「私は、《甲虫装機 ギガマンティス》の効果を発動!えーっと……『手札から装備カード扱いとして自分フィールド上の「甲虫装機」と名のついたモンスターに装備できる』……ね」
「おもっくそテキスト読んでんなお前……」

 白けた目で私を見る少年を無視して進める。彼の名前は何といったか、そんな事は今はどうでも良いのだ。彼は敵。今、デュエルをしている相手、その事実だけで十分である。

「よし、じゃあ私はフィールド場の《甲虫装機 ホッパー》にギガマンティスを装備!これでホッパーの元々の攻撃力は2400になる」
「2400……」
「私はホッパーで守備表示モンスターを攻撃!」

 ギガマンティスの攻撃力を受け継いだ今のホッパーなら、下級モンスターなど相手ではない。心なしかホッパーの背中が何時もより大きく感じた私は、少しだけ見えた希望に心踊らせた。しかし、今破壊した彼のモンスターには厄介な能力が備わっている事を、先程体験したばかりの私が忘れるはずもなかった。

「……破壊された《ピラミッド・タートル》の効果を発動!自分のデッキから守備力2000以下のアンデット族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。俺は《ゾンビ・マスター》を攻撃表示で特殊召喚!」

 その亀を見るのはもう三回目な気がするのは気のせいだろうか。いや気のせいではない。逆に考えればこれでようやく三枚目であり、次は無い。……とほっとしたのもつかの間で、亀ではないにしろまた新たなアンデットモンスターが沸いてきた。ぶっ倒してもぶっ倒してもモンスターが飛んでくるせいで、ダイレクトアタックもろくに通らない。正直もううんざりしていた。何度でも何度でも蘇る、アンデットという名の通りの戦法という訳か。NO ESCAPEモードをプレイしている気分である。
 希望を求めちらりと手札を確認するもこれ以上何か出来そうな気もしない。私はむず痒い気持ちのままターンエンドを宣言した。

「アンデットの再生力をなめるなよ。俺のターン!」

 カードを一枚ドローした彼が、そのカードを全く見ていなかったのを、私は見ていない振りをした。彼にはまだ余裕がある。そう思いたくなかったのだ。

「《ゾンビ・マスター》の効果発動! 手札のモンスター1体を墓地へ送る事で、自分または相手の墓地のレベル4以下のアンデット族モンスター1体を選択して特殊召喚する。手札の《ボーンクラッシャー》を墓地に送り、《マンモス・ゾンビ》を特殊召喚!」

 《マンモス・ゾンビ》。攻撃力1900と、下級モンスターにしてはなかなか高い攻撃力を持ったモンスターである。しかし、私の場にはギガマンティスを装備したホッパーがいるのだ。その攻撃力の差は、簡単に埋められるものではないはず。

「墓地に存在する《ゾンビキャリア》の効果発動! 手札を1枚デッキの一番上に戻して発動できる。このカードを墓地から特殊召喚する!」

 不気味なゾンビともに彼の表情に現れた、絶対的な自信にとうとう不安になった私は、即座にそのカード効果をディスクで確認した。そして、画面に映されたある単語に息を飲む。

「ちゅ、チューナー……?」
「この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた時に除外されるが、そんなことはもう関係ない。これで終わりだ」
「え? 終わり?」
「俺はレベル4の《ゾンビ・マスター》にレベル2の《ゾンビキャリア》をチューニングし、《蘇りし魔王 ハ・デス》をシンクロ召喚!」
「攻撃力、2450……?50!?」

 僅かではあるが、ホッパーの攻撃力をいとも簡単に超えてしまった。そんな中途半端な攻撃力のモンスター、ギガ・ガガギゴくらいしか知らなかったぞ。え?最適化?知りませんねぇ……。

「ハ・デスでホッパーを攻撃! そしてマンモス・ゾンビでダイレクトアタック!」

 だだでさえ大きなマンモス、しかもゾンビであるそれが襲いかかってくるというのは計り知れない程の恐怖を生む。白旗を上げ、衝撃に備えた。もう守ってくれるものは何もない。
マンモスが暴れるのは光が丘だけにしてくれ。と吹き飛ばされながらごちる。
いやどこだろうと駄目だろ。

*

「……また負けた」

 はじめてデュエルに応じてくれた少年。負けてようやく彼がシンクロ召喚コースの人間であるということを知る。シンクロ召喚コースの人間と戦うのは二人目であった。どうせ断られるだろうと言う気持ちで誘ったのだが、快く引き受けてくれたことに今更ながら感謝する。学校が早く終わった、ただそれだけの理由ではあるが、たまには早く来ると、良いこともあるらしい。
 今回のデュエルも負けた。しかし、私としてはどこか晴れたような気持ちであった。我ながら、途中まではいい調子だったと思う。それに今日はまた一つ、ギガマンティスの使い方を覚えた。このカードは、エクシーズ召喚に至るまでの間、大きな戦力になるに違いない。
 次こそは、今の私の中で弾む気持ち。次こそはいけるのではないか?期待が徐々に膨らんでいく感覚。というより流石にそろそろ一勝しないと、大会に間に合う気がしないのだ。

「しかしあの亀、相当厄介だったな……」
「あれはリクルーター。ピラミッド・タートルの場合は、戦闘で破壊された時にデッキから条件に応じたモンスターを特殊召喚できるのよ」
「そうそう、それがすごく面倒で……ってあなた誰?」

 さらり、とその黒く長い髪を踊らせた少女はくすりと笑った。いつの間にか隣にいた。褐色の肌に、黒く艶やかな髪、そしてこちらを射抜くように紅い瞳、どれをとっても美しい。その立ち振る舞いからして、良いとこのお嬢さんではなかろうか。

「馬鹿ね。『戦闘で破壊』なんだからそれ以外の方法で退場させればいいのよ。モンスター効果で破壊したり、魔法・罠を使ったり……」
「なるほどそういう手があったか……!日本語って難しい」

 彼女は、私のデュエルを見ていたのだろうか。他に人はいないと思っていたこともあり、見られていたと思うと途端に募る羞恥は一体なんなのだろう。私は、あれで満足していたのではないのか。

「それにしても3体連続でリクルーター……見たところデッキ圧縮の必要性なんてなかったし、アンデットデッキなら上級モンスターだって簡単に呼べたはず……。……あなた、舐められてるわよ。いいの?」

 一瞬、彼女の言っている意味がよく分からなかった。頭をフル回転し、必死にあの亀の効果を思い出す。……そうか、『自分のデッキから守備力2000以下のアンデット族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚』。レベルに制限はない。ということは、守備力さえ越えていなければ、デッキから容易に上級のモンスターを呼べると、そういうことか。彼のデッキに、それに対応するモンスターが入っていなかった、ということはいくら何でも考えにくい。

「……しょうがないよ。今回は対処法すら知らなかった私が悪いし……次に活かします」
「そういうことじゃなくて……北斗はあなたのそういうとこが嫌いなんだわ」
「──え?」

 いきなり彼女の口から出てきた名前、それは私が良く知っている彼のことだろうか。

「あなたの目を見れば分かる。あなたの目、何も見てないもの。見えていないというより見る気がないんだわ」
「……あの、あなたは一体」

 少女は再び髪を掻き揚げると、その紅い目を細めて笑った。しかし、その瞳は相変わらず冷たく私を射していて、分かりやすい「愛想笑い」であることを察した。

「私は融合召喚コース所属の光津真澄。北斗なら、まだ今日は見てないわよ」
「……光津さんは、志島とはどういう関係で?」
「あら、それなりに気にはなるの?……へぇ……そう。これは面白いわ」
「友達いない志島が融合召喚コースの女の子と知り合いなんて不思議でしょうがなくて」
「……それをあなたが言うの?」

 彼女が言わんとすることは理解出来たがちょっと待ってほしい。その更に細くなった視線は一体なんなのか。全く、勘違いしないでよね、私にだって友達の数人学校にいるんだからね……多分。
 おそらく同じ歳であるはずの彼女の、どこか上からな発言の数々。それは、志島や刀堂のそれとよく似ていて──。

「あ、分かった。志島達と同じ様に、融合召喚コースのエリートなんでしょ? エリート同士は惹かれ合う……」
「……まぁ、そうね。確実にあなたよりは強いわね。彼等と一緒にしてほしくはないけど」

 沢渡といい彼女といい、LDSのエリート集団はナイフを投げるのが得意なようである。それが、実力からくる自信であるのならば、当然といえば当然であるが。
 ふと時計を見ると、次の授業までそう時間がないということを知る。椅子に広げていたカードを片付け、立ち上がる。そろそろ教室に移動しなければ、そう思い、彼女に会釈して去ろうとした、その時である。

「聞いたか? エクシーズ召喚コースの志島北斗がとうとう連勝止められたって話」
「えっ! まじかよ。……でも誰に?」
「さぁ……まぁそもそも噂だからな」
「ふーん。あいつ最近調子に乗ってたし、いいんじゃね?」

 耳を疑うその言葉に、バッと顔を上げる。私は、笑いながら過ぎ去っていく生徒達をただ眺めることしか出来なかった。