どういう因果かさっぱりなのだが、周りからの推薦で、あれよあれよというままにLDSに入塾させられ早数ヶ月。あからさますぎるコネ入学?何故このタイミングで?見えない力を感じたそれに、最初は戸惑っていた反面、心の底で「イイ気」になっていたのも否めない。でも、それなりに努力していたつもりだった。いつか兄のようになれるだろうと思っていた。それだけでまだ笑っていられたのである。
 それが苦痛に変わったのは、何時からであったか。過度な期待に押しつぶされ、伴わない実力に打ちひしがれて、黙り込む。そうして気付いてしまった事がある。地団駄を踏み出しそうな、居心地の悪さの理由を。

「君では、あの人に遠く及ばないねぇ」
「う、うるさい」
「本当の事だろ?まぁ、喧嘩売る相手が悪かったのさ。この志島北斗に挑もうなんて」

 北斗七星をイメージした髪飾りが印象的な彼は、私と同じくエクシーズコース所属の生徒である志島北斗。このコースの中でも特に優秀な生徒として、周りから一目置かれている。浮いているともいう。お前が言うな。
 そんな相手とデュエルをさせられた事にも悪意を感じ、つい悪態を吐きそうになる気持ちをぐっと抑える。それを言ってしまえば、「そもそも何故、エリートしか入れないエクシーズコースにお前がいるのか」という聞き飽きたセリフが返ってくるだけだと分かっていた。そんなの私が聞きたいくらいである。
 ソリッドビジョンが消え、ひんやりとした床の上で伏した私を上から笑う。その手が差し伸べられることはまずないだろう。だからといって敗者の背を踏みつけるような世紀末でもないけれど。

「勝てない」
「弱いからだ」
「何で?」
「そんなの、決まってるだろ?」

 その先を言われずとも分かっていた。才能がないんだ。すとんと飲み込んだ言葉は、一瞬で身体中を駆け巡る。答えは残酷過ぎるほどに簡単だった。だけれど何故だろうか、こんな状況に陥ってなお、それを認めたくない自分がいるのである。
 そう、ちょっと運が悪かっただけ。

*

 学校からの帰り道、迫る夕日を背に、私は小石をドリブルしながら歩いていた。このままLDSに行かなければならないと思うだけで憂鬱になる。やけくそで蹴飛ばされるこの石も可哀想だよなとくだらない事を考えてため息をつく。自らの影が覆う地面を見ながら、まるでその影の中にずぶずぶと沈んでいくような感覚がしていた。やはり足取りは重い。
 車の通りの少ない道とはいえ、下を向いてふらふら歩いていたのが悪かったのだろう。それは突然現れた。

「ちょっとそこどいて!」

 そう言われると意地でもどきたくないのがひねくれ者の性。というより虫の居所が悪かった私は、女の子として失格な声の低さで「あぁ?」と返し、その場に立ち止まる。そうして振り向いた先には、私と同じくらいの歳の男の子が、猛スピードでこちらに向かって来ていた。避ける間もなかった。いやその時間はあったはずなのに、彼よりも早く、私の横を駆け抜けていった「何か」につい気をとられてしまったのである。向かってくる存在の事を思い出した時にはもう遅く、直後に鈍い衝撃が私を襲った。

「きゃっ!!」

 彼は私よりも可愛らしい声をあげて、そのままぶつかってきた訳だが、同じくらいの背丈の男の子を支えられるはずもなく、そのまま一緒にコンクリートへダイブする。全く、このご時世にどんなテンプレート的展開だ。これでもし彼がトーストでもくわえていようものなら、明日には席が隣になっていただろう。そして彼はこう言うのだ、「あ! あんたはあの時の!」。ヒロインお前かよ。
 受け身もろくにとれないまま、腕と腰を強く打ち付けてしまったが、顔は守ったので良しとする。これ以上鼻が低くなったらどうしようもないものなぁ、なんて事を考えながら体を起こす。

「ご、ごめん! 大丈夫か!?」
「私は大丈夫」
「よかった……ってこらアン!」

 そう言っていきなり立ち上がった彼は、前方へ飛んだ。華麗に、軽やかに高く。そのちょっとした動作に、一瞬目を奪われてしまったのは何故だろうか。彼が着地した先には丸っとした目の、可愛らしい犬がいた。おそらくさっき横を駆けていったのはこの犬だったのだろう。尻尾を振ってはふはふ言っている犬は、こちらの状況などおかまい無しなのか、彼の腕の中で、もっと冒険したいと抗議しているように見える。彼のペットだろうか。
 目の前でいちゃつく彼等を眺めていると、小さい頃、「犬が飼いたい」と親に泣きわめいて懇願した記憶が蘇ってきた。兄は虫をたくさん飼っているのに、どうして私は駄目なのかと。私はその時、母が犬アレルギーであるという事を知らなかった。そうして家にやってきた招かれざる客、ファービーの襲来により喜びとトラウマを同時に植え付けられた幼少時代。妥協させるにしても生きてる生物が良かったよね。生物でないならせめてアイボにしてほしかった。しかし今となってはいい思い出である。そんなファービーが奇声とともに眠ってしまったため、我が家にはもう、昆虫の標本しか残っていない。

「もう勝手に行かせないからな~……ってあぁ!!」

 わんちゃんにリードをつけその場を去ろうとしていた彼が、突然声を張り上げた。完全に思い出に浸っていたので少なからず肩が跳ねる。何事かと、その視線の先を追えば、コンクリートに広がるとても見覚えのあるカード群。
 はっとして腰を見ると、ベルトに付けていたプラスチック製のケースが壊れていた。転けた時の衝撃で割れ、中身が飛び出しまったのだろう。
 再度「ごめん!」と声をあげた彼の顔は少し青白く変色していた。クリスマスカラーの髪色との差に目を見張りつつ首を振る。これは事故であるのだから、仕方ない。ケースが割れてしまったのも当たりどころの問題である。
 余程責任を感じてくれているのか、しゃがみ込んでカードを拾おうとする彼。そして、よりによって壊れたのは私の物ではなく、兄のデッキケースであったことにようやく気付き、慌てて彼の手を掴む。突然の接触に大きく肩を揺らした少年は、その大きな目にハテナを浮かべ私を見上げた。

「えっ?あっごめん……もしかして大事なカードだった……?」
「……あ、えっと、そんな感じ」
「そっか……ごめん」
「別に嫌だった訳じゃなくて……自分で拾うから、気にしなくていいよってこと」

 じゃあ家に置いておけよという話である。分かった上で、それでもいつも持ち歩いてしまうのは、単純で、それでいてすこし恥ずかしい理由。
 一枚一枚、傷が入っていない事を確認しながら拾い集めていく。しっかりスリーブは3重にしてあるので、問題はなさそうであった。

「甲虫装機……?」

 彼がぽつりと呟いた。私の邪魔にならないように配慮してくれたのか、わんちゃんは抱えていた。そこに気付くということは、彼もデュエリストということか。もしかして流れでデュエルしようぜ!とか言い出すんじゃ……。目と目があったら逃げられないポケモンじゃあるまいしまさかそんなと思いつつ、垂れる冷や汗は止まらない。この人トレーナーじゃないな?と思って話しかけてみたらバトルなんてこともあるのだ。
 あちゃー、大誤算!と少女漫画の主人公のように頭を小突く。ヒロインの座は渡さないというせめてもの意思表示である。
 しかし彼は私のカードを穴が空くほど見つめたまま、何の反応も示さない。ツッコミがいくらたっても来ない事に逆に不安になるんだけど。そもそもこちらを見てすらないわ彼。このポーズのままってのもなかなか恥ずかしいが、それを不完全燃焼のまま無かった事にするのもまたつらい事だ。

「……あ!ごめんつい普通に覗いちゃって」
「むしろ大丈夫?なんか意識飛んでたけど」
「いや……ただ」

 懐かしむように続けた言葉に、私は一瞬瞬きを忘れた。

「そういえば昔、このデッキで活躍したデュエリストが、いたなって」

 何故、彼は真っすぐと私を見るのだろうか。

「凄く強かったんだけどな……知ってる?」
「知らない」
「……変な事聞いて、ごめん」

 兄はLDSの中では有名でも、一般的な目線で見るとそうでもないのかもしれない。しかし、そうか、彼もなのか。彼もまた、兄に憧れていたデュエリストの一人なのだろう。例え姿形を覚えていなくても、そのデュエルが彼の記憶に残っている。そう分かってしまうくらいには、同じ瞳を何度も見てきた。

「君、ごめんしか言ってないね」

 私を通して兄を見るその瞳、私はそれが大嫌いだった。