「……それって何? 同情? 似たもの同士庇い合ってんの?」
「そう……なのかな?」

 思ったことをそのまま口にしただけで、庇うようなつもりはなかった。悪く言われて怒る程、榊とは関わりはない。かといって、沢渡の言うことが間違いであると断言も出来ない。彼が何故、私達が似ていると思ったのか、その理由は分からないけれど。
 私と榊は似ている。自分自身そう表現したこともあった。しかし、それは表面上のものであって、中身は真逆であると今は感じている。
 あの時、それまで下を向いていた彼は、前をしっかりと見据えていた。一度も後ろを見てはいなかった。それは確かである。

「やっぱりあいつに会ったことあるんだろ、お前」
「2回だけね」

 何より、純粋にデュエルが好きな、彼の想いを否定されたくなかったのかもしれない。

「榊遊矢もイラっとくるけど」
「どこかで聞いたようなセリフ」
「俺、お前みたいに何の努力もしない奴が一番嫌いなんだよね」

 え、ええ~。何故今のタイミングで言葉のナイフがこっちに急カーブして来たんだ。あまりに急すぎて、避けることを出来ないまま、おでこにスコンッと刺さった。イメージ。心臓は……避けたぜ。どっちにしろ急所やんけ。
 志島には常にナイフ投げの的にされているから、避けることも出来る。ポピーとケダモノの縮図。しかし、赤馬社長然り沢渡然り、関わりのない相手に心を見透かされるのは、あまり気持ちのいいものではない。その上、痛いところを刺してくるなら尚更だ。つまりそう、図星を突かれた。そのダメージが大きい。
 未だ沢渡は正面から私を睨みつけてくる。空気を読んだのか、取巻き三人組はただ私たちを見守るだけにしたようだ。そんな彼等の目には、少し困惑の色が見えた。しかし、今一番困っているのは私であるということを忘れないでほしい。

「私ってそんなにLDSで有名なの?」
「兄の方がな。お前じゃないから」
「うっ……初対面の相手にグサグサと……確かにそうだけど」

 沢渡も、兄のことを知っているのか。喜んでいいのかどうかわからないこのぐちゃぐちゃな気持ちは、一体何を表しているのだろう。私は兄に対して、どんな感情を抱いているのだろう。先程刺された所から、どくどくと何かが溢れ出しているような、そんな気持ちの悪い感覚が私を襲う。
 そんな私に気付くはずもなく、沢渡は構わず続ける。止まることを知らないその口は、私を淡々と追い詰めていく。

「才能もやる気もないくせに」
「…………え?」
「兄と比べられて傷付いてるくらいならさぁ、とっとと辞めればよかったんだ」
「いきなり、何を」
「なのに何もせず弱いまま、ただそこに居座りける。だーかーら馬鹿にされるんだよ」

 辞めたくても、辞めれないのに。辞める為に、頑張っているのに。赤馬社長と沢渡へのの怒り、自らの惨めさに対する羞恥。その両方が混ざり、熱を帯びる。頭に血が上っていく感覚。
 勢いのまま、『何も知らないくせに』という言葉が飛び出そうになるのをぐっと堪えた。その言葉を発した時点で自分の負けを認めてしまうようで、それが何より嫌だった。誰だって、強いふりをしていたいのだ。面倒な、ヒロインにはなりたくない。面倒でもいい、私は主人公になりたい。
 そこまで考えてはっと気付く。あの時と同じだと。赤馬社長と、はじめて話したあの時と。面白いくらいに、即座に頭が冷えて行くのが分かった。

「そういう奴がいても邪魔なだけなんだよ、ここは」

 私のことを知らなくても分かるのだ。この場所から逃げようとも進もうともしない、ただそこにいるだけの存在はあまりにも悪目立ち過ぎる。何故ならここは、LDSというデュエルのスクールで、強くなるために集まった、目標のある人間達のための場所なのだから。こんな簡単なことに今、はじめて気が付いた自分が恥ずかしい。
 私を見る幾つもの瞳が、私のことをどういう風に見ているのか、いつもいつも不安だった。先生に怒られるよりも、笑われるよりも、その何を考えているのかよく分からない視線が、一番辛い。
 声に出して、こんなにもはっきりと、正面から嫌悪をぶつけられたのははじめてだった。ショックは確かに大きい、けれど同時に再確認することが出来た。ここには私の居場所はない。

「……それでもいい」
「は?」

 少し前までの私なら、彼を前に何も出来ないまま項垂れていただろう。赤馬社長に負け犬呼ばわりされた、あの時までの私ならそうだったかもしれない。私は、右手にある、ひんやりとしたその感触を思い出す。
 力を込め、顔面にパンチをするような勢いで、デッキケースを彼に向かって突き出した。突然のことに若干怯んだのか、目を見開く沢渡に少しだけ勝機を感じて、ほくそ笑む。
 ひとつだけ彼に知らしめたい。私は、もう弱くない……こともないけど、多分、近々、強くなる。……その予定であるということを。弱気過ぎる、弱気過ぎるぞ……!いや、いいんだ。既にこうして、行動に移しているのだから、きっと、そうなる。そうなって見せなければ、また負け犬と呼ばれてしまう。兄の遺伝を信じ、何もしなくたってそれなりに強くなれると思っていた、あの時の私ではないのだ。

「……何それ。お前のデッキ?」
「私を強くするデッキだよ。……予定では」
「……ふーん」

 沢渡の言っていることは正しい。悪いのは、足掻こうともしなかった私自身である。彼に言い返す権利などない。しかし、今の私には、兄のこのデッキがあるのだ。「私」が弱くても、「兄」は強い。それを一番知っているのは、LDSのはず。

「あー、それで。残ってたのか、へぇ」

 なるほど、と私の手にあるそれを見下ろしながら、沢渡はわざとらしく感心した様子でそう言った。

「そうだよ。じゃなきゃ、お腹を鳴らしてまでここに居座る訳ないじゃん」
「お前のお腹はどうでもいいんだけど。確かにデッキは大事だぜ」

 そういえば、沢渡は榊に対抗するためのデッキを作るとか言っていたような気がする。もしかして彼は相手に応じてデッキ自体も変えているのだろうか。足りなければ補う、より良くするためにカードを入れ替える。その判断は、今の私が一番欲しいものであった。

「まぁ精々頑張れば? どうやったって、俺には勝てないだろうけど」
「……沢渡って強いの? 結構サボってるとか聞いたけど」
「お前と一緒にすんな!」
「沢渡さんは特別なんだよ!」
「レアカードもたくさん持ってるしな!」

 思ったままのことを口にすると、即座に三人組が噛み付いてきた。この主従関係には、ちゃんとした信頼も含まれているのだろう。

「何より、俺は君と違って才能あるからね~」

 トドメと言わんばかりにまたもナイフを投げてくる。今度は擦れ擦れのところで避けるも、頬にピリリとした痛みを感じ、手で拭う。僅かに付着した液体を見て背筋が凍った。まぁ全部イメージだから大丈夫なんですけどねハッハッハ。私ってもしかして、カードファイトの方が向いているのではないか?半端な気持ちでカードゲームの世界に入って来てはいけないって、偉い人が言ってたし、何より身を以て知っているから絶対そんなことはしないけどな!

「っていうか邪魔だからそろそろ帰ってくれない?ここ俺等が使うから」

 絡んできたのそっちなんですけど、という言葉を飲み込み渋々頷いた。人のこと言えた義理ではないが、わがまますぎるだろこの人。
 しかし、まぁ、しょうがない……ここは私が引き下がろう。四対一は流石に不利である。少ない方が譲るべきだ。サッカー部を押しのけてまでグラウンドでメンコをしたいとかいう程、私は狂っていない。私って大人だなぁ。
 ……いや別に、教室を使用する権利をかけてのデュエルが始まる未来を察知したとかそんな訳ではない。私はオールドタイプ。

 可笑しな話、少しだけ気分は晴れやかであった。赤馬社長に無理矢理火をつけられ、戸惑っていたところで、榊にヒントをもらった。そして奇しくも、最後の一押しをしたのは沢渡である。……勿論彼等はそんなこと考えてなどいないのだろう。特に沢渡はただ、自分が言いたいことを言っただけに過ぎないのかもしれない。それでも、残った躊躇いを消し、やる気を出させたのは彼等だ。覚悟してろよ。もう何も怖くない、ということはない。あっぶね、うっかり一級フラグを建築するところだった。
 私は必ず強くなって、沢渡にも、志島にも勝って、そして最終的にはLDSを辞めてやるのだ。私の存在を示してから、けじめをつけて辞める。それが、今の私の目標だ。

「この借りはいつか必ず返してやるからな!」

 今伝えたいことをまとめた結果ではあるが、小物臭過ぎる台詞を吐いてしまったと、我ながら反省している。