LEGACY

Who tells my story ?

「北アメリカ大陸。“アメリカ合衆国”と呼ばれる超大国さ」

 ブリーフィングにてドクターより告げられたその言葉に、私はただ、ぽかりと口を開けた。
 次の特異点は、私の生まれた大地。

「さらに言うと……座標は1783年――アメリカ独立戦争の終わった年だ」
「……運命なんて信じちゃいないが、僕に行ってこいと言わんばかりのタイミングじゃないか」

 ハミルトンが指で軽く机を叩き、「僕等も行こう」と宣言した。彼はいつの間にかわたしの隣に立っていた。こういう時だけ耳はいいのだな、と遠くの方から声が聞こえたような気がしたが、それは自分の頭の中だけでのことだった。
 アメリカ合衆国。その言葉を聞いた時から、分かってしまったのだ。次に彼が何を言うのかも、いよいよ私が“歩き出す”時が来たのだということも。
 ――アメリカと聞いて、この人が動かない訳がないのだ。ちらりと覗いた横顔。芯の通った控えめな鷲鼻の頂点がいつもより上を向いている。

「特異点となっている今の状況は実際に行って見ないとわからないけど……確かに、勝手知る人物がいた方が心強いかもしれない。その方が“異常”にも早く気付ける」

 分かってはいるのに、身体中から溢れ出す汗は何なのだろう。微かに震える喉と拳は。
 ハミルトンは私の背をぴしゃりと叩く。しゃんと立ちなさいと、子を嗜めるような自然さで。誰にも気付かれるはずないと思っていたのに、それすら見抜いてしまうのか。――こちらを見てすらいないのに。

「その時点に作られた特異点となると、アメリカを“誕生させない”ためのものであると考えるのが定石だろう。おそらく、まだアメリカ独立戦争は終わっていないか、それとも――」

 そこに立っているのが当たり前だったはずなのに、何故こうも足は重いのだろう。故郷だなんて思えるはずがない、何故ならそこはきっと私が知らないアメリカ。まだアメリカですらない土地。――いや、そもそもの話。

「立て。僕達の国だぞ」

 そんなこと、当たり前すぎて強く意識したことなんて無かったのに。

*

「俺は反対したんだ」

 珍しく眉を顰めてぽつりと零したのは、リツカだった。

 特異点が見つかったことにより、ドクターやスタッフ達はレイシフトに備えた調整に入り、普段なら僅かでも賑わいのある休憩室がいつも以上に広く感じる。

「だってなまえ、まだ脚治ってないだろ」

 レフ・ライノールによって引き起こされたカルデアの爆発。その際に負った傷の後遺症で私の片脚は時折思うように動かなくなる時がある。とはいえ、近頃はその発作的な現象も頻度は低くなりつつあったが、リツカは下手すると毎日、顔を合わせる度に私の足元を見るのだ。

「もしもの時走れなかったら、逃げられないじゃないか」
「確かに私も足手まといにはなりたくないなぁ、この期に及んでまで」
「おい、だからそんな風に思ったことないって言っただろ」

 今度は目と口を尖らせたリツカを見ることになるとは思わず、私も困り果てた。
 卑屈な発言をしたつもりはなかった。むしろジョークのつもりだった。こちとらただでさえはじめてのレイシフトでナーバスになっているのだ。あえて自分から更に落ち込む方に足を進めようとは思わない。彼の隣でどうしたものかとおろおろしているマシュに申し訳ない。彼女から見ても、リツカがここまで言葉を荒げるのは珍しいことのようだった。

「ご、ごめん。心配してくれたのに」
「……」
「まぁまぁ大将! もしもの時は俺が運んでやるから安心しな!」
「運ぶ、って……」

 ぬっと私達の間にその巨体を挟み込み、ニカッと白い歯を見せて笑ったのは、バーサーカー坂田金時。最近、カルデアに召喚されたばかりのサーヴァントである。眩しい程の金髪が印象的だが、一応日本の英霊であるらしい。彼はバーサーカーでありながら、会話も成り立つし、少々元気があるだけで見境なく暴れるような素振りも見せない。気持ちいいくらいに豪快で、情に厚いサーヴァントだ。元より気さくであるらしい彼はリツカは勿論、私もすぐに打ち解けた。

「要するに油断はするなってことだよな、大将!」

 彼はそう言って、リツカの肩を軽く叩いた。

「……ああ、そうだよ。そういうこと」

 対するリツカは何処か腑に落ちない様子で頷く。

 はじめてのレイシフト。ハミルトンを召喚した後、シミュレータによる戦闘訓練は何度も行ってきた。リツカが特異点を修復する様も私はモニターから見てはいたのだが、実際に自分が彼の隣に立つ事等、無いと思ってた。

「無ければいいと思っていた、の間違いじゃないか」
「私のsirはほんと嫌な性格してる」
「そりゃどうも、sir?」

 じとりと睨みつけてみるも、鼻で笑われる。

「マスターに似たのかもしれないな」
「言うほど私のこと好きじゃないでしょハミルトン」
「そんなまさか」

 カルデアにきて最初にコフィンに乗せられた時は何かを考える暇などなかった。しかし今は違う。完全ではないものの、「レイシフト」が何なのか、どういったものなのかを理解した上で同じことをするのは全くもって違う重みを持つ。

「私が分解されちゃうんでしょ」
「霊子分解、だ」
「テレポートだってまだ未来の話だと思ってたのにな。リツカもいつも分解されてるの?」
「……まぁ、そうなるのかな」

 分解されて、実体化して、また分解されて戻ってきたリツカは、今目の前にいるリツカと寸分違わず同じ配合のリツカなのだろうか。そしてこれから初めて分解される私もまた、私のままでいられるのだろうか。
 怪我だって好んでする人間はいないだろう。それなのに、今から体を分解されると分かっていてここに立ち続けられるその精神。まだ私には計り知れないものである。

「あー柄にもなくセンチメンタルこと考えてしまう……それもこれも時折詩人ムーブをしてるハミルトンのせいだ」
「意味不明」

 また鼻で笑われた。「君がマスターなのだから君の方が立場は上だ」と言いつつこの態度なのだから、絶対一ミリもそんなこと思ってないよねこいつ。 

 

「なまえ」

 リツカが私を呼ぶ。

「霊子分解されてもさ、向こうで実体化するんだ。それで向こうでついた損傷は、こっちに戻ってきても同じところにあるんだよ」

 知っている。私は実際にその様を見ている。こちらの血の気もひく地獄のような数日間。忘れるはずがない。

「だから、俺は俺だしなまえもなまえのままなんだ。それだけは心配しなくていい」

 でも――。

「だから、なまえには行ってほしくなかったんだ。せめてなまえには、俺の代わりに綺麗なままでいてほしかった」

 それが彼の真意。彼の中にあった私に対する最後の希望で最後の忌み事。

「私だって、またあのコフィンの中に入るのが怖いよ」

 そして、私はこれを最後にしないといけないのだろう。


「……これが最後だぞ」
「うん、そうだね……」
「本当になまえが臆病でだめだめだったら、ずっと金時に担いでもらうからな」

 えっ、と二つの声が重なった。

 

「そ、そもそも何が最後なんだよ。なまえは今回初のレイシフトなんだろ?」
「これがお互い最後の意地の張り所という訳さ。僕らは何も聞かなかったということで」
「……そういうことかよ」