エクシーズ召喚。同レベルのモンスターを2体かそれ以上を素材にし、エクストラデッキからエクシーズモンスターを特殊召喚することである。……という基本的なことは理解していてもなかなかうまくいかないのが私の現状なのだ。
 兄のデッキはエクシーズモンスターを主軸とするタイプのものであるというのに、そのエクシーズ召喚に成功したことがまだない。流れは大体理解出来ている。甲虫装機は甲虫装機を装備することによって効果を発揮するがそれだけでなく、レベルを上げる効果を持っているカードがある。下級モンスターでレベルを調整し、エクシーズ召喚に繋げるのが基本的な流れではあるのだが、如何せん、私にまだ無駄な手が多過ぎるのだろう。またはその逆か。エクシーズ召喚をするどころか、レベルを揃える前に相手に押し切られライフがなくなっているなんてのはざらである。私にはスピードが足りない。そして、それを補うのが、彼が先程使ったシャドーベイルのようなカードなのだろう。
 それにしても、エクシーズ召喚はLDSでも──私のことはさておき──トップクラスの成績を持つ生徒しか習得できないはず。それを何故、LDSの生徒ですらなさそうな彼が使用しているのか。

「《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の効果を発動!」

 エクシーズ召喚によって現れたモンスター。なんとなくではあるが、私の知っているそれと少し違うような気がしていた。勿論怖いのは、志島のプレアデスの方であるが、それはあくまでも積み重ねた「負け」の記憶のせいであり、トラウマに近い。彼のモンスターは初めて見たにも関わらず、言い知れぬ恐怖を感じている。召還時に感じたあの感覚は、一体なんなのか。

「オーバーレイユニットを一つ使い、このターンの終わりまで相手フィールド上に居るレベル5以上のモンスター1体の攻撃力を半分にして、その数値分、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力をアップする! トリーズン・ディスチャージ!」

 相手の攻撃力を下げ、かつ自分のモンスターの攻撃力を上げる。そして、X素材をもう一つ使い同じ様に攻撃力を更に吸収する。先程よりも威圧を増したその姿に私は足がすくんでしまった。なんという恐ろしさだろうか。誰かが小さく悲鳴を上げる。それは、取巻きか、私か、多分その両方で。咆哮を上げる黒い竜は、最早恐怖の対象でしかなく。私は鋭い戦きが足の先まで伝わってくるのが自分で分かった。

「その牙で氷河を砕け! 反逆の、ライトニング・ディスオベイ!!」

 黒い肢体をうねらせて、彼のモンスターがメビウスに攻撃する。まるで爆発のようなその衝撃が風を巻き上げ、私達の身体をも吹き飛ばす程の威力で襲ってきた。その風の強さに、ぎゅっと目を閉じた。その直前、誰かが守ってくれたような気がしたのは、気のせいだろうか。
 地鳴りのような音とともに、何かが割れるような音が続く。しばらくしてから恐る恐る目を開き、がらりと変わった景色に息を飲んだ。倉庫中に未だ響き渡る轟音。壁や天井、窓硝子、至る所が崩れ落ちていくその様を、私は何度も瞬きを繰り返し確認する。先程の爆発のせいだろうか、資材に火が燃え移り暗かったはずの倉庫内でゆらゆらと燃える。これは夢などではない。
 未だ立ち上がれない私は、ぼうっとした頭で、沢渡に詰め寄り何かを話している少年を見つめていた。

「あ、アクションフィールドじゃないのに、何で……」
「なまえさん! 大丈夫!?」

 柚子さんが私の肩を掴んで揺らす。話が終わったのか、こちらに戻ってくる少年は、何故かゴーグルを外していた。よく見ると、ゴーグルに傷が入っているようである。今の爆発の影響だろうか、と見つめていると、ふいに彼と目が合った。そしてすぐに逸らしたのは、私の方である。その瞳にはどこか見覚えがあるような気がしたが、今はそんなことすら深く考える余裕などなかった。

「う、うん。腰が抜けただけ……情けないけど」

 一体、何がどうなっているのだ。混乱する私を余所に、沢渡はおそらく最後の一手、伏せていた罠カードを発動させる。しかし、それすらも読んでいたとでもいうのか、少年は振り返ることもなく、静かに手を上げる。

「俺は墓地にある永続魔法、《幻影死槍》を発動」

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《幻影死槍》 永続魔法
①自分フィールドのモンスターを対象とした相手の罠カードが
 発動した時に発動できる。 相手に100ダメージを与える。
②相手の罠カードが発動した時、自分の墓地からこのカードを
 除外して発動できる。 その罠カードの発動を無効にして
 破壊し、相手に100ダメージを与える。
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「その身に受けろ……戦場の悲しみと痛みを!!」

 フィールド上に現れた禍々しい槍は、真っすぐに、沢渡に向かって飛んでいく。
 叫ぶ少年の声は、どこか悲鳴のように聞こえた。しかし、今一番悲鳴を上げたいのは、突然のことにその場で立ち尽くすことしか出来ない沢渡だろう。恐怖で濡れたその表情は、この位置からでも分かる程に明らかで。
やばい、と誰もが思った直後、その槍は微かに軌道を変え、沢渡の身体から擦れ擦れの位置で壁に突き刺さった。
 助かった、という余韻に浸る間も無く消えた槍と彼のモンスター。またも墓地にある魔法カードの効果によって、沢渡のカード効果を無効にし、更に効果ダメージによって沢渡のライフを0にした。ゴーグル少年は、完全なる勝利を掴んだのだ。

「あれが、エクシーズ召喚……」

 二人のデュエルをこの目にしかと焼き付けた。次元の違うデュエルに、正直ついて行くのも精一杯であったが、それでも、この経験が何か意味を成すように祈って胸の奥に留める。
私も、このレベルにならないといけないのか。兄がそうであったように。兄のデッキケースを見つめて、何かがぐるぐると身体の中で蠢くような感覚に蓋をした。

「……遊矢!?」

 そんな柚子さんの声がして顔を上げる。その視線の先を追えば、少年がマスクを外していた。
 その少年の顔は、榊とよく似ていた。先程感じた既視感はこれだったのか。驚愕に染まる私たちの、いや、彼女の瞳を、彼はどこか懐かしげに、じっと見つめていた。

「榊……?」

 私の声に、ハッとしたようにこちらを向いた少年は、まるで夢から覚めたような仕草で辺りを見渡すと、私たちから後ずさりした。おそらくこの場の惨状にようやく気付いたのだろう。先程までと打って変わり、悲しげな目でこちらを見る少年に、あの質量を持った衝撃は、理由はどうあれ彼の仕業であると確信した。
 そして、柚子さんが彼に一歩歩み寄ろうとした時、彼女の腕にあるブレスレットが突如光り出した。その光は徐々に強くなっていき、最後には視界は真っ白になる。それもまた一瞬の出来事で、光が消えた頃には少年の姿は無く。幻のように消えてしまっていたのである。

「き、消えた……」

 思わず柚子さんと顔を見合わせた。お互いに、今起こったことが現実であると確かめるために。

「柚子ー!」

 まるで少年と入れ替わりのようにやってきた榊に、私たちは目を白黒させる。次から次へと一体何なのだ。冷静に考えればすぐに分かることだが、彼を呼んだのはおそらくアユちゃんだろう。しかしタイミングがタイミング故に、処理が追いつかない頭は思考を停止してしまっていた。

「柚子! ……あれ、なまえ? 何でここに……」
「まぁ、色々あって……」
「ふーん……。ってうわ! 何だよこれ! 二人とも、怪我はないか?……柚子?」

 不思議そうに首を傾げる榊に、苦笑いで返す。何が一体どうなっているのか、それが分からないのは彼だけではないのだ。
 彼女の瞳は、未だ動揺からか酷く揺れていた。何と声をかければ良いのか、それすら分からない私はただ、視線を下げ、彼女の腕にあるブレスレットを見る。さっき光ったのは、このブレスレットで間違いない……はず。

「エクシーズ召喚にアドバンス召喚、か」

 奇しくも、彼等のデュエルが私にある影響を与えていたということを、後に知ることになる。