フロップニク

三日月・オーガス

もう、会えないかもしれない。そんなことを呟いて、一人俯いた。

「お前達を置いてどっかへ行ったりしない、絶対に」
「でも連れて行ってはくれないんだ」
「……駄目だ、絶対に」
「……それも絶対なんだ」

望まぬまま宇宙へと世界を広げたその瞬間、彼女はどんな思いだったのだろう。どこまでも果てしなく、暗い闇の中で何を思ったのだろう。誰もいない、狭い部屋。二度と開くことの無い扉のその先に、懐かしい景色を思い馳せていたのだろうか。三日月に恋をしている私にとって、彼のいない世界とはそういった世界のようにすら思えた。

「何、俺に死んでほしいの?」
「そう言う訳じゃないよ……わかってるくせに」
「わかってるよ、だからお前も俺達を信じて」

三日月は強い。それは肉体的にも精神的にも云えることである。けれど彼は同時に脆いのだ。体の中に、見えない透明の杭がある。その杭は彼にとって何よりも大切なもの。何よりも、自らよりも、私なんかよりも。その杭が折れたり、無くなったりしたら、彼は呆気なく崩れ落ちてしまうだろう。
――オルガを失くさないで、何があっても。その光を見失ったら、本当に彼は消えてしまいそうで、それが何よりつらかった。
恐る恐る、彼の手に触れた。少し揺れた肩に気付かぬフリをして、そのまま指を絡める。普段、積極的に他人に触れることがない私であるから、少なからず驚いたのだろう。まず何より、私自身が驚いているのだから、当然だ。

「……オルガを呼ぶ?」

彼らしくない声に、馬鹿だな、と彼に見えない角度で笑った。

「私は三日月に会いたいんだ、今も、この先も」
「……そんなこと言っていいワケ?」
「そんなことって?」
「いや、何でもない」

彼等はベルカとストレルカのようになれるだろうか。指先から感じる温もりに私は縋る。私の知らないところへ行ってしまうのがこんなに怖いなんて思いもしなかった。英雄になってほしいわけではない。塵になってほしいわけでもない。私が望んだのは、ただ私の見えるところにずっといてほしかったということ。しかしそれはただの我がままである。

「きっと帰ってくるから」
「うん、いってらっしゃい」

彼女は、きっと今の私よりも怖かったのでしょうね。いや、それすらも知る余地もなかっのかもしれない。無知の恐怖。誰かの願いと、希望を乗せて、その船は飛ぶ。同時に、誰かの涙に濡れながら。

彼の背中が小さくなっていく。淡い闇の中へと消えていく。

せめて、旅立つ君を見送ろう。誰かに出来なかったことを、私がしよう。そして願わくば、誰かが言えなかった「おかえり」を、私が口にしたいのだ。

クドリャフカ、いや、忘れられた名前よ。貴女を思うと今も涙が出てくる。

実はgndm連載スプートニクのきっかけになった話



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