沢渡シンゴを襲った犯人の疑いが、あのペンデュラム召喚の創始者である榊遊矢にかかっている、なんて事は正直今の僕にはどうでも良いことであった。
「それに……あの場にはなまえだっていたんだ! なぁ柚子!」
「え、ええ。確かにいたけど……え? なまえさんって、LDSだったの?」
「ああ、バッチを付けているのを見た」
聞き捨てならない台詞であった。
「なまえ……?」
「なまえにも確認してくれよ! 俺は沢渡を襲撃してない!」
「あいつが……あいつがその現場にいたのか、榊遊矢!」
「あ、ああ……聞いてないのか? お前達、同じ、LDSじゃ……」
「……黙れ」
「えっ……」
あの日以来、彼女を避けてきた僕が言えた事ではない。他人に八つ当たりしてしまうのもお門違いであると、心の奥では理解していた。しかし、それでもこの「悪態」を抑えることが出来なかった。
何故、沢渡とともにいたのだろうか。あの二人はたいして関わりもないはず。そして何故そのことを、あいつの存在を榊遊矢が知っているのか。気になるのはそれだけではない。沢渡は怪我をしている。聞いたところによると、その現場、倉庫自体が爆発跡のように崩壊しているという。故に事件として処理され、今こんな事になっている訳であるのだが。そう、つまり彼女がその場にいたとするのなら――。冷や汗が頬を伝った。
「悪いな。今こいつらギシギシしてんだ、触れてやらないでくれ」
「刃も黙れ」
刃はフォローしたつもりなのかもしれないが、今の僕にとってそれは「余計な一言」に過ぎなかった。悪気がないのがまたタチが悪い。
「ちょっと何の話よ刃。面白そうね」
一気に機嫌が悪くなった僕を見て、真澄が興味深々といった様子で刃に詰め寄った。こちらも更にタチが悪い人間である……なんて、人の事言えた義理ではないと、言い返されてしまうのだろうが。
「あ? 真澄は知らねぇのか……あのな」
「……頼むから黙っててくれないか君達……!」
「あら……ごめんなさい。刃、後で教えて」
「おう」
真澄のそれは絶対反省なんてしていない口ぶりである。僕が何故こうなったのか、その理由を知らないのだから当然のことだろう。教えたくもないが。……後で口止めしておかなければ。
「なまえってなまえねーちゃんのことか?」
突然、遊勝塾側の方から聞こえてきた名前に反応する。
「そっか、フトシも知り合いだったっけ。っていうか、お前が連れて来たんだった」
「あのしびれるくらいよわっちぃ虫デッキのねーちゃんだろ! あの人いつも俺の名前間違えるんだよな~」
「よ、よわっちぃ虫デッキ……だと?」
「ちょっと前はよく分かんないデッキだったけどなぁ」
衝撃の強過ぎる発言。そこでふと最後に彼女と話した時の事を思い出す。まさか、彼女とよくデュエルしている小学生というのはあいつのことなのだろうか。フトシ、という名前には微かではあるが覚えがあり、ガンガンと痛み出す頭と胃は、急激なストレスによるものに違いない。
「だから嫌だったんだ……」
彼女の手にあったデッキを見た時、僕は言い知れぬ不安に駆られた。あのデッキが悪いのではない。彼女のそのデッキに対する執着、即ちあの人への執着が形となって垣間見えたような気がした、僕はそれが「嫌だ」と思った。あの時の背筋が凍るような感覚は、未だに忘れられない。
早く気付くべきなのだ。どうあがいても彼女はあの人にはなれない。むしろ、あのデッキを使っていく限り、これから更なる障害にぶつかっていくことになるだろう。それなのに、何故あんなにも、必死にしがみつくのか。自ら傷付く道へと足を踏み入れるのか。僕には到底理解の出来ないことであった。馬鹿だから、きっと気付かないのだろう。
いや、本当は気付かせてやるべきなのかもしれない。知識のあるものが、知識のないものへ手を差し伸べるのは当然のこと。しかし、それが容易に出来ないのは、同時に、また別の方向から彼女を傷付けてしまうと、その未来すら予想出来てしまうからだ。自分の手は汚したくない、これ以上関係を壊したくない、しかし傷付くのは見ていられない。何とも自分勝手な考えだろう。いつかの沢渡の言葉を思い出し、再び胸を抉る。あのにやついた顔を振り払うように首を振る。
「あいつのためにデュエルするのは癪に触るけど……」
しかしLDSの精鋭として選ばれたのだから、自分はそれ相応の成果を残し、理事長の信頼を得るために、このデュエルは勝たなくてはいけないのだ。
「最も、負けるつもりはないけどね」
僕は怖いのだ。あの人を追い続ける彼女が、いつか同じように消えてしまうのではないのだろうかと、ただそれだけが。