LEGACY

Who tells my story ?

「皆、ロボットだったら良かったのに」


 そうですね、と告げられる抑揚のない言葉が暗闇の中に浸透していく。

 ほんの擦り傷であるのに、丁寧に丁寧に包帯を巻いてくれる彼女は、カルデアにいる彼女とはまた違う“ナイチンゲール”であるらしい。けれど本質は同じなのだろう。彼女にとって私は初対面であるかもしれないが、その言動の全てが私にとってはデジャヴに似た何かを感じさせる。カルデアで怪我をした事など無かったが、何れは同じ光景を見ることになったのだろうなとぼんやり思う程度には。



「貴女は人間であるべきです」

 頼りない光に照らされる野営テントの中、彼女の瞳だけがギラギラと輝きを放っている。ふいに彼女の口から告げたれた言葉の意味を思案する間もなく、最後の仕上げと言わんばかりにキュッと包帯を締められ情なく呻く。

「まぁ、例え機械であろうと私は治してみせますが。壊してでも」
「つよい……」
「……はじめてですか」
「え、あ、な、何が?」
「人の死を見るのが」

 言葉を噤んだ私を見て彼女は全てを察したのだろう。というより、最初から全て見透かされていたに違いないのだ。それはある種、忘れたかった事実を突きつけられたにも等しく、ごくり、と私はなけなしの唾を飲み込んだ。

 ――覚悟はしてきたつもりだった。止まりはしても、決して振り返ることはないのだと、リツカとともに誓ったはずだった。今もその気持ちに変わりはないが、しいて言うならこれは“怯み”なのだろう。

「本当は、そうそう見るものではありません。当たり前であってはいけない」

 “このアメリカ”は私の知るものとは大きく異なる。それは時代柄というレベルのものではない。広い大地を闊歩するのは見た事もない風貌をしたケルトの戦士と、同じように俄かには信じがたい動きをする機械の兵士。2015年においても見ることはなかったテクノロジーが、量産され兵器と化している。それらがこのアメリカの大地で何の因果かぶつかり、血みどろの争いを繰り広げているのである。B級どころかZ級映画でも見ないような組み合わせに目を疑った物だが、その余波によってこうして自らも怪我を負っているのだから認めざるを得ない。

「……あぁ、そういえばあのアーチャー……ハミルトンと言いましたか。貴女のサーヴァントだとか」
「は、はい……全くそれらしい言動してくれないですけど」

 今だって別の野営テントの中でリツカ達と今後の計画を立てている。確かに自分でも理解している程には大した傷ではない。複数のサーヴァント達の戦いを始めて間近で見て、そのあまりの“圧”に身体を持っていかれて擦りむいただけだ。身体を打ち付けただけだ。たったそれだけ、リツカの身体中に負った傷に比べたらちっぽけなものだ。

「変なことは考えないように。傷はあればあるほど良いなどと言う理解不能な戦闘狂も居ますが、無い方が良いに決まっています」
「私……今まで骨折とか……あまり大きな怪我をしたことなくて。それに例え転けたとしてもパ……親や友達がすぐに駆けつけてくれたし、薬だってどこにでも売ってて、それが当たり前で……」
「ええ」
「だから……そう、こんなに弱い精神だから、いざという時に耐えられるのか、自信が無い……」
「……貴女の様子を見て、未来はここよりも遥かに健やかで、ここよりは平和であるということが分かる。……それだけは少し安心しています」

 前に同じようなことをハミルトンも言っていたな。

「だからこそ、私は貴女を守りたい。守らなければいけない。彼……リツカもまた同じように思っている。あれはあれで治療が必要ですが、それはカルデアにいるという私に任せましょう」
「……」

「いいですか。不安も痛みの一種・・・・・・・・です。それを彼等は知らない。“彼等”は既に英雄であるから……」

 痛みを知ることだけが強さではありません。彼女はそう言って、まさに天使と見紛うほどの白い手を私の頬に添えた。ただの白い手袋であると気付いていても、そう見えてしまう程に、この状況で彼女だけが私の支えだった。

「“彼から目を逸らしてはいけない”。彼はあまりに生き急ぎ過ぎている。アメリカという大地が尚更そうさせるのか、元からなのか。どちらもでしょう。……私が一番理解できないタイプの“人間”ですね」
「へぇ……」

 カルデアにいる彼女はそんな素振りを見せたことは一度も無かった。ハミルトンがあまりに部屋から出ないので不健康だと叩き出したり(サーヴァントなのに)、よく命懸けの鬼ごっこをしているのを見るが、今目の前にいる彼女程冷めた目をしてはいなかった。本当は心の内では同じように思っていたのか、それともやはり完全に別人なのか、はたまた彼女の言うようにアメリカという土地の影響なのか――。

「少なくとも“ 私が目を光らせている内はそんな事させませんが」

 無表情のまま、私を真っ直ぐと見て彼女はそう“言ってくれた”。そのあまりの頼もしさに、少しばかり彼女が私のサーヴァントであれば良かったのに、と思わずにはいられなかったし、それを咎められる謂れもないとすら思った。



「……あの男。一体、何がそこまで不満なのか」

 しかしそんな優しい彼女は、きっと気付かなかっただろう。その言葉が、私の心に暗い靄を産んだことを。