その光景は、目を見張るものだった。
あの黒尽くめの男に対峙するのは、見覚えのある背中。LDSエリート三人組。そしてその前に並ぶ6体ものモンスター。つい二度見してしまったが、その中には私自身、何度も苦しめられたモンスターもいた。主にプレアデスとかプレアデスとか名前を覚えてないけどそのズッ友みたいなモンスターである。
デュエルディスクに映し出されるモンスターの名前、そしてそれらの攻撃力の高さからして、それぞれのエースモンスター達だと分かる。ターン数は……決して多くはない。短期間でこの状況を作り出したというのだろうか。自分とは桁違いのデュエルに少し身震いをした。改めて、LDSのレベルの高さを実感したのだ。
登録されたプレイヤーの名前、そこには「黒咲隼」と表示されていた。黒咲、隼。残りライフは僅か10。逆にどうしたらここまで削れるのかと問いたい。末恐ろしい。
対する黒咲は、圧倒的不利な状況であるにも関わらず、その表情は依然として涼しいものであった。そっと物陰に隠れてその様子を伺っていると、黒咲がその口を開いた。それは重々しく、奥底でふつふつと何かが燃えているような、声だった。
「やはり貴様らのデュエルには、鉄の意志も鋼の強さも感じられない」
「何だと!」
吐き捨てるように発せられた言葉は、あまりにも挑発的で、何より彼等のデュエルを侮辱するものであった。
「崖っぷちまで追い込まれていながらよく言うよ」
しかし、ただの強がりには見えないのも確かで、三人の間に緊張が走ったのが端から見ても伝わる。
「そう。俺達はまさに、絶体絶命の崖っぷちに追い込まれている」
彼は何を言っているんだ、と顔を見合わす三人が見える。私はユートから聞いた話を思い出す。おそらく彼の妹の事が関わっているのだろうが、それにしたって、LDSに対する憎しみが強過ぎるのではないだろうか。
獲物を威嚇し、狙いを定めたときのような、鋭い目。あの金色の目が、またぎらりと輝く。
「だが、そこから必ず立ち上がる! そして最後には敵を圧倒し、殲滅する! ……俺のターン!!」
苦しむような叫び声とともにカードをドローする。その声に驚いたのか、近くの屋根に止まっていた鳥達が一斉に飛び立っていくのが見えた。
「魔法カード、《ディメンション・エクシーズ》を発動!」
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《ディメンション・エクシーズ》
通常魔法
自分のLPが1000以下の場合に発動できる。
自分の手札・フィールド・墓地に同名モンスターが3体
揃っていれば、 それらを素材としてX召喚できる。
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「俺は墓地のバニシングレイニアス3体でオーバーレイ!」
「雌伏のハヤブサよ。逆境の中で研ぎ澄まされし爪を上げ、反逆の翼、翻せ!エクシーズ召喚、現れろォ!!ランク4、《RR-ライズ・ファルコン》!!」
青い雷鳴の中で、燃えるような赤い光を見る。甲高い鳴き声は、空を舞う鳥のそれだった。段々と晴れ行く暗雲のなかから見えた大きな爪は、その光を反射して鋭く光る。機械のような、大きな鳥だった。
「って、攻撃力100……?」
見た目と、その素材の多さには似合わない攻撃力に驚いたのは私だけではなかったらしい。思わず、といったようすでそう零した志島に、心の中で同意する。大概、こういう場合は効果がトンデモなかったりするのだが、それにしたってたった一体のモンスターでこの状況を覆せるはずがない。この状況で、彼等が負けるはずはないと、そう、思っていた。
「このモンスターは場に特殊召喚されたモンスター一体につき、一度ずつ攻撃することができる」
「何が殲滅だ! そんな攻撃力で俺達を倒せるはずねぇじゃねぇか!」
「《RR-ライズ・ファルコン》の効果発動!」
しかし、彼には、黒咲にはそれを覆すほどの、強さがあった。怒りとともに沸き上がる、火山のような、爆発的な強さが。
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《RR-ライズ・ファルコン》
ランク4/ 闇属性/鳥獣族/攻100/守2000
ATK/ 100 DEF/2000
(1):このカードは特殊召喚されたモンスターにのみ攻撃でき、
相手フィールドの特殊召喚されたモンスター全てに1回ずつ攻撃できる。
(2):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。
ターン終了時まで、このカードの攻撃力は相手フィールドの特殊召喚
された表側表示モンスターの攻撃力の合計分アップする。
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テキストを二度見した。特殊召喚されたモンスターの攻撃力の合計とは。彼等三人のモンスター6体全てが特殊召喚されたモンスターで、どれもがエース級モンスターである。そして……デュエルディスクの画面上に自動計算されて出てきた数字に血の気が引いた。
「16400……?」
「全ての敵を引き裂け!ブレイブクロー レボリューション!!」
炎をまとったライズファルコンが、三人に襲いかかる。この感じは、と頭が真っ白になる。この感じは、沢渡とユート戦に感じたものに似ている。やばい、と思った時には既に遅かった。やはりその衝撃の強さはまさしく本物で、攻撃を受けた三人は吹き飛ばされ、地面に叩き付けられていた。
呆然と、その姿を眺めていた。あの時のように、そのデュエルの恐ろしさに恐れを成したのではない。あの、三人が目の前で負けるところを見てしまった。たった、一人の相手によって。
ふつり、と何かが湧きたつような感覚――。
気付けば日は完全に落ちていた。静けさを取り戻した路地に、数人の足音が響く。それは、起き上がる様子のない三人に駆け寄ろうとする私を静止させた。
「雑魚の相手はもう沢山だ。お前らのボスを連れて来い!!」
黒咲の声に物陰から顔を出す。その先にいたのは、LDSの中……島?磯野?野球しようぜ?……名前は忘れたが、赤馬社長の補佐をしている男性と、数人のLDS教師達だった。騒ぎを聞きつけてやってきたのだろうか。
「私ならここにいる」
そしてさらに後から歩いてきたのは、赤馬零児。LDSの、若き社長。
「……なまえ、いつまでそうやって隠れているつもりだ?」
「貴様は……この間の」
突然の指名に肩が揺れたのはいうまでもない。何でその角度からバレたんだ……あの眼鏡透視機能でもついているのか?聞きたいことは山々だが、それよりも今は志島達のことが一番だ。どうせバレたのだからと立ち上がる。
「彼等のことは心配しなくていい。ちゃんと我々で保護する」
そして、黒咲の方に向き直った彼は、とある提案を持ちかけるのだった。
*
「君はどう思った?」
静かな車内で、先に口を開いたのは、赤馬社長だった。
まさかこんな立派な車で家まで送ってくれるとは思いもしなかったが、ここまでの息苦しさを味わうくらいなら、歩いて帰った方がよかったのではと、正直思い始めていた時だった。
「どうって……」
「彼のデュエルだ」
「はぁ、強いとか凄いとか、小学生並みの感想しか出てきませんが……」
ただ、彼等が負けるのは、見たくなかった。正直な感想。それを思わず口にしてしまったのは、じっとこちらを見つめ続けるその瞳の魔力かもしれない。
「以前会った時、私は君に言ったな。『MCSに出場しろ』と」
「……黒咲のようにね」
「調子はどうだ」
「あと、2勝というとこまでは、なんとか」
「そうか」
彼はそれが当たり前と言わんばかりに私の言葉を飲み込んだ。瞬間、手に込めていた力が抜けた。別に褒めて欲しいとか思ってはいない。しかし、それは彼にとっては当たり前のことなのだ。そもそも、彼の立場上、私の勝率など調べようと思えば調べられるはずだ。きっと、その紫の目で、遥か上から今も私を見透かして、そして――。
「私は君と似た考えをしている。いいか、なまえ。結果が全てだ。だから私は君がどんな手段を、道を選ぼうとも構わないと思っている」
「え?」
「君が、あの人のデッキを使っていようとも使っていなくとも」
そんなことも知っているのか。やはり食えない人である。
「最終的に私の歯車のひとつと成り得るのであれば、君の意志を尊重しよう」
「それはおかしな話ですね。……人のことを歯車という割に、『意志』だなんて」
「なまえ」
この人が、分からない。私の名前を呼ぶ時、どこか遠くを見るように目を細めるのは何故なのだろうか。
「もし……もしも仮に、君が辛くなる結果にたどり着いたその時は、私が責任を取ろう、必ず」
分からない。この人は、一体私に何を期待しているのだろう。何を見ているのだろうか。……誰を、見ているのか。
「なまえ、強くなるんだ」
「……言われなくても」
少なくとも、彼が敵でなくて良かったと思った。……今は。