※2016.0327 さくらの日


 何故こうなったのかは知らないが、気付いたらここにいた。確かここに来る直前までは遊矢と柚子さんと一緒にいたはず。突然の眩い光に目を閉じて、開いた時に隣にいたのは、遊矢によく似た顔をした少年、ユーリだった。
 また飛ばされた……などと訳の分からないことを言っている彼を無視して、私は一人ため息をつく。それはこの状況に対する諦めと嘆き、だけではない。
 なんということでしょう。ついさっきまでの無機質な灰の建物が並ぶ景色とは打って変わり、見事な桜並木が目の前に広がっていたのである。この瞬間、ここに来てしまった理由などどうでもよくなるほどの、絶景であった。


「そういえば今日はさくらの日らしいね」
「何で僕を見て言うのねぇちゃんと説明してくれる?」


 眉毛を見てんだよ……とは言えないし言ってもいないのにチョップされるのは流石に附に落ちないっていうか。
 近くの公園に一本だけ桜の樹が生えているが、やはり迫力も色味も全然違う。同じ桜でも、舞網の、都会の隅で咲く桜よりも幾分か生き生きしているように思えた。
 しんと静まった世界で、さぁさぁと、時折木々が風に揺らされる音だけが響く。そもそもここは日本だろうか?見渡す限りの緑とピンクの景色に瞬きを繰り返しては、その度に惚れ惚れとしてしまう。頭の上まで覆う花びらと枝に、そのまま潰されてしまうのでは、なんて錯覚すら覚える。


「桜の木ってさぁ、夏になると蝉が凄いんだ」
「へぇ……雰囲気もクソもない凄くどうでもいい情報ありがとう」


 本当にどうでもよかったのか彼はこちらを見ようともしない。蝉の怖さをこいつは舐めている。
 浮幽さくらだかカードキャプターのさくらだか知らないけども、最近流行ってるらしいが、それを話題に出すよりはいいだろうと思いつつ横を見る。私だってカードキャプターは好きだったけどユーリとそんな会話したくないぞい。
 彼とはほぼ関わりがないためこれといった話題が無い。だからといってこの状況で黙り込んでいると、それこそ桜に飲み込まれそうな気がして、口を動かさずにはいられなかったというのが、正直なところだ。
 ユーリは相変わらず私を見ることもなく、ただ目の前の桜を見つめていた。前会った時と変わらない紫の制服、色合い的にもこの景色に馴染んでいるのが少し羨ましい。


「アカデミアって桜の木あるの?」
「無いね。島ほぼ全範囲が城だし、アカデミア」
「へ、へぇ……島で城なんだ……アカデミアって」


 すごくどうでもいい質問だったが俄然興味が湧いてしまったではないか。絶海の孤島アカデミア。通学めっちゃ大変そう。
 私がそんなくだらないことを考えていると、ユーリが思い出したように「そういえば」、と手を打った。


「桜の樹の下には死体が埋まってるっていうよね。まぁ某小説の話なんだけど」
「雰囲気もクソもないこと言うのやめてくれませんかね……」


 今まさに桜を見てるって時に縁起でもないこと言うなや……と白い目で彼を見る。さっきの私より酷いこと言ってるということに気付いてほしい。いや、気付いた上であえて言っているのか。その可能性が高い。
 私の気分が大幅に下がったことを知ってかしらずか、彼はそのまま話を続ける。


「元々は桜は白い花びらで、下に埋まっている死体の血をくみ上げて色を桃色に染めてるだとか、逆に人が死んだところから生えてくるだとか、好き勝手言われているけれど」
「エグいエグい」
「食虫植物でもあるまいしねぇ」


 ユーリがマントを翻して歩き出したので慌てて後を追う。こんな日本かどうかもわからないところで一人置いていかれたくはない。いや、桜があるのだから一応日本なのか?それは偏見か。本当に建物も何も無いのだが、これちゃんと帰れるのだろうか。最初は綺麗だと思っていた風景が、何か不可解で不気味なものにすら見えていた。
 ユーリはこの状況に置いても眉ひとつ動かすこともなく、淡々としている。さては貴様、慣れているなッ?!この謎の場所に飛ばされるというシチュエーションに慣れているな?その落ち着きよう、帰る方法も知っているな?……そう思いたい。


「異様な程に美しいものは色んな疑惑を呼ぶものだけど……そうでなくとも、完璧な美しさは、見ているものを不安にするのさ」


 私の心を読んだかのような言葉に体が固まる。「桜の樹の下には死体が埋まっている」再度そう呟いた彼は、そっと桜の木に触れた。


「だからそう思い込むことで、ある意味では目を逸らすことで――ようやくその美しさを直視できる」
「目を逸らす……?」
「おかしいよね、見てないのに、見えるんだよ。言葉遊びのようだ」


 今日初めて、彼と目があった。紫色の瞳一陣の風が吹いて、桜の花びらがふわりと舞った。その一枚が、彼の肩に乗る。


「僕が思うに、君も何か目を逸らしているものがあるよね。そうじゃないと、直視できないようなものが」
「何が言いたいの」


 酷いデジャヴを感じていた。そう以前に光津さんにも同じようなことを言われたことがある。私は、周りからそんなにも、分かりやすく思われているのだろうか。


「曲がった見方をしなければ、見ることも出来ない。それが弱さだ」
「弱さ……」
「弱い者だけが、桜の樹の下に死体を見る」


 桜どころか、「綺麗だね」と笑う少年のその顔すら直視出来ない人間ですまない。