無限ループって怖くね?
「私のターンが回ってこない」
「俺はフィールド場の《XX-セイバー フォルトロール》の効果発動!」
「ちょっと」
「1ターンに1度、自分の墓地のレベル4以下の「X-セイバー」モンスター1体を対象として発動、そのモンスターを特殊召喚する!」
「ちょっと待って刀堂。私の理解が追いつかない。せめてもっとゆっくりお願いし」
「俺は墓地の《XX-セイバー レイジグラ》を特殊召喚!」
「ねぇ!!おい!!刀堂くん!!テキスト理解するまで待ってくれないかなぁ!?」
「俺は止まらないぜ!!」
「駄目だ……この人話聞かないわ」
君たちそんなにポンポン墓地から復活するんじゃないよ。墓穴浅い、浅すぎるよ!墓守、なにやってんの!こちとらブライト館長程有能じゃないんだよ!本当になにやってるの?訳が分からないよ……。
「モンスターでダイレクトアタック!」
何が起こったのかも理解できないまま、あっという間、否、長い相手ターンの末、高らかに宣言する彼の声が響く。気付くと大きな剣が目の前まで迫っていた。その恐怖にぎゅっと目を瞑り、衝撃に備えた。ライフポイントがゼロになる音を聞きながら、ああ、強いなぁなんてまるで他人事のように思う。これで何回目だろうかと、走馬灯のようなものにしばらく浸った。
こうして、私の下克上リストに刀堂が追加された訳である。箇条書きにした数人の名前、そのメンツの濃さに目眩がし、すぐにノートを閉じた。
あの後、逃げるようにLDSを飛び出した私は、気がつくと少し離れた場所にある河川敷までたどり着いていた。強い風の当たるその場所で、一度頭を冷やす必要があった。
カードとカードが、ぴったり噛み合うとあんなにも恐ろしい状態になるのか。自分の顔が真っ青になっていくのが鮮明に分かる程、意味が分からなかった。さっきも見たぞこの人、と思っているとまた消えて現れて。あれが、完全な状態のデッキ。志島のデュエルにも通ずるものはあるが、刀堂はそれ以上であった。あれが彼の本気、実力なのだ。そしておそらく、志島はまだ一度も、私に対して全力を出したことがないのだろう。確かに彼は志島が認めたデュエリストではあるらしいが、自分よりも強いとは、一言も言わなかった。その事実にようやく気付いて、自嘲の笑みが溢れた。
それにしてもデュエルモンスターズってこんなにスピード感あるカードゲームだったなんて思いもしなかった。これはデッキによる違いなのだろうか。こっちからしたら緊張も相まって実際の数倍の時間を体感しているようだ。ああ、ソリティアってそういう……。
しかし、実のところ、今回のデュエルではある程度デッキを回せたような気がしていた。確実に、以前よりはマシになっている。今回は、相手のライフポイントを減らすことすらも出来なかったが、それでも私は何処か満足していた。兄のデッキを使い始めてから、デュエルに負けても、「変わっている」というその感覚が、私の中を満たすのだ。以前よりも、変化を感じる。これを成長なのかどうかは、今は未だ分からない。
とはいえ、ここですぐ調子に乗れる程に現実は甘くない。事実、勝ち星は未だにゼロのままである。勝率ゼロパーセント。それこそ、舞網チャンピオンシップに出場するにはもう、デュエルで六連勝する道しか残されていないだろう。時間は、今もこうして淡々と過ぎてゆく。
「六連勝か……」
改めて口に出してみると、その壁は予想以上に高いと感じた。大会が近付くにつれ、皆が皆戦績を伸ばそうと躍起になりはじめたようで、通りすがりの他人にデュエルを申し込む人達をよく見るようになった。世はまさに世紀末……というのは冗談であるが、いかに「デュエルモンスターズ」が世界に浸透しているかを改めて思い知らされた気がした。そしてそれを受ける人達の殆どが、目印とでも言わんばかりにデュエルディスクをその腕に、装着しているのである。なるほどそういう方法があったか、と素直に感心した。単純ではあるが実に分かりやすい。戦意があるものはディスクを、ということだろう。
デュエルディスクを起動させ、腕を軽く振ってみる。自分の腕に存在していること自体に違和感を感じている時点で、まだデュエリストとしての自覚はない。それでも、やるしかない。そう一人頷いて立ち上がった。その時である。
「げ、またお前かよ」
たまたま近くを通りかかったらしい見覚えのある二人組と目が合ってしまった。奥田……ではなくて、駄目だ、本当の名前が思い出せない。第一印象って大事。
「何してんだよ、こんなところで」
「うーん……黄昏れてた、かな?」
「話しかけた俺等が馬鹿だった。行こうぜ、山部」
「そうだな、急がねーと沢渡さん怒るし」
「本当のことなのに……」
早々に去って行く二つの背中をしっしっと手を振って見送る。彼等の足取りはどこか急いでいるようであった。これから何か用事でもあるのだろうか。なんて無粋なことを考えて、本当に通りすがりだったんだなぁと少しほっとしたのは内緒である。
たとえなんちゃってヤンキーであろうと二人もの男子に河川敷で囲まれたらそれもう、いじめフラグ以外の何物でもない。そこに通りすがりのボクサーが現れて助けてくれるなんていう展開は、申し訳ないいがこれっぽっちも期待していない。私は私で別の一歩踏み出しているのでボクサーは勘弁してください。心配するところそこじゃないって?知ってる。
まだ青い空を眺めて、ため息を吐く。さて、出鼻を挫かれてしまったが、まだ夕飯の時間までは余裕がある。早速町に出て、デュエルを申し込んでみようかと、緊張とはまた違った謎のドキドキが体中を駆け巡っていた。
「ねぇ、そこのあなた!」
今度は歩き出そうとしたところで声をかけられ、芸人のようにズッコケたのは言うまでもない。違う、ズッコケなのはあの三人組であって私ではないはずなんだ。
連続で出鼻を挫かれてしまい、若干引きつった顔のまま振り向くと、見覚えのない少女が二人、こちらへと走ってきていた。何だろう、このデジャヴは。
「突然ごめんなさい!今ここを舞網中の制服来た二人組が通らなかった?」
「通ったけど……」
「どっちに行ったか分かる!?」
「え?……っと確か、あっち」
髪を乱したままに詰め寄ってくるツインテールの少女は、目に見えて焦っているようであった。その勢いに若干困惑しつつも二人が去って行った方を指差すと、「ありがとう!」と一言だけ残して彼女は走り去って行った。
一瞬の出来事であったが、余韻に浸る間もなかった。
「あっ」
「……!?大丈夫!?」
後から付いてきた小学生くらいの少女が目の前で転けたのである。慌てて駆け寄ると幸い大きな怪我はしていないらしく、コンクリートで打った手のひらだけが微かに赤く晴れていた。何か冷やすものでもあればと当たりを見渡すが、ここは河川敷、そんなものはあるはずがない。
そこでふと少女が手に持っていた袋に目が止まる。転けた時に落としてしまったようで、慌てて少女が中身を確認したが、そちらも見る限り特に問題はなさそうであった。
「それ、アイス?」
「う、うん……」
「じゃあ保冷剤ある?とりあえず手を冷やそうか」
「……あ!ある!」
ポケットからハンカチを取り出して保冷剤を包む。それを少女に渡すと控えめな笑顔でお礼を言われた。とても可愛らしい子である……ハッ!別にやましい目で見てる訳じゃないからな……!さっと脳内に浮かんできたエリート二人の顔を振り払い自分にそう言い聞かせた。
「私、アユっていうの」
「アユちゃんか。……どうしよう、あの子行っちゃったね……」
「柚子お姉ちゃん、今沢渡のことで頭がいっぱいだから……しょうがないよ」
「確かにかなり切羽詰まってたみたい……って沢渡?」
「私も急がないとっ……!」
「アユちゃん」
ばっと立ち上がり、走り出そうとした彼女をすぐに呼び止める。何があったのかは知らないけれど、関わってしまったのだから、最後まで責任を持つべきである。と、珍しく至極真っ当な事を言っている自分に内心苦笑する。沢渡の名前が出てきた時点で、そんな予感は、していたのかもしれない。
「ちょっと待ってアユちゃん。私も一緒に行くよ」
「え?本当?」
「うん」
こうなれば、沢渡でもあの三人組でもいい。ついでに私のデュエルに付き合ってもらおうじゃないか。