ダンセルとホーネットが甲虫装機デッキにとって、とても重要なカードであるという事を知り、落ち込んだりもしたけれど、私は元気です。

 あれから、講義後教室に残っては兄のデュエルシュミレーションを頭に叩き込む日々が始まった。叩き込むといっても、ただひたすらCPUが再現する兄のデュエルを見ているだけではあるが、ある程度このデッキの動き、パターン化した戦略がある事はうっすら理解できた。うっすらね。
 しかし、甲虫装機のそれぞれの効果はまだ完全に理解していない。だってこの人ら、ややこし過ぎる。まずモンスターのイラスト自体も似ているのだ。虫の種類が分からなくてとりあえず全部カブトムシって呼んでいる、まさにそんな気分である。共通効果はお互いがお互いを装備出来るという事だろうか。そもそもモンスター“を”装備とはどういう効果だ?いつ発動出来る?マハー・ヴァイロにデーモンの斧を装備すれば勝てる時代は終わったのか?そこから出直す必要がある。
 規定によりデッキは40枚以上60枚以下と決まっている。兄のデッキは40枚丁度であった。そして同名カードはデッキに3枚まで。元々3枚入っていた《甲虫装機 ホーネット》と《甲虫装機 ダンセル》は今、それぞれ準制限と制限カードに指定されているため、規定に従い枚数を減らさなければいけない……とここまではすぐに理解出来た。問題は空いてしまった穴を、代わりに何で埋めるかだ。

「空いた……穴か」

 不完全で、何かが足りない状態。継ぎ接ぎでもいいから、この穴を埋めないことには前に進めない。その空白は、まるで自分を見ているようだった。少しだけ過った不安を忘れようと、手を動かす。
 空いてしまった穴に、せっかくなら強いカードを入れたい。とりあえず部屋からかき集めてきたカードを持ってきてはみたものの、私が持っているカードは正直言って雀の涙ほどしかない。それに、その殆どが今まで使用していたデッキのカードである。この中で、兄のデッキに入っても邪魔にはならない強いカードがあるか否か、それを判断できる自信がなかった。
 デッキ投入候補を仕分けていると、ふと、一枚のカードが目に入った。手に取り確認し、こんなカード前からあっただろうかと、見覚えのないその絵柄に首をかしげた。いや待て、このカードはフトシ君とのデュエルの時に見たような気がするぞ。気になってその周辺を見返すと、同じシリーズと思われるカードが数枚散らばっていた。さて、“この間”までこんなカードあっただろうか。私がもし梟だったなら、頭を360度近く回していたことだろう。虫のようなモンスターであるし、気付かぬうちに兄のカードが混じってしまったのだろうか。自分のデッキの中身すら覚えていないことに苦笑しつつ、念のために今度デッキレシピを登録しておこうと心に留める。
 そもそも私のデッキは、どうやって構築したのだったかと思いを馳せる。数ヶ月前、突然LDSに入塾することになった私は、デュエルの最低限のルールすら知らなかった。その状況で作ったデッキだ。授業や実践を元に少しずつ改良していったつもりだったが、それでも勝つことは出来なかった。
 まだいまいち兄のデッキの強さが分からない私は、デッキどうこう以前に、デュエルそのものの知識が足りないのだろう。けれどそれももうすぐ終わる。兄のデッキの使い方さえ完全に覚えてしまえば、私は勝てる。

「おやおやぁ? こんな所にエクシーズコースの落ちこぼれちゃんがいるぞ?」

 突然後ろからそんな声が聞こえて、テンションが地の底まで下がったのは言うまでもない。あまりに集中していたからか、廊下の向こうから聞こえる足音にも気付かなかったのだろう。次から次へと、誰だ誰だ誰だ俺だ。滝沢キックをお見舞いしてやろうか。出来もしないことを言ってはいけない。
 油の切れた機械のような、ぎこちない動きで振り向けば、見覚えがあるような無いような三人組が入口に立っていた。誰だったかと回らない頭で考える。……よし、多分右から八谷、山中、奥田でファイナルアンサー!

「おい、何か言えよ。落ちこぼれちゃん」
「……モーちゃん痩せた?」
「誰がモーちゃんだ!ズッコケ三人組じゃねーよ!!」

 直後脳天に降り注いだ彼の渾身のチョップは、私の脳と視界をブルブル震わせた。奥田くんじゃないならお前初対面だぞ、初対面の女子にからてチョップはないだろ。いくらワンリキーに似た髪型してるからといって許されることと許されないことがある。スリープと交換してもらおうかな。
 第一、私はお父さんにだって殴られた事……あるな。ちなみにあの赤馬零児にもビンタされた事ある。これってかなり凄くないだろうか、逆にレアであると思う。あのクールビューティー赤馬零児をイラっとさせたで賞でももらえるのでは?恥ずかしくて家から出られなくなるわ。

「と、突然どうしたんだよ大伴……こわ……。何その無駄に完成度高いツッコミ……」
「え?理解できてしまったの俺だけ……? ……つーかお前ちょっと笑ってんじゃねーよふざけんな」

 そう言いながら再度チョップしてきた彼は、奥田ではなく大伴というらしい。別にネタが分かってくれて嬉しいとか全然思っていないんだからね。それ以上にチョップの痛みひいてないんだから、末代まで祟ってやるんだからね!
 しかし、ズッコケ三人組じゃないなら尚更誰だよ。机の上に広げたカードを片付けつつ、記憶を辿るも覚えがない。すごくモブモブしてるし、多分モブ。エリートモブの私が言うのだから間違いない。先程の言葉からして、一方的に私のことを知っているのだろう。おそらく、あまり良くない意味で。

「お前等、誰と話してるんだ?」
「さ、沢渡さん」

 三人の後から出てきた少年は、私を見るなり不思議そうに首を傾げた。沢渡といえば、思い当たるのは舞網市市会議員の息子である沢渡シンゴ。実際に会ったことは殆どないが、その噂は何度か耳にしたことがある。
 彼が出てきた途端に道を開け、おとなしくなる三人に、その関係性をなんとなく感じ取れた。

「実力もないのに何故かエクシーズコースに所属してるなまえちゃんですよ」
「山中くん、何故かって聞きたいのはこっちの方なんだけど」
「柿本な」
「なまえ……ああ、あの。まだいたんだ」

 沢渡はさして興味も無さそうに私を一瞥し、空いた席に座る。それに続く様に彼の回りの席に座る三人を見て、私は内心声をあげた。おいちょっと待って帰らないのこの人達。そもそも彼等はこのコースの生徒ではないはずだ。

「……そんなことより作戦会議だ!」
「榊遊矢に対抗するデッキが出来たんですか?」
「まぁ大体な。……イメージは浮かんでる」
「……榊遊矢?」

 唐突に聞こえた知り合いの名前を、確かめるように復唱した。瞬間、四人分の視線が私に刺さったので、柄にもなく怯んでしまった。特に沢渡は瞬きもせずにこちらを睨み続けてくる。これは一体どうしたことかと目を泳がすものの、ゆっくりと近付いてくる彼を視界から完全に除くことは不可能であった。何か地雷でも踏んでしまったのか?確かに彼等は舞網中の制服を着ているし、榊と関わりがあってもおかしくない。

「何……お前あいつのこと知ってんの」
「い、いや、だって彼、あの榊遊勝の息子なんでしょ?」

 どんな関係?なんて聞かれたら……知人以上友達以下ですとしか言えない。そこを掘り下げられても困るし、なんとなく、答えたくなかった。珍しく、瞬時に無難な返しが出来た自分を褒め称えたい。そんなことで少しだけほっとしている私を知ってか知らずか、沢渡は意地の悪い顔で変化球を打ってきた。

「ああ、逃げ出した元チャンピオンの息子だよ」

 “逃げ出した元チャンピオン”?榊遊勝の新しい情報としてその言葉を頭に染み込ませる。逃げ出したとは一体、何からだろう。今現在、榊遊勝が行方不明であることに関係があるのだろうか。

「榊遊矢も同じさ、大事な物奪われても何も出来やしない」
「奪ったの沢渡さんですけどね」
「それに結局負けましたけどね」
「……お前等」
「す、すいません」

 取り巻きをギロリと睨みつけるその様は、まるで空き地の王者剛田のようだ。怖いな。余程のことがあったと見える。彼等と榊遊矢の間で何があったのか詳細は分からないし興味もないが、ひとつだけ確かに言えることがある。

「榊遊勝さんのことはあまり知らないけど、榊自身は別に逃げてないと思うよ」
「……はぁ?」

 私はあの時の赤い瞳を思い出していた。