「へぇ、なまえがカードショップにいるなんて珍しいね」
「うーん、そうかな?」
「だって別にカードとかもういらないでしょ? 手元に完成品があるんだから」
「……それって甲虫装機のこと?」

 彼女には似合わないそのデッキ。というよりは、彼女には見合わないデッキ。聞いたところによると、それは彼女の兄のデッキであるという。

「そうそう! なまえにはあのデッキだけでもう十分だと思うけどな。むしろ君には惜しいくらいだ」
「清々しいくらはっきりと言うねデニスは。つまりあのデッキ以外は必要ないとでも?」
「実際そうでしょ? デッキリスト見たけどあれじゃあね……欠陥品みたいなものだよ」
「けっ……まぁ確かに弱いけど」

 『欠陥品』という単語にあからさまに反応するのでつい笑ってしまう。別に君自身のことを言っているわけではないのだ。君はそのままの君でいいんだよ。そういう意味も込めて肩を抱き、慈しむ振りをする。ぴくりと動いた小さな身体を見るに、異性からのスキンシップに慣れていないのだろう。そんなこと、どうでもいいけれど。

「ね? 買う必要ないって。それよりどこかカフェにでも行かない?」

 物理的にも精神的にも甘い誘惑。しかし何故か君は僕ごとその香りを振り払うのだ。

「ん? ……そもそも虫って嗅覚あったっけ?」
「いきなり何の話?」
「ああ、いや、気にしないで良いよ」
「カフェは一人で行きなよ。私はパックを買いにここまで来たんだから」

 いくらカードがあっても、それを使いこなせなければ意味がない。デッキに入らなければ意味がない。何より、今彼女が持っているそのデッキは完成品なのである。変化を望むのは悪だ。

「……そのパック買うの?」
「勿論、自分用にね」
「買う必要ないって言ってるのに……。これ以上お兄さんのデッキいじらない方がいいと思うけど」
「だから、これは自分用」
「……what?」

 自分用とは? 彼女の言葉の意味がよく理解できずその顔を見る。幾つかのパックをその手に握りしめている彼女は、どこかほっとしたような、満足したような顔ををしていた。
 ああ、分かった。足りない部分を形だけでも補いたいんだ。意味のないことであると、何度も教えてあげているのに。

「何でかって? いつかその高い鼻へし折る為だよ」
「ワーオ、怖い怖い……」
「それとさっき私のデッキを欠陥品って言ったよね。一瞬納得しかけちゃったけど、違うよ」
「ああ、まぁアレは例えだけど」
「私のは未完成品なの」

 未完成。それは、精一杯の強がりであると分かっていた。自分の限界を彼女はまだ認めたくないのだ。

「だから」
「だから、片っ端からカードを買うの? どうせなら、ちゃんとカタログ見て絞った方が賢いと思うよ」
「その手があっ……じゃなくてその、う、運命のカードに会えるかもしれないじゃん? べ、別に気付いてなかった訳じゃないから」
「運命のカード……これまた、君の口から凄い単語が出てきたなぁ」
「……私もちょっと恥ずかしかった。でも、迷惑かけないくらいには強くならないとね」
「え?」
「は?」
「何言ってるの」

 君はいつまでも僕達より、僕より下にいるべきなんだ。僕の手助けがないと何も出来ない、そんな君じゃないと駄目だ。芋虫みたいに地べたを這いずり回って、そこから逃げも出来ずに下で喘いでいるほうがお似合いなんだ。きっと皆だって心の底ではそう思っているに違いない。皆、何も出来ない君に手を差し出して自分が満足したいだけなんだ。随分と自分勝手なことである。けど君はそれにすら気付かず、ずっとあの人を待ち続けているのだから、見ていて滑稽だ。でも何よりも滑稽なのは、そのせいで行き場をなくし揺れているだけの幾つもの手のひらかもしれない。
 ただ、赤馬零児、彼は違う。彼は彼女の成長を望んでいる。正直その真意は理解出来ないけれど、これは事実だ。でなければ、今、彼女のような存在ががここにいるはずがない。
 しかし彼は知っているのだろうか。頑張っても報われない人に頑張れと言うのは、何よりも鋭く、剃刀のように深く傷を抉るのだということを。頑張れば報われる側の人間である彼は知っているのだろうか。

「ねぇ、なまえ」

 僕は見ているだけでもいいよ。虫かごの中を覗きみるように、君が這いずり回るのをずっと見ていてあげよう。でも檻を登ってくる事は許さない。僕の計画が狂うことに繋がってしまう、理由はそれだけではないけれど。

「誰に影響受けたのか知らないけど」

 君は何度その運命に裏切られたのだろうか?それを僕は知り得る事は出来ないけれど、なんとなく分かる。いい加減気付けばいいのに。報われない人間は報われない、そういう人間もこの世にはいるのだということを。努力し一見改善出来たように見えても、決して変えることの出来ない芯が奥底に存在するということを、そろそろ認めてもいいのではないか。
 彼女の髪を撫でながら僕は思う。
 一生その位置にいればいい。それで彼等が君を見捨てるはずもないのだから、何もしなくていいんだ。それは何よりも甘い誘惑である。
 ずっと逃げ続けて蛹になるタイミングを逃した、君の罪と罰。全てが彼女だけの責任ではないにしろ、一度逃したチャンスを神は二度と与えてはくれない。そう、手足の無い芋虫が今更成長を望む資格はない。

「強くなりたいなんて思っちゃ駄目だよ」

 でももし、万が一奇跡が起きたその時は、僕は蛹を潰すことも厭わないだろう。




あとがき:

変化を望まないデニス。
連載主人公はなんとなくデニスとすぐには仲良くなれなさそうだなぁと思った訳です。多分主人公は普通に接してるつもりです。
本編でも早くデニス出したいですね。