――思えば何故、貴方のような人が私の前に現れたのか?――
「思ったよりも世界って狭いんだなぁ」
その名を耳にした時、私は目をひん剥いて、声をあげて……とにかく体全体を使って驚かずにはいられなかった。
はじめて彼とともにレイシフトした時は、荒れた大地をしっかりと踏みしめ立つ堂々たる姿に、言いようの無い感覚が芽生えたのを憶えている。
彼はあの日、私の横で静かに空を仰ぎ見ていた。その時の彼の物憂げな瞳と、鼻から顎、そして喉仏に至るまでのラインが今も脳裏に焼き付いて離れない。
*
マスター候補として人理継続保障機関フィニス・カルデアに招かれた時は、正直何かしらの番組の、タチの悪いドッキリだと思った。それまでの私の人生において「魔術師」なんてものには全く縁がなかった。いやあってたまるかよ。「それ」はあくまでフィクションの世界のものとして親しんできたし、平凡に暮らしてきた自分がそんな訳も分からないものに足を突っ込んだ覚えもなかったのだ。
男がぽろりと零した「レイシフト適正」という言葉の意味を今になって知る。その時は何に対する適正なのか知るはずもなかったし、詳細を聞こうとすればはぐらかされ、最終的に異様な桁の金額が出てきたことを覚えている。卑しいことにもその時微かに心が揺れたのは確かだ。だが、その桁数の多さには驚きや歓喜といった感情を通り越して、ただただ異様な程の気味の悪さを私の中に植え付けられた。
最初は「これはドッキリ企画番組の撮影なのではないか」と疑った。エキストラのバイトだとかそういうものだと。仮にそうだとしてジャンルはSFなのかファンタジーなのか。もしコメディだったとしても、サタデー・ナイト・ライブやレイト・レイト・ショーを見ている方がまだ有意義だろうという答えに最終的には至った。なんであろうと、当事者になることには気が進まなかった。画面越しに見ている方がどれだけ楽しいことか。
バイトのようなものだと言われても、その次の週にはずっと楽しみにしていた家族での予定もあったし、やっぱり意味もわからないし、勧誘しにきた男性の顔も何処と無く胡散臭いしと、一度きっかりと断ったはずだった。だったのに。
ベットで寝て起きたら見覚えのない施設にいて、自分と同じ服を着た同世代の人間がたくさんいた。
「私が今まで吸っていた空気と違う」「私がいて良い場所じゃない」とあの時直感思ったのは間違いではなくて、だからこそ隣で平然と居眠りしてる男の子を見て驚いたのを覚えている。
自分でも何がなんだか分からないが、ただただ嫌な予感がしてしょうがなかった。体の中で警報が鳴り響いているような感覚。反射的に耳を塞いで見ても内から漏れるものはどうしようもなかった。混濁した泥のような意識の中で浮かび上がってきた答えはやはり、「私がいるべき場所じゃない」。
常に携帯していたはずのスマホがどこにもなくて焦ったものの、辛うじて財布だけはポケットに入っていた。お金さえあれば別の手段で連絡もとれるし、帰れる。と、その中身を確認して安堵していた、時。
私は故郷を遠く離れた知らない場所で、訳も分からないまま爆発に巻き込まれ、意識を無くした。
今になって思うことだが、レフ・ライノールから私をここへ至らせる理由など何でもよかったのだろう。サーヴァントを使役する、マスターとになりうる存在を一人残さず、一度に一掃出来ればそれで全てがOKだったのだから。
2015年。ブロードウェイで上演開始した、とあるミュージカルがあった。瞬く間にチケットは定価の何倍にも高騰し、なかなか手に入らないと言われる程の人気を博した。
そのチケットを、「幸運が何重にも重なった結果ゲットしたぞ!」と意気揚々と話していた父の顔を思い出す。その日のために、せっかくお小遣いを叩いて新しい服を買ったのに。友達にも感想を聞かせると疎まれる程自慢していたのに。チケットも、お気に入りの服も、そしてこの身も。全てが一瞬のうちに燃えてしまった。
そしてまさか、「当の本人」に出会ってしまうなんて。
――思えば何故、彼女のような人間が僕のマスターとなったのか?――
時折、空気中から、壁から、大地から、そんな彼の声がする。実際に聞いたものではないけれど、きっと彼の心の内を溶かしたものが漂っているに違いない。
覚えていない。どうして彼等は、いや、彼は私を選んだのか。
「What’s your name, man?」
「Alexander Hamilton!」
︎そんなの、私が知りたいくらいである。