LDSを辞めたい。そう零してしまったのが全てのはじまり。口は災いの元とはよく言ったものである。赤馬零児の出した条件は、私が舞網チャンピオンシップに出場する事。どちらにも、メリットがあるとは思えないのだが、未だにその真意は謎のままである。

 舞網チャンピオンシップには、ジュニア、ジュニアユース、ユースと三つのクラスがある。年齢的に私はジュニアユースになるのだろう。そして出場条件、勝率6割、または6連勝すること。前に授業で習った時に聞いたのはこんなものであったか。
 彼の言う事を素直に聞く気になった訳ではない。ただそれをさらっと無視してボイコット出来るほど私も性根ひん曲がってはいなかっただけのこと。別に社会的権力の元にひれ伏したとかそんな訳ではなく、そんな訳ではなく。……訴えたら勝てると思っていた時期が私にもありました。何より、「負け犬」という言葉が割と効いているらしい。

「ねーちゃん、まだ~」
「タケシくんちょっと待ってね。もう決めるから」
「いや俺フトシだし。早くターンエンドしてよ」

 私はLDSでしかデュエルをしたことがなかった。それ以外でしようと思ったことすら無かったのである。最近は、嫌がらせのように上位の相手としかデュエルをさせてもらえなかったこともあり、萎縮してしまっている部分も少なからずあるはずだと考えた。まずは、自分の世間でのレベルを確かめようと、たまたま目があった小学生にデュエルを挑んでみたのである。本当、そこで迷いなく小学生にしようと思う辺りが小物感あるわ。
 ところが、彼とデュエルを進めるうち、それ以前の問題であったと気付かされる。

「これで一体どう戦えばいいって言うんだ…」
「何ブツブツ言ってんの」

 私の手札には意味不明のカード達。何これ、私のデッキってこんなのだったか?あまりに触らなさ過ぎて何を入れているのかすら分かっていないとでもいうのだろうか。十分あり得るから笑えない。いやしかし、前に志島とデュエルした時にはこんな……と思ったけれど、そういえば何も出来ないままにワンターンキルされたのであった。

「……これで、ターンエンド」
「よっしゃあ!! 俺はらくがきじゅう-てらので、ねーちゃんにダイレクトアタック!!」

 ペラッペラのティラノサウルスに突進され、軽く尻餅をついた。ライフポイントがゼロになり、同時に少年のモンスターも消える。
 小学生に負けるなんて、と思ったが、まぁ待て、彼がとびきり天才少年だったという可能性も……うん、大人気ないな。悔しいが、次世代の恐竜キングは君かもしれない。

「サトシくん強いな。ポケモンマスター目指しなよ」
「だからフトシだって。ねーちゃんが弱過ぎるんじゃね?どこの塾行ってる?」
「何処だと思う?」

 なんて余裕を気取って、笑顔の下に動揺を隠す。私って、この程度だったのか。相手が小学生とか関係なく、カードの使い方すらうろ覚えで、何もわからない。この程度だったのか。これでは、舞網チャンピオンシップ以前に、デュエル6連勝も夢のまた夢だ。

「もしかしてねーちゃん初心者? 近くに俺が行ってるデュエル塾あるんだけど来る?」
「デュエル塾?」
「うん、遊勝塾っていうんだぜ。あの榊遊勝が作った!」

 榊遊勝?最近聞いた名前だなと、しばらく記憶を探るも出てこない。どこで聞いたのだったか。私がうんうん唸っていると、右手に暖かな感触。

「な! 見学だけでもいいからさ!」

 そのキラキラした眼差しと、柔らかい手のひらから逃れる事は罪であるといわんばかりで。

*

 遊勝塾は、思っていたよりも小さな塾であった。というより私が唯一知るデュエル塾がLDSであるため、比較対象が大き過ぎたのだ。フトシくんに連れられるまま中に入ると、既に誰かがデュエルをしているようであった。ガラス越しにデュエルフィールドを覗き込めば、ソリッドビジョンによって形成された、平安時代のような建物に、桜舞う情景。対峙するモンスターと二人の少年。大柄な少年が静ならば、もう一人の少年は動。それほどに彼等の動きは違いすぎる。
 舞う少年。暗く艶やかな色彩の中で揺れる、一際目立つそのクリスマスカラーの頭には、とても見覚えがある事にようやく気付く。

「遊矢兄ちゃんと権現坂のデュエルかー!」
「ねぇ、あの赤い髪の男の子はこの塾の……?」
「遊矢兄ちゃんだよ! 榊遊矢!」
「榊……っていうと、この塾の創設者の息子さんか」
「そうそう!」

 じゃあ父親が社長、いや塾長になるのか。そりゃデュエルを知らないはずがないよなぁ、と数日前の事を思い出しながら頷いた。
 それにしても、随分と楽しそうにデュエルをするのだなと、彼の笑顔を見て思った。軽やかな動きは、前に見たそれと全く同じで。あの時は、ずっと謝っていた印象しかなかったのに。不思議な少年である。……相手の人、強そう。物理的に。なんて小学生並の感想を抱きながらフィールドを眺めていると、一度だけ榊遊矢とガラス越しに視線が交わった。

「もしかして君、入塾希望者か!?」
「はい!?」

 突然の肩パンにひるみつつ振り向くと、これまた目をキラキラ、いや、メラメラさせた男の人が私を見つめていた。

「いや、私はその、そこでヒトシ君とすべらない話してて」
「フトシね。わざとだろねーちゃん」
「なまえといいます。フトシくんのご厚意で見学させてもらってたんです」
「見学か! ゆっくり見て行くといい! 運が良ければ遊矢のあのペンデュラム召喚も見れるかもしれんしな!」

 ペンデュラム召喚?聞き覚えのない言葉が聞こえた気がするも、授業は殆ど寝てた身なので、ああはい、ペンデュラムね、ふんふん、という知ったかモードでとりあえず頷いておいた。これが話をスムーズに進めるためのジャパニーズ話術ですよ。嘘付け。

「ああ、すまない。俺は塾長の柊修造だ」
「えっ」
「ん?」
「あ、すいません……。失礼ながら、てっきり塾長は榊遊勝さんという方かと……」
「……君、彼の事を知らないのか?」

 驚き、という目で見られてむしろこちらが驚きなのだけど。そんなに有名人物なのだろうか。いや、確かに私も最近どこかで聞いたんだよ、ただそれが何時であったか思い出せないだけで。

「榊遊勝は俺の親友であり、プロデュエリスト。今のアクションデュエル、エンタメデュエルを生み出した第一人者だ」
「エンタメデュエル?」
「言葉で説明するのは難しいな……」

 塾長さんはそういうと、デュエルフィールドの方へと視線を向けた。

「お!遊矢がペンデュラム召喚をするぞ!」
「ペンデュラム!ペンデュラム!」

 突然二人がガラスに張り付き大声を上げるので、一体何事かと私も視線を追う。そして目を見開く。榊遊矢の頭上に、オーロラのような光とともに現れたのは、2つの白い柱。目を疑う光景だった。

「俺はスケール1の星読みの魔術師と、スケール8の時読みの魔術師でペンデュラムスケールをセッティング!これでレベル2から7までのモンスターが同時に召喚可能!」
「よし……来い!遊矢!」
「行くぜ権現坂!俺は手札のオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを召喚!」

 瞬きをするのも忘れたまま、吸い寄せられるかのようにその一部始終を見ていた。綺麗だ。エクシーズ召還する時とは似ても似つかない。あちらはもう少し禍々しい……?ような。紫の閃光弾ける闇の中から出て来るプレアデスなんて本当……ってこれ私がエクシーズトラウマになってるだけだわ。それもこれも全部志島のせいだから今度会ったら絶対膝かっくんしてやる。そんでもって正直見た目の派手さに感動していて、ペンデュラム召喚の内容は全く理解出来てない。すまんな。

「榊遊勝は遊矢の父親なんだ」
「……そうなんですか」
「ただ、3年前から行方不明でな……これも有名な話だが」
「3年前?」
「ん?どうした?」
「あ、いや……それで今は柊さんが塾長をされてるんですね」

 それにしても、初対面の他人である私にこんなに喋って大丈夫なのだろうか。いや、榊遊勝の情報としては、一般レベルの常識なのかもしれない。私があまりデュエルの世界に詳しくないだけで、きっと私が思っている以上に凄い人だったのだろう。少なくとも、ここにいる人達の、そう、そして赤馬零児の目標として記憶に残り続けるくらいには。良かった、やっと思い出した。