LEGACY

Who tells my story ?

「君とさぁ、決闘、してみたいんだよね」
「男を見るにしてはやけに“情熱的”な視線だったからな……。健気なことだ。随分と前から察していたとも」

 そう、獲物を見つけた時の獣のような浅い視線ではなく、その時点で既に眉間に銃口を突き付けられているかのような隙も無駄もない“プロ”のそれ。僕が死んだ後のアメリカを生きた男。ビリー・ザ・キッド。 
 ハミルトンは彼のことを、後にそう語った。彼にしては珍しい程の尊敬を込めて。


「君の実力はこの頭にも知識として与えられている。僕も銃の腕には自信があるが、君の逸話には到底敵わないと思うんだが」
「へぇ。ハミルトンは負けず嫌いだって、君のマスターから聞いていたけれど。それともこと決闘に関してはサーヴァントの身でも“古傷”が痛むのかな」
「まぁ待てよ、何も勝負を受けないとは言っていないだろうが」

「ちょろすぎでは? 何言ってんの、ダメだよダメダメ」


 あまりのちょろさに「面倒事はスルー」が基本の私がびっくりして口を挟んでしまっただろうがッ……!
 喧嘩を売ってきたのは向こうが先だ、と目をガン開き主張するハミルトンを胸ごと抑えるが、成人男性、しかもサーヴァントである彼を私一人で止められるはずもない。対するビリーは口笛を吹いて愉快そうにその光景を見ている。なんならその自慢の銃を器用に指で回しながら。この英霊、煽り能力が高過ぎるぞ。そしてハミルトンは煽り耐性が低すぎる。それは身をもって知っているが。
 決闘、という単語には男を奮い立たせるものがあるのだと、以前ハミルトンが言っていたような気がする。いつも飄々としているビリーにもそれは当てはまるということか。
 しかし、このままはいどうぞと決闘をさせる訳にはいかない。ビリーはリツカのサーヴァントだ。そしてそのリツカはいまシミュレーションルームで、再臨素材の回収に励んでいる。これが食堂で時折行われる腕試しに近いサーヴァント同士の喧嘩ならまだいいのだ。しかし、今から彼等が行うつもりなのは“決闘”。どちらかが降参するか命を落とすまで終わることのない、覚悟と幾つかの規則の上に成り立つ“誇り高き正式な殺し合い”。リアルタイムでその殺伐とした空気を味わっていた彼等が、冗談で決闘を行うことなど、おそらく有り得ない。誇りがあるから。……最悪の事態だけはどうにかして避けなければいけない。

「セコンドは僕のマスターでいいか」
「こっちのセコンドがいないけど、まぁいいんじゃない。兼任で」
「良くないでしょ」
「撃つ人間と撃たれる人間がいればいいのさ。大体、僕の時は決闘はもっと無秩序だったし。そう、まさにアナーキー?」
「オー、アナーキー! いいね!」
「こんなテンション高いハミルトン初めて見た」

 正直、気味が悪い。いや、確かに二人ともアメリカ人だし、サーヴァントとして現界した年齢も比較的近いだろう(推測)けど、こんなに意気投合するとは。そしてこんなにも意気投合した相手と、恨みも無いのに決闘するつもりとは。
 人が頭を痛めている間に二人の距離は開き、いつの間にか銃を構え背中合わせになっているではないか。行動力の化身……!
 と、ここで奇跡的に私の脳裏に、ある情景が走馬燈のように浮かびあがる。「英霊には弱点がある」そう語るダ・ヴィンチちゃんの言葉だ。

 「英霊には弱点がある」「死因が、その英霊の弱点となる」「運命は帰結する」

 ……つまり、死ぬのでは? もし今ここでハミルトンがビリーと決闘を行った場合、彼はアーロン・バーとの決闘を再現して死んでしまうのでは――?

「ま、待った!」

 寸でのところ。お互いにトリガーに指をかけた状態。あと少し力を入れたら発砲されていただろう。「馬鹿じゃないの」とキレたくなる気持ちも、この身が引き締まる程に緊迫した空気の中ではすぐさま萎んでいく。

「……sir? 決闘をするならセコンドの他に、医者も呼ぶ必要があるって言ってたよね?」
「……僕の時代ではそうだな」
「よし、分かった」

 わかったよ……。私じゃどうすることもできないって。



「――と、いうことでナイチンゲールさんを連れてきました」

 猪突猛進サーヴァントを止めるには別の猪突猛進サーヴァントをぶつけんだよ!

「理由もないのにこのご時世に決闘などしようとする救いようのない患者はどこですか? 頭を丸ごと治療します」

 …………。

「あれ……いない」
「……ほう」

 逃げましたね、と並々ならぬオーラを纏った看護師が呟く。その手にあるものを見て、そういえば彼女もまた“ガンマン”であったことを思い出した。それも、一度飛び出したらどこまでも相手を追いかける追尾式の、弾丸そのもののような人だったと。


「流石というか……私、サーヴァントが逃げるところ初めてみました」
「そうなのですか? 逃げますよ、時にはサーヴァントだって。……私は逃がしませんが」
「ヒェ……」

 彼女の指はまだトリガーにかかったままである。


 

*


「ハミルトン、どうして君は決闘で死んだんだい?」
「弾が当たったからに決まっているだろう」
「ふーん。まぁそりゃそうだね。急所に当たっちまったら誰だろうと死ぬしかない。特にあの時代はね。――けどさ、撃つつもりなんてなかっただろう? さっき“も”」


 分からないとでも?と元より切れ長の目を細めてうっそりと笑う。


「何のことだ」
「やだなぁ、銃の構え方も先を見据える瞳も、瞬時に軌道を計算できる頭も、君はいいものを持っているじゃないか。なのにどうしてアーロン・バーが生きていて、どうして君は死んだのか? って聞いてるんだよ」
「知るか。バーに聞いてくれ」
「ここにきて急につれないねぇ」


 髭も生やせないような少年の顔。その皮膚の下にどれだけの“修羅”を詰め込んでいるのだろうか。時折彼の目から、口からその片鱗が見え隠れする度に惚れ惚れする。


「誰が生き、誰が死ぬのか。それを一個人が見極められるとは思っているのか? ビリー、君は自分の死を運命だと思うかい?」
「……んー考えたことないなぁ。特に後悔もなく好きなように生きたし」
「そうか、それはとても素敵なことだ」
「君のそれは運命じゃないと?」
「運命なんてない」
「――あぁ、なるほど。だから君は突っ走れたのか。……そうするしかなかったのか」

 彼はどうやら勝手に理解し勝手に納得したようで、業とらしく手を叩いてみせた。
 聞けば、きっと彼は自分が得た答えを喋るだろう。それは僕自身も理解している答えに他ならないのだろう。けれど、それを知ったうえで、僕は敢えて提言するのだ。あれは「運命」なんかではないのだと。

「ハミルトン、やっぱり君はとんでもなく頑固だね。なら運命的だと思うことすらも君にはないんだ?」
「無いね」
「……へぇ、本当に? 今この瞬間にも?」


「少年よ、此度出会えた記念に教えてあげよう。運命などない。ただ、“歴史”だけが僕らを見守っているのだよ」



 全ては“後出し”なのだ。



「じゃんけんならいいけど、決闘なら負けだぜ。それ」



 少年はさもおかしそうに笑う。