Something That I Want
リドルに続き、レオナ・キングスカラーがオーバーブロットした。
彼の姿に思うところが無い訳ではない。彼が第二王子であることを考えれば、何かしらそれに対しての不満が学園での態度にも現れているのだろうということは薄々感じていた。しかしそれだけ。サボりがちのため寮長会議でもほとんど会うことはないし、これと言うほどの接点はなかった。
それでも、少なくとも“学園では“満ち足りている”ように見えていたため、オーバーブロットするほどのモノをその腹の内に溜め込んでいたなんて思いもしなかった。(――リドルの時も思ったことだが溜め込むだけの魔力があるだけ羨ましいとも思う。なんて口にしたらそれこそ砂にされるだろうか。)
結果的にはその場にいた全員でオーバーブロットしたキングスカラー先輩を抑え込むことを成功した。
髪も制服も砂塗れになったし、多少痛い思いもしたが、何はともあれ、結果的に無事マジフトの大会に出られることになった。あくまで特別枠ではあるが、それでもただ黙って観戦するよりはずっと良い。
チームの代表は唯一の2年である私だ。初めて寮長権限を自分が望む形で使えるのではないだろうか。とは言え魔法が使えない者と、1年生、そしてゴーストと言う付け焼き刃にもならない即席のチームだ。他寮の生徒を預かっていることもあるので、出来ることを出来得る限りやるしかない。
この際、散々迷惑をかけられたキングスカラー先輩withサバナクロー寮にはここでストレスを発散させてもらうことにするわ。勿論、キングスカラー程の魔力と、サバナクロー寮の生徒達の体格を考えるとこのメンツで勝つ確率はゼロだ。しかし彼はつい先程オーバーブロットしたばかり、一矢報いるくらいは出来るはず。オーバーブロットしたばかりだということは観客は知らないし。今まで出たくても出れなかった私からすれば初めての実戦。これくらいのハンデは許されて然るべきよ。
などと、思っていたのに。
「ぎゃー! 死ぬ!」
「……ふん!」
「あっまたディスクが変な方向に!」
グリムの言葉を借りるとするなら、私だって1点くらいはゴールを決めたい。少しは実績を残しておきたいのに、なかなかそうさせてくれない状況だった。
「みょうじ先輩〜〜! ありがとうございます」
「いいからユウはグリムを!」
「ふな!? オレ様一人で十分なんだゾ!」
「みょうじくん邪魔っスね〜。魔法じゃなくて物理で打ち返してくるし。これ野球でもテニスでもないんですけ、ど!」
一応魔法で反射させているから反則では無い。
「うちの後輩ばっか狙ってるからでしょう、がっ……!」
「いやぁこれも戦略なんで。俺等ただでさえ疲れてるから頭数は減らしときたいんスよ〜、シシシッ!」
これだから……グリムはともかくユウの参加は反対したのに……!
ラギー・ブッチがやたらとユウばかりを狙ってくる。直接的ではなくパスを回すそぶりでうまいこと調整しているのがいやらしい。しかしそれを私が防いでいるため、結果的に相手チームもうまく点に繋げられていない。狼の耳をした生徒が呆れた様子で私たちのやりとりを見ている。お前の先輩だぞ、なんとかしろ。
物を浮かすだけの魔法であれば大した魔力も必要無いし、エースやデュース、グリムのような一年生でもある程度はできる。私も派手な魔法を使う余裕は無いが、持続的に消費する魔力量を抑えれば大体のことは可能だ。しかしユウは違う。彼は魔法自体が使えないのだから、当然ディスクを運ぶことはできない。それを知った上で彼は参加したいと言ったのだ。できることは元より少ない。せめて、たまに敵と味方を間違えるグリムの補助をしながら、基本は怪我をしないように後ろに下がらせておくはずだったのに。
「いやぁ、でもまさか、あのみょうじくんが後輩を守るために奮闘するなんて、健気っスねぇ!」
「どのみょうじ君だよ。大して話したこともないだろ。……ならこっちもあんたを一番に潰させてもらうかな」
「ゲ、こっち怪我人!」
「それに関してのクレームは寮長に言え!」
知ってる? ディスクこれ一応金属製なのよ。防御魔法も張れないユウじゃ怪我どころか下手したら普通に死ぬから。……なんて、おそらくそれを理解した上で、私が届く位置を通してパスを回そうとしているんだろう。本当の狙いはユウでなく、唯一の2年生である私をさっさとバテさせて徹底的に封じたい訳だ。いい性格してるな本当に! この学園の奴らは!
「――おいラギー、ちんたらしてんじゃねぇ。点取るぞ」
「!」
レオナ・キングスカラーの掛け声によって、ラギーだけでなく相手チームの選手全員の顔が変わった。
「前哨戦とは言え、少しくらいは観客を盛り上げてやらねぇとな?」
彼のマジカルペンを中心に、無より幾つもの葉が風と共に現れる。木属性の魔法だ。次第にそれは光を渦を巻き、デュースが受け取ろうとしていたディスクすらも吸収した。――オーバーブロットしたばかりだと言うのに、なお素晴らしい魔力量とその精度だ。
その後のことは想定しやすかった。呼吸と同じだ。吸収したのであれば次は放出。おそらく彼のことだ、ゴールまで一直線で魔法と共にディスクをぶっ放すつもりなのだろう。
「デュースとグリム、ゴール前!」
「ふな!?」
「は、はい!」
ゴーストとエースにはそのまま前衛にいてもらうとして、自分はどうするか。と、振り返った時だった。
「フェル――! ……!?」
即座に口を押さえ込むように手で覆う。この瞬間、自分の発した音の意味が、自分で理解が出来なかったからだ。我ながら間抜けなほどに、大袈裟な動作だったと思う。口を塞ぐという行為のためだけに、片手を自ら封じてしまった。
『そうやって都合が悪いとすぐに口隠す! 悪い癖だよ』
頭の中で流れた声。ビデオを巻き戻しするような感覚が頭の中をぐるぐると駆け巡る。私は今、レオナ・キングスカラーを、誰と重ねた? 罪悪感とも羞恥心とも言い切れない濁った感情が冷や汗とともに溢れてくる。いや、重ねただなんて思いたくはない。なぜなら、その二つは全く似てはいないのだ。
では何故、今。一体何がきっかけだったのか。
草の匂い。眩しい日差し。光がディスクに反射して彼の髪を照らす。編み込まれた髪が風に揺れている。緑色の瞳――それがこちらを見据えている。
ほんの些細なこと。本来なら、例えそのどれか一つに意識がいったとしても“彼”を思い起こすことなどなかっただろう。けれどその時全てが、その些細な事象の全てが奇跡的に頭の中で繋がってしまったのだ。この場にいるはずがない人に、一瞬でも見違えてしまった。
今ならそう理解できるが、その時は自身の意識のコントロールが出来なかったと言う事実に、ただ茫然と立ち尽くすことしか出来なかった。
「みょうじ先輩危ない!」
エースの声が前方から聞こえたが、その時はすでに遅く、レオナ・キングスカラーの放ったディスクがこちらに向かっていた。慌てて防御魔法で対抗するも、僅かに逸らしきれなかったディスクが肩を掠めていった。小さく呻くが、マジカルペンを構え、すぐに体勢を立て直す。
軌道が逸れ、多少勢いの落ちたディスクをゴール前で張っていたサバナクローの選手がゴールへ導いた。
「先輩、大丈夫ですか?!」
「……これくらい余裕!」
わざわざ寄ってきて声をかけてくれたユウに対してなんでも無いよと手を上げて見せる。別に強がりではない。直撃していたら危なかったかもしれないが、実際に今のところ大して強い痛みではなかった。
レオナ・キングスカラーを、再度見た時、やっぱり彼は彼でしかなかった。
「……ラギー、ユニーク魔法使ったのか?」
「本戦でもないのにそうホイホイと使えないっスよ。ただでさえガス切れ状態なんスから」
「その割にはやけに余裕みたいじゃねーか」
「いやぁ、みょうじくんと遊ぶのが楽しくってぇ」
「……そーかよ」
*
エキシビジョン戦は結果としてサバナクロー寮の勝利で終わった。全体を通してみれば、意外にも昔は自称名選手だったと言うゴースト二人のおかげである程度奮闘出来たと言っていいだろう。悔しいがうちの寮のMVPは彼らだった。普段は寮で騒いで睡眠を邪魔したりとで非常に迷惑な奴らだと思っていたのだが、少しだけ認識を改めたいと思う。だが最後まで私に粘着し続けたラギー・ブッチ、お前だけは絶対に許さない。
これからは本戦が始まるため、早々に控室を後にしそのままユウ等と観客席で寮対抗戦を観戦することになった。走り回って私が知らぬところで転けたのか、見た目では私以上にボロボロだ。
相変わらず名門と謂われるだけ有り、観客席はどこも埋まっており、アズールが担当していると言う飲食ブースも随分と繁盛しているようだ。観客の中にはメディア関係と思われる者や、ロイヤルソードアカデミーの制服もチラチラと見えた。
「みょうじ先輩とあんまり話したこと無かったっすけど、めっちゃ動けるんですね。どっか部活入ってるんすか?」
タオルで無造作に汗を拭き取りつつ、不思議そうな顔でエースが言う。その横で、彼の友人も視線だけこちらに向けてきた。エース・トラッポラとデュース・スペード。彼らのフルネームを知ったのはつい先程の話だ。
「どこにも入ってない」
「はー!? もったいな! ……もうちょい身長あればバスケ部誘ってたのに」
「失礼すぎるな? それに、部活には入るつもりないんだ。誘ってくれたとこ悪いけど」
「……そうなんですか? マジフト部とか……今日も結構楽しそうに見えましたけど」
「マジフト自体、やるのが久しぶりだったからね」
「えーバスケ部、見学だけでもどうっすか? ジャミル先輩とか、フロイド先輩とかもいますよ。あの人なげーったらな……」
「絶対に行かない」
「即答かよ!」
部活には元より入るつもりはない。部活によっては物理的に着替え等、リスクの高いシーンが多いからだ。それに、授業に遅れを取らないように人一倍魔法の勉強もしなければいけないし、国に帰った時のために兵士としての鍛錬の時間も必要だった。そういった意味では、一度だけ馬術部の様子を見に行ったことはある。
「それに比べてユウはさ……」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらエースがユウを見遣る。
「帰宅部なめんな……足の速さだけは自信あるよ! スタミナ無いけど……」
「ユウも頑張ってたぞ。僕と同じ陸上部に入ったらいいんじゃないか」
「でもグリムが部活に興味ないからなー」
「頑張ってもツナ缶もらえないならやる意味ないんだゾ」
「まぁできる競技にも限りあるしな……」
「でも楽しかったですよね、先輩」
「……そうだね」
*
試合と応援で疲れて気絶した(爆睡ともいう)ユウとグリムをエース達に任せて、代わりに目が覚めた頃に迎えに行く予定で一度オンボロ寮へ帰ってきた。
肩の怪我のこともあり私も誘われたのだが、彼らと主に保健室に行くのには問題があった。今は変身薬をもっていないからだ。
剣の鍛錬や喧嘩で傷を付けることは少なくない。軽いものであれば自分でなんとかするが、他者からつけられた傷はコントロールが出来ないためなかなかそうはいかない。生活に支障を来すレベルの怪我を負った時は泣く泣く貴重な変身薬を使用してから保健医の世話になるようにしていた。
今、保健室にはマジフト大会で奮闘した結果負傷した者達で溢れていることだろう。少なくともあらゆる意味で今日は満身創痍のサバナクロー生がいることは確かだ。
……それに、何ていうか。
『しかしあんたら二戦もしたのにあれだけ抵抗するとはな。シンプルに強いよなぁサバナクロー寮って』
『へへ、来年こそはディアソムニア寮をぶっ倒してやるぜ』
『いや、それはうちのチームが――』
あの、何かしら達成したという空気感。ぶっちゃけ……凄く苦手なんだよね。苦手っていうか嫌い。嫌いだわ。どういう顔して立ってればいいかも分からないのだ。
男なら、一回拳を交えればトモダチだぜ!みたいな少年漫画みたいなやつ。私は女だから通用しないんだろうか(この「謎の空気感」が男特有のものとは思っていないが)。この学校でもイベント毎の後には結構な確率で見かけるんだよな。そんなこと言っても次のイベント始まる頃には寮同士で歪みあってるんだから馬鹿らしいとしか言えないだろう。協調性がないのがナイトレイブンカレッジの特徴なんだから、そこをもっと伸ばして行こうよ。知らないけど。
と、そこでふと去年のマジフト大会でもこういう光景を見たことを思い出した。あの時は観客として見てたけど――。そうだ、そこで面と向かって話したこともない(相手が姿を出さない)イグニハイト寮長が、一度だけ私に対して呟いた言葉を芋づる式に思い出した。「陰キャとしての親近感とぼっちとしての信頼感がある」。タブレットから音声しか聞こえなかったが、その声には確かに色が乗っていた。その不気味さに少し震えたのも覚えている。そういえばあの頃から、寮長会議の度に私の横の席にいるんだよな、あのタブレット。勝手に親近感を感じるな、そのまま離れてろ。
とにかく、会場や廊下であの様子なのだから、保健室でも同じような光景が繰り広げられているに違いない。極力近寄りたくないな、と思ったのも理由のひとつだった。
日もすっかり落ちた頃、そろそろユウも起きただろうし迎えに行くかと、ソファーから立ち上がった。ジャケットを着る際に上げた肩に少しだけ、鈍い痛みが走る。軽く舌打ちをして、少し迷った結果一瓶だけ変身薬をポケットに忍ばせて、そのまま寮を出た。
これ以上、些細なミスは犯せない。既にユウとグリムには女であるということはバレてしまっている。それが問題だ。彼らの記憶消す薬を調合しようと思った時もあったし、何なら今も図書館から複写してきたレシピが机の引き出しに入ったままだ。
一度生まれてしまった小さな綻び。そこからどう広がっていくのか、どう解れていくのか予想することは難しい。いつの間にか死角が生まれて、私が思いも寄らないような状況で完全な穴になる可能性だってある。1年と数ヶ月。あらゆる努力と苦労によって隠し通してきたのだ。それを無駄にするわけにはいかない。
「なまえ! なまえ……姉さん!」
なのに、なのに。まさか、これまでの苦労がその元凶によってぶち壊されるなんて、思う訳ないじゃないか。