LEGACY

Who tells my story ?

「ハロー、リツカ」

 このカルデアにおいて、その若く瑞々しい声はよく響いた。その度に俺は懐かしい森を思い出すのだ。木々のざわめきの中でも掻き消されることなく耳に届く、小鳥の囀りのようであると。けれど記憶の中のそれとは違い、ほんの少しだけ耳障りではあるが。



 シミュレータによる戦闘訓練を終え、白く無機質なカルデアの廊下を歩いていた。
 召喚されたばかりでまだ本来の力を取り戻せていない俺や他の新参サーヴァントのために、マスター・藤丸立香は日々尽力してくれている。初めてその垢ぬけた笑顔を視界に入れた時、随分と頼りなさげなマスターであると驚いたものだが、だからこそこの絶望的な状況でよくやっているものだと感心する。
 彼が纏うお人好しのオーラと緩く閉じた目尻には、自分の苦手とする要素ばかりが詰め込まれていたが、いっそ慣れてしまえば後は不思議と楽に転がっていくもので。また、土壇場での決断力と頑固さには目を見張るものがあるというか、むしろよく見ていないと危なっかしいところもあるというか……「自分が支えなければという」らしくもない使命感も僅かではあるが湧いてくる。こんな俺ですらそう思えるのだから、元来より世話好きのサーヴァントなんて尚更のことだろう。マスターと“はじめから”の付き合いであるらしい聖女マルタとサンソンなんてまさに献身の権化かと思うほどだ(尚、本人達としては甘やかしているつもりは一切無いらしい)。

 さて、こうして特定の人物に対する興味が一定まで湧いてくると、同時に“その周り”の存在にも自然と興味が湧いてくるものだ。そこで近頃目に付くようになったのがとある少女だ。


 先程、後ろを歩いていたはずのマスターが突然駆け出し、俺達を通り越していった。

「ただいまなまえ! 今日は足の調子どう?」
「良くはないけど、悪くもないかな」

 視線の先には己がマスターである藤丸立香の横に立ち、何やら和やかに話し込んでいる少女がいる。マスターとともに、本来ならばこの場に不釣り合いな存在が。
 俺は彼女を見るたびに思うのだ。地に足がない。付いていない。浮いている。勿論、彼女が幽霊であるとかそういう直接的な意味ではない。ちゃんと二本の脚は彼女の腰から生えているし、白い床にはしっかりとその小さな影を落としている。……が、ある意味ではやはり幽霊のようであると思えてしまう。
 彼女はどこに立っているのだろうか。おそらく、自分でも理解していないのではないか。などと少女の名前すらも知らない奴が思う程度には、彼女の足元は不確かだ。

 

「マスターとよく話してるあの女性スタッフは、マスターの良い人なんですかね」

 などと、隣にいたダビデ王にそれとなく問いかけてみる。もちろん本気でそう思っている訳ではないが、しっかり答えてもらうにはこれくらいの釣り糸は垂らしておくものだろう。まぁそうでなくてもこの男は俗っぽい事には自分から首を突っ込むタイプだ。釣り糸を垂らさずとも本来匂いだけで寄ってきそうなところはある。
 あぁ、と彼は迷いなく俺の指さす方を見て愉快そうに笑った。――よし、案の定釣れた。いや、難易度はとても低いものであるからこれで喜ぶのは格好悪いか?
 それに、聞いておいてなんだが正直なところ返ってくる答えはある程度予想が出来ていた。要するにマルかバツか。俺は、それだけのシンプルな問いのつもりだったのだ。

「なまえの事ね。違う違う。あの子もマスターだよ」

 しかし、返ってきたのは予想とは全く別のベクトルのものだった。

「……は、魔術師? うちのマスターが人類最後だってこっちは聞いてたんですけど」

 確か、彼以外のマスター候補は全員今もコフィンの中にいるのだと聞いた覚えがある。カルデアが襲撃された際に運が良く、いやむしろ運が悪く? 生き残ってしまったのが藤丸立香、人類最後のマスターであるのだと。

「立香と同じように、マスター適正があるっていうんで、集められた人間の一人だってさ。マスターと同じで元は魔術師ではないはずだ。彼女も……君が来る一か月くらい前かな? それまではずっとコフィンで眠っていたんだけどね」
「……それが突然目を覚ましたと?」

 マスターが何やらふんすと息巻いて彼女に語りかけている様子が見える。一体何を話しているのだろうか。と、豆粒ほどの疑問を頭の端で浮かべつつ王の話に耳を傾ける。

「そうそう。だけどもね、彼女は英霊召喚が出来なかったみたいで」
「へぇ……そりゃあまた。システム・フェイトを使った上で?」
「側にいたら分かるけど、彼女自身の魔力量は正直うちのマスターと同じくらいだよ。そもそもスタート地点が0からなことも同じ。でも彼女は呼べない。……ドクターは精神的な問題じゃないかなぁなんて言ってたけどね」

 精神的? と軽く首を傾げる。そりゃもう、余程才能が無いのか、もしくは“呼ぶ気が無い”かのどちらかじゃねぇか。
 カルデアの英霊召喚システムは、マスターとサーヴァント双方の合意の上で成立するものだ。そんなこと、ダビデ王もあの医者も俺以上に分かりきっていることだろうに。
 敢えて、それには触れないのか? そうだとして、何のために? 少女に対する疑問は晴れたものの、また新たな謎が生まれてしまった。

「それで、今はスタッフの手伝いから食堂の手伝いまでなんでもこなしてるって訳」
「人手が有るに越したことはないって訳ですか」
「まぁ、でも、良くも悪くも無害な子だよ」

 再度、彼女の足元を確認しようと視線を移すが、そこには既に彼女の姿はなく。マスターの姿もなく。
 そこから、ダビデ王は持ち前の緩やかさをもって自らの羊の話へと自然にシフトさせた。



*


 そんな事を話していたのがいつの事だったか。
 今、彼女の横には鳶色の目をした男が立っている。そして、彼女には足が生えていた。時折、転けそうになりながらも二本の足でしっかりとこのカルデアに立っている。

「寂しいかい?」
「……はぁ?」
「いや、だって今まで何も出来なかった子が、ついに立ち上がったんだからさ。しかも自らのサーヴァントの手を借りて。ずっと見守ってた身としては、寂しいんじゃないかい? 分かるなぁ。僕は最初の特異点、冬木の頃からずっとマスターを見て来たんだもの。今では僕より優秀な英霊もたくさんいるしね。君の気持ちも…………何だい? 変な顔して」
「いや……あまりに莫迦げた話をしてるんで」
「っていうよりかさ」

 図星なんじゃないの?、とまた王はからからと笑った。マスターといたら自然と視界に入るだけだと、そんな言葉を口にしたら尚更ひっくり返しにかかってくるんだろうなぁと想像するだけで嫌気がさす。本当のことであっても、それを理解していたとしても彼はそれすらも楽しむタイプだ。


「莫迦げてる……」

 何もかもが。