彼の実力は確かなものであるに違いない。少なくともエリートの通うLDSの生徒と同等かそれ以上……では、LDSの精鋭とどちらが上なのか、など、判断する術は私には無いが。
「貴様にはプライドというものがないのか」
だから、これは戦略なんだって、言っても伝わらないのだろう。先程までとはまた違った、酷く冷たい瞳が私を見下ろしていた。