LEGACY

Who tells my story ?

 そもそも、この土地に来てからハミルトンはいつものスンと鎮まった表情を崩してばかりだ。
 アメリカ独立軍と名乗るロボットの軍隊とケルト軍の戦いを目の当たりしてから。ケルトのサーヴァントと闘ってから。テントでナイチンゲールと会ってから――。そしてカルナの存在を認知するとともに、こちらを振り返った時のあの表情。その初めて見るはずの表情に何故か既視感を感じて、しかしその意図を辿る前に強い衝撃によってその場での以降の記憶がない。

 目を覚ました時に眼前にいたのは、安堵の表情を浮かべたリツカだった。腕と体に感じる不思議な感触と温かさ――それが、ゴールデン・坂田金時の背であることに気付き、諸々の感情より先行して口に出たのは、自分への落胆の言葉。

「……私ここに来てからまだ何の役にもたってないね」
「……来てくれただけでいいんだよ」
「来て欲しくなかったくせに」
「蒸し返すなよな……。ま、“そう”なるまでの金時の葛藤が見れただけでも設けモン――」
「ちょ、大将!」

 突然、ゴールデンの体がおろおろと揺れたので慌てて腕に力を入れる。「うっ」と誰かの呻き声がしたような気もしたが、サーヴァントに対し私如きの締め技なんてこともないだろう。

「……本当に運んでもらうことになっちゃったね」
「……あ? ああー……いい、いい。気にすんなって。いや、他のところは気になるけどよ……じゃなくって! 今回はオレが適任だったってだけだ」
「適任?」
「ま、ダンナもそれなりにマスター想いだったってことだよ」
「は?」
「それが分かっただけでもオレも儲けたようなもんだ。……別に今のこの状況に対してじゃないぞ、決して」

 彼の言葉の意味が分からず首を傾げるも、それ以上は何も言うつもりはないようだった。そこでようやく私は改めて今の状況を確認する。暗く冷たい洞窟のような場所を進んでいる、ようだ。意識を失う前より人数が減っていないことに心から安堵しつつも、私達の周囲を牽制するように取り囲む機械兵士達の存在に気付き息をのんだ。それだけではない、先頭に見えるのは、あの少女の姿をしたサーヴァントと――件のカルナだった。

 ちらりと、瞳だけを動かして“私のサーヴァント”を探す。少し離れて後ろを歩く彼。私が目を覚ましたことに気付いたためか、ばちりと目が合った。が、すぐに視線を逸らされる。……ただでさえ“彼の知らないアメリカ”で、戸惑いや苛立ちを感じているだろうに、本来猪突猛進に進むべき足が私一人の重みによって自由に振るえないのだ。少なくとも彼のお荷物になっていることは間違いない。(物理的に今、そのお荷物を抱えているのはゴールデンだが。)
 しかし、そんなことでもうじめじめと落ち込むような私ではないのだ。これは練習でも何でもない。リツカに……そして何よりハミルトン自身に少しでも追いつくと決めた、私の意地である。これ以上、二度と失望させてたまるか。
 さらに後方に、黒い外套を揺らして歩く巌窟王を捉える。……と、あちらも視線を察したのかこちらにその金の瞳を向けた。そういえば彼とはまだそんなに話したことはない。ないはず、なのに。何故こうも苦手意識をもってしまうのか。“A deer in headlights.(ヘッドライトの中の鹿)”とまでは行かずとも、好んで話に行く気が今のところ全く起きない。ぐっと眉に力が入った私に対し、彼は薄ら笑いを浮かべる。――質の悪い男だ。私の心の中の、ハミルトンに対する小さな一念発起すら、彼からすればただの小娘の悪足掻きのようにしか見えていないのではないか――。そんな不安を煽ってくるような目だった。
 ……いや、そういえば今の私はゴールデンにおんぶされている状態なのだった。確かに恰好は良くない。そういうことにして私は深く考えるのを辞めた。



「しかし参ったね。カルナレベルのサーヴァントがいるなんて」


 言葉の割には深刻さを感じさせないからりとした声色でダビデ王が言う。
 カルナ。正直なところ私は名前を知らない。分かるのは、ドクターが言っていた「トップレベルのサーヴァント」であることのみ。


「俺、初めて知ったよ。あんなに……そこに居るだけで負けを錯覚する程の力を持ったサーヴァントがいるなんて」
「あれは前回のニコラ・テスラみたいな英霊とはまた別種の恐ろしさです。純粋な強さ、純粋な威光。神の力と武を兼ね備えた隙のない……」
「おいおい、俺っちの力も信じてくれよ。次はこうはいかないぜ」


 私をおぶったまま、彼はそのたくましい腕を振り上げた。坂田金時は今回のレイシフトメンバーの中でも巌窟王と並びメインアタッカーとしての働きをしている。それでも、バーサーカーというクラス特有の諸刃の剣的特性の影響で長期戦は向かない傾向にあるようだ。また、カルナの襲撃はある種不意打ちに近かった。いや、正確には不意打ちではないのだが、彼の存在そのものがその逸話を知る者たちからすると不意打ちであったのだろう。
 ナイチンゲール曰く、カルナの宝具の一撃、その余波だけで全員が意識を喪失するまでに至ったのだという。マルタやマシュ、そしてハミルトンは私たちを守るだけで精一杯だったのだろう。……待てよ。ということは巌窟王も負けたのでは? 凄く強そうで実際今も何もなかったように佇んでいるが彼もカルナの前に膝をついていたのでは? ふいに邪な推測が頭に浮かんで来て、自然とまた彼を見る。今度は終始目が合わなかった。


「……悔しい気持ちも分かるけど、なまえ抱えたまま斧振り回さないでよね」
「うっ、当たり前だろ」
「マルタの言う通り、下手には動けない。でもそれはきっと向こうも同じだよ。彼は絶対にマスターは傷つけないと言っていたし……良い人だと思うんだけど」
「ははは、とかいって僕が容赦なくあの槍で突き刺されたりしてね。そしたら一瞬で消えてしまえそうな」
『冗談でも立香君にそういうこと言うの止めてくれませんかダビデ王』


 心の底から軽蔑したような声でドクターがダビデ王に噛みついた直後、ぴたりと前方組の歩みが止まった。


「……ねぇ、こそこそ話すのやめない? それ、カルナにも聞こえてるからね? ほら、この何とも言えない表情見てみなさいよ」
「……む。いや、恐れられている……のか、褒められているのか分からず僅かばかり困惑していただけだ」
「しっかり困惑してるじゃないの。ま、貴方はそれだけの英霊ってことよ。そこにいるだけで牽制になる。言っちゃ悪いけど仕事が楽ね~」




『まず、こちらの王様に会ってもらうわ』


 一見無垢な微笑みの中に知性の光を宿した少女は、その肢体のサイズからは考えられない程の“見えない圧力”で精神的に私たちを制した。エレナ・ブラヴァツキー。フィクションで見た魔術のような不思議な力で、光を放ち、軽やかに舞い、そして今、私たちを隔離している。
 しかし、何故だろう。彼女からは絶対的な悪意や敵意は感じられなかった。それは彼女とともにいるカルナも同じで――。だからこそ、なのか。私が目覚めるまでもリツカ達は大きな抵抗をした様子はない。エレナも元々、ナイチンゲールの行動を監視していただけで、私たちと会うまでに実際に彼女と衝突したことはまだ一度も無いようである。

 彼女曰く、今のアメリカは二つに分離して内戦中であるという。その一つが彼女やカルナが“王様”と呼ぶ存在をリーダーとする「アメリカ西部合衆国」。もう一つはこれまでも何度か衝突した、ディルムッド・オディナ、フィン・マックールが所属するケルト軍。私の知る歴史とは何もかもが異なるアメリカ。“ハミルトンが何も成し遂げられなかった”アメリカ。実感はこの地に足をつけた時からあった。けれど「アメリカ西部合衆国」と言葉にして聞いて、改めてその感情が間違いではなかったことを思い知らされる。
 だが、それ以上に“違う”と思い知らされ打ちのめされることを、その時の私は予測してもいなかった。


 ……いや、誰に予測できるもんか!









*








「――率直に言って大儀である! みんな、はじめまして、おめでとう!」

「……」
「……」
「……」


 唖然、という二文字がこの空間に相応しい。ドクターに至っては、現実逃避からモニターの不調を疑い始める始末だ。


 ――大統王。
 その言葉を聞いた時は冗談かと思ったが。しかし実際にその姿を前にしては笑うこともできるはずがない。礼を欠き、短絡的に表現するならばそれは「異様」。この時代特有の質素な色味の室内で、それは煌々と鮮やかな色味を纏い佇んでいる。スーツがはちきれんばかりに盛り上がった筋肉と胸元に添えられた意匠はコミックヒーローそのもの。
 何より、その上に繋がった“頭部”が全ての思考を破棄させんばかりの衝撃を放つ。白い。白い毛に覆われているその顔は本来“そこ”にあるべきでは無いはずだった。


「ラ、ライオン……」


 呆然とする私達に対して、その男(と形容して良いものか)は全く気にする素振りも見せず、大きな腕を振り上げてはこちらに轟音で語りかけてくる。その度に揺れる鬣が決定的な私達との違いを理解させられる。
 それだけではない。“彼”はその大きな口から、とんでもない名前を発したのである。


「サーヴァントにしてサーヴァントを養うジェントルマン! 大統王、トーマス・アルバ・エジソンである!!」


 エジソン。その名前を知らない人はここにはいないだろう。アメリカで生まれた、発明王。
いくつもの発明と技術革新を起こした偉大なる発明家。


「そんな、まさか……何故貴方が、ここに……?」


 隣でぽつりと呟いたのはハミルトンだった。最初は、彼が私の心の内を許可なく代弁したのかと思った。しかしそれは私のものとどうにも違う意味を持つようで――私の前では常に体裁を保ち続けていた彼が、目を見開き唇を震わせている。


「さて、キミの名前はリツカ……だったな。この世界において、唯一の……ん? 唯一の……?」


 不意に獅子の目に見つめられて、つい身を隠すようにゴールデンに抱きつく力が強くなる。すぐ横に頭があるゴールデンもまた、サングラスで読み取り辛いものの、わなわなと顔ひくつかせているのが分かる。
 ライオンが首を傾げる様子はまるで猫のようでもあるが、仮にそんなフィルターを貼ったところで慣れるはずもない程の驚愕の光景に私はただ腰が引けていた。


「……おかしいな。もう一人、人間がいるじゃないか。しかもその小さな手のひらにあるのは……」
「あぁ、そういえばすっかり忘れてたわ。そう、そうなの。マスターは二人いるのよ」
「ふぅむ……まぁ、二人が同じ陣営であるのなら問題はない、か」



 ――単調直入に言おう。四つの時代を修復したその力を活かして、我々と共にケルトを駆逐せぬか?


 その問いかけは決して救いでもなんでもない。それでも。
 彼が「sir」と小さく呟いたのを、喧噪の隙間で拾ってしまった。拾ってしまったのだ。それを認めた瞬間に、私の興味もそちらへと移ってしまう程、彼の姿もまた異様だった。思えばきっとその瞬間に、彼の中で答えは出ていたに違いない。