取巻き二人と柚子という少女が向かった方向へ、勘だけを頼りに進んでいると、アユちゃんがふと立ち止まった。
「柚子お姉ちゃんから連絡がきた！」
彼女のデュエルディスクから微かに響くコール音に気付き、私も足を止める。どこかほっとした表情で電話に応えるアユちゃん。彼女もまたデュエリストであるという事実に驚きつつも、その一部始終を見守ることにした。
「今、さっき道を教えてもらったお姉ちゃんと一緒にいるの……えっと……」
「なまえ」
「なまえお姉ちゃん、っていうの」
ぼうっとしている私に気付いてか、アユちゃんが通話をスピーカーモードに設定してくれた。おかげで私にも二人の会話が聞こえるようになる。
『そうなの……？ アユちゃん、なまえさん、ごめんなさい……私、焦ってて』
「気にしないで、柚子お姉ちゃん。それより、今どこにいるの？」
『あの二人、海沿いの……倉庫街』
頭の中で地図を巡らせてみて、そう遠くない場所であるということを確認する。走って数分といったところだろうか。それにしても、あの辺りは何もないし人通りも少ないはず。彼等は、何故そんなところにいるのだろうか。そもそもどういう状況かが理解できていないので、会話についていくことが出来ない。
『私はこのままあいつらを追うから、アユちゃん達は先に塾に戻ってて！』
「え……でも」
『私は大丈夫だから、ねっ？』
少し時間を置いて頷いたアユちゃんを、彼女は察したのだろう。そっと切られた通信からは、彼女の優しさのようなものを感じた。ただ、それはアユちゃんにはまだわからないものであったらしい。
「なまえお姉ちゃん……デュエリストなんだよね？ 柚子お姉ちゃんを助けて」
「アユちゃん……」
「私じゃ駄目みたい……でもなまえお姉ちゃんならきっと」
彼女は、私の実力を知らないからこういうことが言えるのだ。……いやいやそれ以前に、ちょっと待って。今の状況とデュエリストであることに何の関係があるというのだろう。しかし、少女の潤んだ瞳を裏切る訳にもいかず。
「駄目とか言わないでアユちゃん」
「え……？」
確かに言えることは、君はまだその位置じゃないということ。
「アユちゃんはまだ小さいんだから、私たちと出来ることが違うだけ。あの子もきっとアユちゃんが心配でそういっただけだよ」
「なまえお姉ちゃん……」
つい続けそうになった、「自分にしか出来ないことがきっとある」、なんていう最上級の綺麗事を、私の口から発してもいいのだろうか。アユちゃんを元気付けるためとはいえ、それが未だに分からない私が、口にする権利があるというのだろうか。少し迷って、口を閉じた。
少し顔を上げた少女の目は、もう揺れてはいなかった。そのことにほっとしつつ、極力笑顔を見せるように努力する。
「とりあえず、私が様子見てくるから。任せて」
「うん……ありがとう」
「ところで、今どういう状況なのかを教えてもらっていい？」
*
直に当たってくる冷たい風が塩の匂いを運んでくる。ふと空を見上げると、いつの間にか赤みが増していた。肌寒さに肩をすぼめつつも、先へと進む。程なくしてついた倉庫街には、幸か不幸か人影ひとつ見当たらない。しばらくそのまま進んでいると、微かに扉の開いた倉庫が目についた。近付く程に、聞き覚えのある声が微かに聞こえてくる。
倉庫の中ををそっと覗き込むと、沢渡と誰かがデュエルを始めていた。落ち着いて状況確認をする。沢渡とその取巻き、柚子という少女。そして、沢渡に対峙する黒いマントのような服を着た少年。
さて、彼女を助けてとアユちゃんに頼まれたがこの状況、どうしたものか。見たところ、黒い少年は柚子さんの味方のようであるし、デュエルが始まった今、空気的に出て行きにくい。
ここ絶対突っ込んじゃいけないと思うんだけど、何で皆デュエルで解決しようとするかな？私も取り巻きとデュエルしたかったけどそれは大会出場のためであって、彼女を守るための行動ではない。不良に絡まれているようであれば警察か学校に即通報する気満々であった。まさかデュエルしてるとは……いや全く想定していなかった訳でもないが。
「あ、そうだ」
デュエルディスクを即座に起動し、カード検索機能をオンにする。この機能によって、リアルタイムで使用されたカードの詳細を画面上で確認することが出来る。この液晶はもうライフポイントを映すだけではない、腕にパソコンが付いているような感動。しかもリアルタイムで自動で検索してくれるのだからそれ以上ともいえる。要するに、某ユキナリ氏がくれる図鑑、某こうしろうはんのパソコンのようなものをイメージしていただけると分かりやすいかと思われる。最近の子供に説明するなら某妖怪執事の妖怪パッドといったところか。いやあれば自分で検索しているのか？……ジェネレーションギャップって怖い。
デュエルディスクに、初心者に優しい機能が備えられているということを知ったのは、昨日のことである。駄洒落ではない。カードの効果をなかなか覚えられない私をみかねて、フトシくんが教えてくれたのだ。どんだけデュエルディスク触ってないんだよって話である。「かがくのちからってすげー！」で始まり最先端のシステムを教えてくれるお兄さんが家の近くにいなかったのでしょうがないしょうがない。私が主人公じゃないからだろうか。
「アドバンス召喚！ 氷帝メビウス！」
沢渡の声に合わせて、デュエルディスクが反応する。
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《氷帝メビウス》
星６/水属性/水族/攻2400/守1000
このカードがアドバンス召喚に成功した時、
フィールド上の魔法・罠カードを２枚まで選択して破壊できる。
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パッと画面上に表示される文字に感動する。実際に使うのは初めてであったが、予想以上に反応が速い。
どうやら、分からない用語をタッチすると、その詳細ページまで開いてくれるようである。そこは普通のネットと同じか。やはり、一番の魅力は自動検索機能だろう。全く知らない、聞き取れなかったカードでも自動で教えてくれるのだから、かなり有り難い。
この機能を使っていけば、テストで高得点が出せた上、志望校に受かり彼氏も出来るかもししれない。どこのゼミだ。彼氏は流石に冗談ではあるが、実際、知ったかぶりもこれで克服できるかもしれない。ということでこれから私のことは妖怪ウィスベェと呼んでくれ。いや、新たな機能を発見した今、むしろネオウィスベェと呼んでくれ。今調子に乗りました。
とにかくこれからはこの機能もフル活用していこう。なお、確認する暇さえくれずにソリティアしてる輩もいるので毎回こうはいかない模様。お前だ、お前だよ刀堂。
「氷帝メビウスの効果発動！」
効果を再度画面上で確認する。アドバンス召喚時に、効果を発動するモンスター。こんなカードもあるのか。効果モンスターカードにも、魔法・罠のように効果発動のタイミングが多種存在するのは知っていたが、召還時、というのを見たのは初めてかもしれない。……見たことはあっても私が理解していなかったという可能性も否めないが。
アドバンス召喚は何度か経験があるけれど、効果のことなど考えたことも無かった。前のデッキに入っていたモンスターはどれも攻撃力が高いのを選んでいたし、効果など気にしていなかった。デーモンの召喚を召喚してからデーモンの斧装備して殴って勝てる時代は終わったとでもいうのか。
一人で勝手に満足していたが、その間にも彼等のデュエルは続いていた。氷帝メビウスの効果によって、黒い少年の魔法・罠ゾーンのカードが２枚、破壊される。沢渡が魔法カードを発動し、氷帝メビウスをリリースしてアドバンス召喚を重ねてきた。更に攻撃力の高いモンスターを召喚した上、相手の魔法・罠カードも破壊できる。正直、エクシーズ主軸のデッキしか見てこなかった私としては、シンプルで分かりやすく、また、新鮮に感じる戦法であった。
しばらくその場で様子を見ていたが、沢渡のデュエルをもっと近くで見たくなり、私は、恐る恐る倉庫の中へ足を踏み入れた。