流竜馬

 「俺を見るな」と突っぱねるその腕は何よりも逞しい。そして何よりも憎らしく感じてしまったのは、何時からであったか。
 油臭い部屋の中で、黙々と手を動かす。その度に上から流れてくる汗が鬱陶しい。それを軍手で拭いながら、自分の今の状態を想像して憂鬱な気分になった。シャワーの時に流れる水は、真っ黒に違いない。
 研究所の中は静まりかえっていた。微かにのこる鉄の匂い、油や灰の匂いではないそれに顔をしかめると同時に、じわりと目元が霞んだ。
 ハ虫人類による何度目かの襲撃をかろうじて退けたのは、賞賛に値することであろう。しかし、犠牲となった研究員や機材は数知れない。人の命と機械を同位に考えるなと罵倒が降ってきそうではあるが、その機械がなければ私たちが生き残ることもあり得なかっただろう。なんと皮肉なことであろうか。

「竜馬……」

 未だに残る死の気配、それを一身に背負う彼等は、私達に会わせる顔がないとでもいうのだろうか。こんな時こそ彼に会いたいと、思う私がおかしいのだろうか。

 どんなに手をのばしても、真っ赤な影が彼を覆い隠してしまうのだ。



(旧作サルベージ)



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