クリスマスだというのに、別段変わった様子もなくいつも通りの格好で、いつも通りにやってきた彼女は「通りすがりのサンタです」とトンデモないことを別段変わらない表情で言ってのけたのだからその根性はなかなかのものだとは思う。すごいよこの子、今設定上冬なのにいつもの一張羅なんだよ。俺ですらあのキーヴィジュアルな半袖は寒いからと、アイデンティティを殴り捨ててまでこうしてほかほかのニットに身を包んでいるというのに。「通りすがりのなんちゃらほど強いものはないよ」などと鼻をすすりながら満足げに語る#名前#の目には何が映っているのだろうか。
「クリスマスだから、会いたくなった」
「えっ……」
「クリスマスだから」
なまえは、そう言うと俺に小さな箱を差し出した。
「だから、君に星をプレゼント」
彼女らしくない、ロマンチックな言葉に少し胸が高鳴ったのも束の間で、その手にあるやけに最近見覚えのあるそれを見て、俺はスーッと心が冷めていく音を聞いた。
彼女のもつ箱の中には、比較的大きな星の飾り。
「俺……ツリーじゃないんだけど」
「その触覚に付けたらいいよ」
「いや俺昆虫じゃないし」
「これでレベルも1つ上がる。リュシオルかな」
「いや甲虫装機でもないし……」
俺のときめきを返してほしい。なんて言葉を飲み込んで、それでも彼女がわざわざ俺の家にまで来てくれたものだし、今のうちのツリーの飾りよりも大きいし、嬉しいことには変わりない。
「……ありがとう。でも、何で俺に?」
「だって、クリスマスといったら榊でしょ」
「それ……もしかしなくても俺の髪の色のこと?」
「うん。はじめて榊にあった時から思ってたんだ。クリスマスカラーだなって」
はじめて会った時。あれはいつだったか、アンの散歩中だったことは覚えている。
冬。冬だ。なまえと出会ってから、随分と時間が経っていたんだな。そんな当たり前のことを、まるで今思い出したかのように身をもって感じた。それなのに、俺は彼女のことをほとんど知らない。なまえの家も、誕生日も、好きな食べ物も、何も。
吹き抜ける風が、彼女の髪を揺らした。その後、ふるりと肩を奮わせたのを俺は見逃さなかった。
「寒くないのか?」
「子供は風の子だからね」
「いやそんな強がり言ってないでさ」
入る? 母さんが今ケーキ作ってるんだけど、なんてちょうど良い口実を思い出して、彼女を誘う。しかし存外遠慮しているのか、玄関の前で迷うように唸ったまま。
彼女はそういうところがちょっと変わっている。押しが強いのか弱いのか分からないとでもいうのだろうか。ふらっと現れてはまたふらっと帰っていって、今度はこっちから行こうとするとさっと逃げて奥へ奥へと隠れてしまう。その辺の、虫みたいな存在だ。気付いたら視界の中にいるのに、いざ意識するといない。それはずるいと思うんだ。だから今日くらいは、俺が彼女を振り回したって罰は当たらないだろう。
「この後、柚子や権現坂達も来るんだ」
その言葉が効いたのか、なまえはようやく一歩こちらへ踏み出した。かかった、と内心ほくそ笑みつつ、頭ではザルと棒で作った罠にかかる小動物のイメージを思い浮かべていた。実のところまだ柚子も権現坂も呼んでいないのだが、毎年のことだし、この後で呼べば同じことだろう。
「そうと決まったら早く上がれよ、そのままじゃ寒いだろ」
「え?ああ、うん……ありがとう」
「あ、なまえってチーズケーキ食べれる?」
「チーズケーキ! うん、すっごい好き」
そうか、なまえはチーズケーキが好きなのか。そういえば素良もケーキは好きだと言っていた。
そうだ今年は素良も呼ぼう!、と風船のようにどんどん膨らんで行くこの気持ちは留まることを知らない。彼女や素良がいる。それだけで、今までと違う、刺激的な一日になるに違いないという確信を持っていた。
それでは彼女にどんなお返しをしてあげようかと脳内に潜むエンターテイナーの俺が考える。また時間はたくさんある。心から楽しいと思えるクリスマスに、俺がしてみせる。……なんて、そうでなくともきっと賑やかなクリスマスになるだろう。クリスマスとはそういうものだ。
2013年のちょうどこの時期にARC-VのPVが出たなぁクリスマスカラーだなぁと話題になったことを思い出しつつ。