少しずつ柚子さんに近付いていると、流石に気付かれたのか取巻き三人が私を指差して騒ぎ出した。

「あっお前! 何でここにいるんだよ!」
「奥田とデュエルしようかなと思って……」
「ふざけんな!! 絶対やらねぇ!! っていうか俺の名前は大伴だ!!」
「割と本気だったんだけどな、ショックだわ」

 冗談と思われるのも無理はないが、こちとら死にものぐるいで相手を探してるんだよ。てかデュエルやってる?レベルで軽卒に相手を探している。そう、真剣に軽率に相手を探しているのだ。世の中舐めてる。
 柚子さんは心配そうにゴーグルの少年をちらりと見てから、私の方へ駆け寄ってきた。

「あなた、さっきの……なまえ、さん?」
「はい、なまえです。よろしく」
「……アユちゃんね。ごめんなさい、巻き込んでしまって」
「いや……個人的にも彼等には用があったので気にしないで」
「今断られてたけど……」
「……。沢渡って自分でいうだけあって強いんだね」

 しれっと話を逸らしつつ、今の状況を再度確認する。沢渡のフィールドには先程召喚した凍氷帝メビウスがその身体を煌めかせている。アクションフィールドでもないただの倉庫では、モンスターという異様な存在は想像以上の威圧を放つ。
 取巻きと話している間に、ゴーグルをつけた少年の伏せカードは0になっていた。先程までは3枚あったはず、これも凍氷帝メビウスの効果によるものだろうか。デュエルディスクの画面を確認しながら、そのテキストを頭に叩き込む。
 流石の私でも分かる。場にモンスターもいない、伏せカードも手札も無いこの状況、ゴーグルの少年は圧倒的に不利だ。私なら、運が悪かったと諦めて、早々にサレンダーしていたかもしれない。だというのに、全く動じる様子を見せない少年が不思議でたまらなかった。

「ところで……彼は知り合い? 服装が、かなり変わってるけど」
「それが……急に割り込んできて」
「えっ?! 知らない人なの?!」
「え、ええ……」
「それ……もしかしてスト」
「俺は《凍氷帝メビウス》でダイレクトアタック!!」

 私の声を遮り、高々とそう宣言した沢渡。メビウスの巨体が動く。倉庫の中に吹雪が吹き荒れるこの光景はなんとも不思議である。ふと肌に触れたその冷たさに首を傾げるも、きっと気のせいであると思い込む。何故なら今、アクションフィールドは展開していない。質量も、温度も、実際のものではない。そう分かっているのに、ゴーグル少年の心配をしてしまうのは、本能的に「危険」を感じたからに他ならない。
 これから起こりうる可能性に、じわりと冷や汗が滲む。それでも、少年は動こうともせずその場でただメビウスを睨みつけていた。そして、わたしが耐えきれず目を瞑ったその時、力強い声が響き渡った。

「墓地から魔法カード、《幻影騎士団シャドーベイル》を発動!」

 墓地から発動……?あまりに衝撃的な言葉に目を開く。やはりそれは普通のことではなかったようで、沢渡達も声を上げる。
 モンスターはともかく、墓地から魔法を発動だなんて、インチキ効果も大概に……うっ、突如頭が。この寒さのせいだろうか。……寒さ?やはりこの雪の感触は気のせいではないのかもしれない。

「ダイレクトアタックの宣言時、墓地からこのカードをモンスターとして、可能な限り特殊召喚できる」

 そう言った少年の手には3枚の同名カードがあった。つまり、3体分のモンスターとして場に特殊召喚が出来るということである。

「この効果で特殊召喚したこのカードが再び墓地へ送られる時、墓地へは行かず除外される」

 馬に乗った騎士のようなモンスターが一度に3体、彼のフィールド場に現れ、私も、そして隣で心配そうに見守っていた彼女さえもが息を飲んだ。

「モンスターとして特殊召喚することを前提にして、カードを伏せていたの……?」
「え……そうなの? それって、破壊されることを読んでたってこと?」
「ええ、でも、攻撃力2800のモンスターには……それでも敵わないわ。守備表示だから、ダイレクトアタックは防げるけれど……」

 沢渡は、ダイレクトアタックから攻撃対象をシャドーベイル一体に変更した。

「《凍氷帝メビウス》で、シャドーベイルを攻撃!!インペリアル・チャージ!!」

 メビウスの巨体が飛び、その大きな氷柱でシャドーベイルの体を切り裂いた。破壊されたシャドーベイルは、墓地へは行かず、そのまま除外される。
 ……そうか、もし仮に再度墓地へ行くことになったら、繰り返しシャドーベイルの効果が使えるということになる。そういうところでバランスをとっているのかと、効果を読みながら一人納得する。少し、デュエルモンスターズのカード効果の基準が分かったような気がする。おそらく、ある程度はどのカードも足並みを揃え、互いに牽制しあっているのだろう。その中でも突出し過ぎたぶっ壊れカードが所謂禁止カード、制限カードといったものに指定されてしまうのか。……ダンセル君は一体何をしでかしたのか。

「首の皮一枚繋がったっていうところだな。俺はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ。次の俺のターンまで生かしておいてやる」

 モンスターの数で言えばゴーグル少年の方が多いけれど、最上級モンスターであるメビウスには到底敵わない。ターンエンドを宣言した沢渡のその表情には、まだ有り余る余裕が見て取れた。しかし私としてはその後ろでほくそ笑んでる大伴とかいう奥田の方が気になってしょうがない。何故「こいつはワシが育てた」顔でこっちを見るのか。沢渡より弱いんじゃないのか。お前柚子さんからしたら取り巻きその1くらいにしか思われてないんだぞ、気付け。私がいつまでもズッコケ三人組ネタで構ってくれると思うなよ。そもそも三人組である以外共通点は無いのだからそろそろ限界である。

「お前! それ分かって言ってたのかよ!」
「心の声を読まれただと……?」
「出てんだよ顔に!! 数メートル離れてても分かるくらいに分っかりやすい表情しやがって!」
「お、おい大伴いきなり何叫んでるんだよ……沢渡さんめっちゃ睨んでるぞ」
「……少しは歯ごたえがあるかと思ったが……貴様のデュエルには、刃の如き鋭さも、弾丸の如き威力も感じられない。欠片もな!」

 場を持ち直すようにそう言い放ったゴーグル少年は、この状況でも諦めてはいないようであった。

「俺はレベル4のシャドーベイル2体で、オーバーレイネットワークを構築!」

 雷鳴轟く渦の中へと飲み込まれる2体のモンスター。暗雲の中で、少しずつその姿を現していく黒い竜。私が今まで何度も見てきた光景だ。そのはずなのに、その竜の瞳を見てぞくりと背筋が冷えたのは何故なのか。

「漆黒の闇より愚鈍なる力に抗う反逆の牙、今、降臨せよ! エクシーズ召喚、現れろ!ランク4、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》!」
「エクシーズ……召喚」

 

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《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》
ランク4/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000
このカードのX素材を1つ取り除き、相手フィールドのレベル
5以上の表側表示モンスター1体を対象として発動できる。
ターン終了時まで、そのモンスターの攻撃力を半分にし、
その数値分このカードの攻撃力をアップする。
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 兄や志島が最も得意とする召喚方法。それは私が第一に習得しなければいけないものであった。