LEGACY

Who tells my story ?

 『パパ、ママ。お元気ですか? 私は以前ほど塞ぎ込むことはなくなりました。何故ならそれ以上に大変なことが増えたから。少しは前進したと思いたいものですが、そう簡単に全てがプラスに変わる事はないんだと痛感しています』

「指示が遅い。判断が遅い。足も遅いしついでに短い」
「女の子やぞ」

 ……おかしいな。生まれも育ちもニューヨーカーなはずの私の口からジャパニーズダイアレクトがすんなり出てくるなんて。

 

 サーヴァントを召喚してから、私のカルデアにおける生活はがらりと色を変えた。勿論そうなる事も予想した上で、覚悟を決めた上で臨んだことだ。しかし、それをも上回る新常識と喧騒、そして苛立ちが私を襲う。全部が全部、彼のせいである。
 アレクサンダー・ハミルトンという男は、私が今まで対峙したことの無いタイプの性質を持っていた。よく言えば真っすぐで、悪く言うと頑固だった。どうしようもないほどに。
 唯一救いがあるとすれば、まだ会話は成り立つという点だろうか。リツカのサーヴァントの中には「バーサーカー」というクラスに属する者達がいる。私も何度か関わったことはあるが、皆常人では耐えきれないオーラと視線で此方を射抜いてくる。そして話が成り立たない場合が殆どなのだ。それを考えると、正直アーチャーで良かったとほっとしている。(だからといって彼が此方の話を聞いてくれるかと言うとまた話は変わるのだが。)

 『彼の一日は、その殆どが机の上で何やら書き殴っているか、分厚い本を黙って読んでいるかで、よくやるものだと感心します。対する私は、彼の放り投げた紙屑をもう一度その背に投げたり、彼の手からペンを盗んでは隠したりなどして日々を過ごしている。でも、幼稚だと、笑わないでほしい。だってここに至るまでには実に幾日かの過程というものがあって、その忍耐の結果がこれなのだから。私なんかのために来てくれた“ヒーロー”様様だからと、どんな言動にも耐えた結果。何度だって繰り返すわ。「彼は私と同じでどうしようもないほどに頑固だった。しかも全く逆の方向に」ね。』

 ここまで書いて、一息を付きペンを置く。
 そもそもこのペンは私のものである。正式にはダ・ヴィンチちゃんにもらったものであるが紛れもなく今は私のものなのだ。なれば盗んだというよりはあるべき場所に帰ったというほうが正しいだろう。該当する箇所をぐるぐるに塗り潰してから、その下の単語を書き直した。
 悔しい話、常に何かを書いている彼に触発された可能性を否定することはできない。私は時折消えるペンをその都度取り返しては、その苛立ちをぶつけるように彼が残した紙にその一部始終を綴った。紙に書くと、その人の気持ちは昇華されるという説もあるが、私の場合は手紙の体で日記を書いているだけといってもいい。現状、他に娯楽もないのだから書面の中に現実逃避したって許されるだろう。

「ハミルトン、貴方は何をするために現れたの」
「“Servant”である僕が君に問いたいくらいなんだが」

 “サーヴァント”である彼を顎で使いたいなんて気持ちは一切無いが、だからといって、出会った時から一度たりともこちらが有利に立てたことがないというのは解せない。彼は口がよく回る。いつだって自分が正しいと思っているに違いなく、実際にその殆どの弾丸を私は言い返すことが出来ずに胸に埋める。彼の中にはしっかりと立つ芯があり、そしてそれは私にはきっと無いものだ。
 最初に、彼を視界に入れた時、何となく親しみを感じたのだ。故郷の空気、発音の仕方、その人当たりの良さそうな笑顔に。けれどそれ以降、彼に対する印象は前述した通りガラッと色を変えた。私のこと、「愛しい子〜」だとかなんとか歯の浮くようなセリフを言ってたのはどこのどいつだよと、詰め寄って揺すりたい程には。

「あれはあくまで“僕の愛するアメリカで生まれた子”という意味だぞ」
「ナチュラルに人の心を読んじゃうのも“Servant”としてどうなの?」

 しかしアメリカ、とは。定義が広すぎて若干の呆れが顔に現れてしまっていないだろうか。対して彼は至極真面目な顔で見つめてくるものだから、そう思ってしまう私が間違っているのかと少し不安になる。彼の頭が良すぎて私が理解できないだけなのか、単純にカテゴリとして分かり合えない存在なのか。前者と後者の差は大きい。

 それより、と彼は少し眉を潜めて続ける。

「君にはレディとして必要なものが欠如しているぞ」

 などと更に足りないものがあるのだと告げられる。たまったものではない。

「……古い、古いわその考え方。今のアメリカじゃお淑やかな女の子なんてモテないの!」
「別にお淑やかになれとは言っていない。僕の義姉も常日頃から口にしていた。“コモン・センス”の一文、“We hold these truths to be self-evident that all men are created equal.”我々は以下のことを自明の真理として信じる、すなわちすべての人間(男)は平等に創られているということに女も入れろと……そう発言できるのは彼女に知識があったからに他ならなくて――」
「“コモン・センス”?」
「……トマス・ペインを知らないのか」
「聞いたことはあるかもしれない」
「……」

 何よその目は。きゅっと睨み返すと、彼は緩やかに首を振って「本を読みなさい」、と。まるで親が子を窘めるような鋭くも、温い声色で言うものだから、少しばかり怯んでしまった。


 『ハミルトンは生きた時代柄もあってか、然程背が高い訳じゃない。むしろ現代のアメリカ人と比較するなら平均かそれより下くらいの身長だと思う。確実にパパより身長は低い。それでもいつも大股で、早歩きで、その歩幅に合わせるのが難しいというのはなんとも理解し難い。彼が言ったように私の足が短くて、彼の足が長いだけなのか?それだけではない。視線だって、合わせようと思えば容易に合わせられる差のはず。だというのに、彼はいつも本ばかり見ている。』

 悪い人でないことは分かっているのだ。分かっているからこそ、面倒なことだってある。ただ、単純に相性が合わないだけ、なんてそんな。
 リツカを見ていると、よく分からなくなる。マスターとサーヴァントの関係性は何が正しくて、何が間違いなのか。最初にカルデアに来たときはただその状況に絶望しきっていて、まさかこんな悩み事が増えるなんて思いもしなかった。

『だって、彼はあまりにも人間過ぎる』

 

sincerely,me.心を込めて、私より

 

 最後に、私は決まり文句を書き入れて天井を仰ぐ。
 そういえば、手紙の宛先はどこにしたらいいのだろう。誰か教えて欲しい。