Something That I Want

 あの後、血の気の引いた状態でフェルトをクソ遅い時間にRSAまで送り届け(よるなのにとてもきらきらしたところでめがやかれるかとおもった)、震える指で久しぶりに父に今回のことを報告し、最後に雑に学園長に伝書ゴーストを飛ばした(誰の声も聞きたく無いくらい疲れていた)。
 未だかつて無いほどに「もうどうにでもなーれ」という気持ちを抱えたままにベッドへダイブ。神が完全に私を見放したのか、フェルトの髪にぐるぐる巻きにされて国に連れ帰られるという夢を長々と見てしまったせいでマジフト大会の疲れが完全に取れることはなかった。

 正直覚悟はしていた。ユウとグリムだけでなく、複数人を前にして「姉」であることを認めてしまった。正確にはフェルトと血の繋がりはないので姉ではないのだが、女性を指す敬称であるという点に置いては間違いはなかった。
 私はフェルトを彼等と引き離すことを優先した。その為、あの後何の弁明もできていないし、弁明していたところで彼等の中に植え付けられた疑惑の芽を完全に摘み取るのは難しいだろう。そう、あの時点で私は既に負けが確定していたのだ。
 後で知った事だが、意外にもユウとグリムは出来る限りその場で誤魔化そうと努力してくれたようである。しかし、あの場にはレオナ・キングスカラーとラギー・ブッチもいた。仮にハーツラビュルの一年は騙せても、あの二人を前にユウ達が嘘を貫き通すのは難しいだろう。
 糾弾されるか否かは、キングスカラーの性格的に予測がつかない。そもそもあの男と私の接点は寮長会議くらい(しかもその殆どが不参加)でしかないのだ。興味のない相手に対してわざわざ動くほど獅子の尻は軽く無いはずだと思いたい。また、ラギーも同様にせっかく得た弱味を簡単に消費する程愚かでは無い。
 それに、「レオナ・キングスカラーのオーバーブロット」とという圧倒的な事件が起きた直後だ。私の事など、些細な事として彼等の記憶から掻き消えてくれればと、思っていた。

「ということで皆さんに緊急で集まってもらった訳ですが……。――本日の寮長会議はみょうじくんの性別に関してが議題です」

「「「「は?」」」」

 は?
 ……は?

「昨日キングスカラー君とみょうじ君から連絡があった時は驚きましたが……この際もう隠す必要も無いのでは? と思い至りましてね。まずは寮長の意見を聞きたいと思……」
「ちょ、ちょっと待ってください学園長!!」

 いきなり何を言ってるんですか!と机を叩く。口端が引きつって声が震える。私は何も聞いていないし、この寮長会議だって当初はマジフト大会に関する諸々の結果報告が目的だった筈だ。

「性別も何も、みょうじは男だろ?」

 この中では比較的交流のあるカリムが、何の疑念も抱いていない顔で首を傾げた。実際悟られないように過ごして来たし、疑われていないに越したことはないがこの屈託のない表情に頭の隅に苦い顔をしたジャミルが浮かんだ。

「いえ、入学してから今日まで、男子生徒として生活してもらっていましたが……彼は女性です」
「マジで!? マジなのかみょうじ!!」

 今すぐに何らかの強大な力によってこの部屋爆発しないかな。
 「文法がおかしくて気が狂いそうだ……」とリドルが頭を抱えているが今一番気が狂いそうなのは私なんだよ。

「こ、この生傷の絶えない芋が女?!」
「どどどどういうことですか、学園長!!」

 キングスカラー先輩以外のメンバーの顔が普段見ないような形相でこちらを見ている。シェーンハイト先輩は顔立ちが綺麗な分、直視できないレベルで恐ろしい顔をしているし、アズールは普段の澄ました表情が剥がれ素直に驚きの色に染めている。
 イグニハイトの寮長はタブレット越しのため元々表情が確認できないのだが、今は背景に宇宙を携えた猫の顔が表示されていて尚更理解できない状態になっていた。

「そもそも女性で、しかも魔力が無いのに何故NRCに選ばれたんです?」
「彼女は決して魔力が無い訳ではありません。その点でいうと監督生さんとは異なります」

 御尤もすぎるアズールの質問に対して、学園長は淡々と答える。

「――魔法の資質はある。けれど“魔力がぽっかり空いたように著しく低い”だけなんです」
「確かに、彼……失礼、彼女は魔法は使えなくとも錬金術等の成績は2年でも上位をキープしていたはずだ」
「学年トップレベルの人に言われてもあまり嬉しくは無いな」
「……褒め言葉も素直に受け取れないのか? 君は」
「褒められたことがないもので分からなかったのよ」
「……やけくそになっているのは理解したけど、そう噛み付いていてもしょうがないだろう、起きてしまったことは」
「オバブロ経験者は言うことが違う」
「……首をはねてしまいたいところだが、とにかくキミがNRC生であることに間違いはないと確信したよ」

 やけくそになるのもしょうがないだろう。こうなっては、もう後のことを考えても無駄だ。きっと私は夢半ばにしてこの学校を出ていくことになるのだ。
 リドルに睨まれていると、いつの間にか横にいた学園長が咳き込む。話を元に戻すぞ、と言う合図だ。気配が全くなかった。普段情けない姿を大袈裟なほどに晒している印象しかないが、実力者であるのに違いはない。

「魔法の資質はあります。その証拠に……実のところ、本来、鏡が選定したのはポムフィオーレ寮でした」
「……!」
「ですが、まぁ、諸々を考慮した結果、彼女にはオンボロ寮に行っていただくことになったのです。――諸々の理由は割愛しますね。察せるでしょう? 賢い君達なら」

 そう言えば、そんなことを入学式の時に言われたな、と他人事のように思い出す。私としては入学できた時点で寮はどこでも良かったので大して気にもしていなかった。
 先ほどから痛いほどに刺さる視線。その方向に顔を向ければ、先ほどよりも恐ろしい――最早形容も難しい――顔をしたシェーンハイト先輩と目があった。視線で殺せるレベルの美貌とは末恐ろしい……と思いつつ早々に顔を背けた。

「資質とかそんなことはどうでもいいんだよ。結論を早く言え」

 そうだ。そもそもレオナ・キングスカラーも私のことを学園長に報告していたのだった。彼が自ら行動を起こすのは珍しいが、余程私の存在が認められなかったのか、それとも。

「あー……結論、みょうじ氏とサヨナラバイバイするかどうかってこと……だよね? それ、僕等が決めること……って言うか僕いらないのでは?」
「俺はどっちだって構わないが、こいつが赦しを請う姿は見てみたいもんだ……。大方、女だとバレないことを条件に契約して通ってたんじゃねぇのか?」
「さすがキングスカラー君。その通りです」

 正確にはそれだけではない。鏡が選んだとはいえあまりに魔法士としての才能が無ければその場で切られるのだ。二年生になり、かなり安定してきたと思っていたのだが……。

「……でも学園長側も女性であることを認識した上で入学を許可してたんでしょう? NRCが由緒正しい名門校であることは確かだけど、アンタもどうしてそこまで……」
「みょうじは退学になるのか!? 女だってだけで? ……それは、寂しいな」

「まぁまぁ皆さん! 一度落ち着いてください」」

 パン、とひとつ乾いた音が部屋に響く。学園長が手を打った音だ。

「安心してください。少なからず学園が混乱する事態になってしまったことは残念ですが、みょうじ君が女性である事がバレてしまったから退学、という事はありませんので」
「……え?」

 彼の一言に困惑の声を上げたのは私だった。当たり前だ。入学前に聞いた話と違うのだから。

「ただ、寮長が一人でも反対するのであれば話し合いが必要かと思いまして。……キングスカラー君は意地悪言ってますが、かと言って反対している訳でもなく……なんなら彼は気付いてたらしいですからね。異論があるならとっくの昔に私に連絡がきてますよ」

「……今までの様子をみて、他の寮長も反対の意思はどうやら無さそうですし。それに君は最近は大きな問題も起こしていない。成績も実技以外は優秀。監督生さんからも信頼されているようですしね。特別ですよ!」

 何より私、優しいので。と彼は続ける。私はその言葉を聞いて震える声で礼をする。

「――感謝、いたします」

 学園長の薄ら笑いを見て私は理解した。優しいから? 私の退学は無し? それだけの理由で、契約書も書かされる程、彼にとって目の上の瘤といっても過言ではない私を許し留めるなんてある筈がない。――“あの人”からの介入があったのだ。でなければ伝統を重んじるナイトレイブンカレッジで、鍍金が剥がれ真に異端となった存在がこうも簡単に受け入れられる筈がないのだ。

「(国に戻らなくてよくなったことは有り難いけれど、素直に喜べないな……)」

 “いつか”、帰る事になった時に、より帰り辛くなる。私はその時のことを思うと憂鬱になった。

「じゃあ話ってなんだよ」
「当然の疑問ですね……」
「問題はこの事をこの際学園全体に開示してしまうか。ここにいる者だけに留めるか、というところです」
「……学園長、昨日もお伝えしましたけど、あの場には少なくともハーツラビュルの一年と、ボロボロのサバナクロー生が数人いた筈です」
「……そんなヘマをしたの? 一年以上このアタシの目を欺いてきたアンタにしちゃ、随分と御粗末な結果ね」
「別にシェーンハイト先輩の目を欺いてきたつもりはないですけど。……もっと大事な事を優先しただけです」
「大事な事、ねぇ……」

 じとりと張り付くような視線。シェーンハイト先輩を怒らすようなことをした覚えはないのだが、やたらと今日は目でも口でも噛み付いてくる。

「しかし、確実に女性とバレたわけでもないでしょう? おそらく確信を持ってるのはキングスカラー君だけですよ。たった一人!」
「まぁラギーも気付いてるだろうな」
「じゃあ二人ですね。でもまだ揉み消せるでしょう? 寮長なら」

 実際はあと一人確実に気付かれているが。エースというユウのお友達に。

「いや、そんなことなら僕達にも知らせて欲しくなかったですよ」

 きっぱりと言い放ったのはアズールだった。

「秘密の共有というのはリスクの共有でもあります。弱味として利用出来るわけでもなく、何故、僕が彼……彼女のために立ち回らないといけないんです?」

 正論。尤もすぎる正論で思わず息が漏れた。アズールらしい考え方だと思うし、私が逆の立場だったら一語も違わず同じことを言っていた自信があるのがあまりよろしくない。

「俺も面倒くせぇことは御免だ」
「……ま、秘密を守る代わりの対価を払って貰えるなら別ですが」
「い、いいいイグニハイト寮も関係ない事には首を突っ込みたくないというか男子校に唯一の女生徒とかそれある種の地雷……」
「まぁ、みょうじが女の子だからって何か変わる訳じゃないしな!」
「カリム、事はそう単純じゃないよ。少なからず、周りの見る目は良くも悪くも変わるだろうね……」

 誰かに同調するキングスカラー先輩が見れるのは今ここだけかもしれない。いや、それより――いつも全く協調性がなく議題が綺麗に可決した試しがない寮長会議でここまでのコンビネーションが見れる日がくるなんてすばらしいですね。皮肉だよ。
 ここまでくると、本当に「どうでも良くなって」くるな。

「――別に元々大して良い目は向けられてなかったからどうでもいいわ」
「……! みょうじ、声が、」
「学園長、明日からは女として生活します。もし誰かに聞かれたら、隠さずに答えます」
「私としては、問題さえ起きなければ良いのですが……。ここで女性として振舞う、それで本当に貴女は大丈夫なんですか?」

 学園長が何を考えているのか、その全てを察することは難しい。けれどその後ろに存在する人が何を考えているのかは分かっている。

「大々的に何かを変えるつもりはありませんし、名前はみょうじのままで過ごします。……元より覚悟して来たんです。その時に誓った名前を、簡単に捨てたくはないので」








*







「……何か大切なことを忘れている気がする……」
「何かって何だ? リドル」
「“彼女”の名前のことでしょ」
「そういえばみょうじ君が板につき過ぎてて忘れましたね」
「あー何でしたっけ。私も覚えてないです……」
「学園長……」
「そんな蔑んだ目で見ないでください……仕方ないじゃないですが、入学したときにはもうみょうじ君だったんですから」
「……まぁ、彼女が真の名前で呼ばれることを望んでいないのでいいんじゃないですか、別に」
「いやその話じゃなくて……。……マレウス先輩!」
「あ」