Something That I Want

「まさか後輩が出来るなんて、思ってもいなかった」


 廊下で、月の青白い光がその人の半身を滲むように照らしている。絵具で塗ったような癖のある黒髪に、つり目がちの瞳。その双眸がこちらを真っ直ぐ見据えている。グリムが腕の中で少しだけ身構えたのが分かった。

 オンボロ寮へようこそ、と。口は決して笑ってはいなかったけれど、それでも不思議と冷たい印象はなかった。とはいえ、歓迎の気持ちが本当にこもっていたのかと言えば別だが。
 お互い、見つめあったまま動くことはない。いつか映画で見たウエスタンの決闘のような――肌に張り付くようなじとりとした空気が周囲に漂っている。何か言葉を返すべきなのに、それよりも視線は重力に従うかのように下へ下へと下がっていく。
 僕が今見ているものは、真実だろうか。恐怖や興奮とはいかないまでも溢れ出てくる奇妙な感覚に震える。

 誰もいないと思っていたこの廃屋のような場所に、ゴーストがいたことも、人がいたことも、驚いたけど、それ以上に。

 彼のその手に握られていたのが、女性の肌着であることの方が、よっぽど。


「あの……え?」
「……え?」
「え?」
「……」
「……はは」


「お前、もしかして下着泥棒なんだゾ……?!」

 それは不意打ち過ぎてグリムの口を塞ぐことができなかった僕の失態だ。その後、僕たちに何が起きたのかは……誰にも知られたくない。
 ただ一つ言えるのは。



「これは、私の、ものですけど?」



 お化けよりもなによりも、怖いものを見た。


 (オンボロ寮の寮長は、女性だった。)