沢渡シンゴを襲った犯人の疑いが俺にかけられているなんて、馬鹿げた話だと思った。何故なら俺は倉庫に着くまでは間違いなくフトシ達と塾にいた。アユから話を聞き、ようやく駆けつけた時には、既に倉庫は悲惨な状態で……ぼうっと立ち尽くす柚子がいたのである。そのことを柚子も知っているはずだと、同意を求めた俺の言葉に、存外、柚子は何も言わず俯くだけだった。何故?そう問いただす時間も与えないかのように、LDSの理事長の出して来た提案という名の脅迫めいた条件。
そして、気付けば、俺の疑いを晴らすためだけでなく、遊勝塾の存亡までかけたデュエルが行われようとしている。一体、何がどうなっているのだ。
「俺が沢渡達を襲撃する理由なんてない……」
この計算されたかのような異常な程にスムーズな展開。俺に罪をなすり付け、ただ遊勝塾を吸収するための表面上の理由にしているとしか思えない。尚更納得が出来ない俺は、LDSの生徒三人に向き合う。そうだ、大事な事を忘れていた。
「それに……あの場にはなまえだっていたんだ! なぁ柚子!」
「え、ええ。確かにいたけど……え? なまえさんって、LDSだったの?」
「ああ、LDSのバッチを付けているのを見た」
なまえに確認すればいい。柚子はあの時以降、俺と話す時に一瞬、瞳を伏せるようになった。柚子は隠し事なんて滅多にするような奴じゃない。きっとあの日、あの場所で何かがあったのだ。その「何か」も、彼女に聞けば、分かるのかもしれない。柚子と一緒にいたなまえなら。淡い期待が生まれた。のに。
「なまえ……?」
「なまえにも確認してくれよ! 俺は沢渡を襲撃してない!」
「あいつが……あいつがその現場にいたのか、榊遊矢!」
彼女の名前を出した途端、形相を変え詰め寄ってきた男に、俺は思わず怯んでしまった。
「あ、ああ……聞いてないのか? お前達、同じ、LDSじゃ……」
「……黙れ」
「えっ……」
「悪いな。今こいつらギシギシしてんだ、触れてやらないでくれ」
「刃も黙れ」
フォローするように間に割り込んで来た竹刀を肩にかけた少年は、刃というらしい。いや、そんなことはどうでもいいのだ。その少年のことよりも。
俺はまだなまえのことを全然知らない。どんな子で、どんな物が好きなのか。そして人間関係、LDSでの立ち位置も、何も知らないのだ。だから彼等の間で何があったのかなど、当然知り得るはずがない。でも、ひとつだけ分かったのは、彼等と彼女の間に、深い絆はない。仲が良いとは、言えぬ雰囲気であった。
黒髪の少女も混じって、彼女の話をしている。そこはきっと、俺のいるところとは違う世界で、間には見えない境界線が引かれている。容易に入っていけるはずもなかった。
「なまえってなまえねーちゃんのことか?」
「そっか、フトシも知り合いだったっけ。っていうか、お前が連れて来たんだった」
「あのしびれるくらいよわっちぃ虫デッキのねーちゃんだろ! あの人いつも俺の名前間違えるんだよな~」
「よ、よわっちぃ虫デッキ……だと?」
「ちょっと前はよく分かんないデッキだったけどなぁ」
彼女のデッキは甲虫装機だったことを思い出す。数年前、猛威を奮ったカテゴリ。随分と、大切そうにしていたのを覚えている。
そういえば、俺はまだ、彼女がデュエルしているところすら見たことがないのだった。一体どんなデュエルをするのだろう。いや……そもそもデュエルをするのだろうか?
俺がデュエルの、カードの話をする時、彼女はどこかうんざりしたような、諦めたような目でこちらを見る。俺は、あの目が嫌いだった。いや、見ていて悲しくなるのだ。デュエルは人を笑顔にするもの、それを信念としている俺としては、許してはいけないもの。あの目を見た時、俺の中で何かが燃えた。
彼女のデュエルを見たい。そして俺のデュエルを見せたい。楽しませたい。そういった純粋な欲が沸いてくる。
「……遊勝塾は渡さない!」
そのためにも、とにかく今は、なまえに会うしかない。それしかこのモヤモヤを、意味のわからない誤解を解くためにも、このデュエル、負ける訳にはいかなかった。