※七夕記念。本編より先の未来かもしれない話


 
「まさか七夕にテラナイトの新規が出るとは……なんて粋な」


 きゅっと握りこぶしを作って微かに震える彼を見て、私は「テラナイトォ?」と間抜けな声とともに首を傾げた。彼のもう片方の手には、星のように光り輝く一枚のカードがあった。
 講義が終わりそそくさと家に帰るつもりだった私を呼び止めたのは、なんと、あの志島北斗だった。そこそこ付き合いは長いのにそれでも距離をとって“あの”と付けるのにはもちろん訳がある。――私は彼にあまり良く思われていないという自覚があった。割愛するが、身に覚えがあり過ぎるのでこちらとしてもどうしようもない。
 そんな志島が私を「パック買いに行こう」なんて当たり前のように“普通過ぎる”理由だけで誘ってきたのだから、持っていた缶ジュース(2割くらいしか飲めてない)を片手で潰すくらいには動揺してしまったのも仕方の無いことだろう。幸い服は汚れなかった、が、廊下を濡らして先生に怒られたのは言うまでもない。

 志島の気分が良い。見るからに浮き足だっている。その理由は……と再び彼の手にあるカードに視線を降ろす。新発売のパックの中で一番欲しかったカードらしい。それが単体買いしたパックから出たとなればそりゃ嬉しさもひとしおだろう。きらきらと光る文字は反射して読みにくいが、漢字らしい文字が入っている時点でどうみても私が良く知るそれではない。
 近くの公園のベンチで残っていたパックを開封するのを手伝う。まさかこいつ、中学生の分際で箱買いするなんて思わなかったんだぜ。しかも予約してたなんて、用意周到過ぎるだろう。
 
「志島のデッキってセイクリッドじゃん」
「そうだけど」
「でもその……テラナイトって奴も好きなの?」
「……君って、以前から思ってたけどさ」

 志島はそのきらきら光るカードから視線を上げて、その目で私を射抜く。

「視野が狭いよね」


 彼は自らのこめかみに両手を添え、少しだけ目を細めながらそう続けた。それ私の真似って言うなら怒るよ。


「ひとつのデッキしか使っちゃいけないなんて誰が決めた? デュエルモンスターズは多様なカテゴリや種族が存在するゲームだよ。色々試さなきゃ、勿体ないじゃないか」
「そういう発想が私にあると思ったのが間違いだわ」
「威張るなよ」


 呆れたようにため息を吐かれましても。私と君とじゃ根底から考え方が違うでしょうよ。


「それに相手のデッキの弱点を知るために、時には自分自身で回してみることで新しい発見が得られる場合もある」
「ああ、相手の立場になって考えてみよう、って奴ね」
「まぁ、そういうことだね。カード1枚1枚の“限られた動き”を把握さえしておけば対応も楽なのさ」


 思えばデッキやカードにこだわったことなんて無かった。嫌々LDSに通っていた頃はあり物でとにかく攻撃力の高いモンスターばかりをデッキに入れていたし、今は今で兄のデッキだからと嫌いな昆虫族デッキを使っている。こだわり、というか執着しているのは精々ダンセルくらいのものだ。(あれはまた意味が違う気がするが)
 対して志島はといえば、その髪飾りからしても明白だが星が好きみたいだ。名前は体を表すとはよく言ったものだ。彼の北斗という名前にも、その思想にも星座をモチーフとしたセイクリッドというカテゴリはぴったりとはまっているように思う。


「現に僕はテラナイトデッキも持ってる……まぁこれは、どちらかというとコレクション的な意味合いの方が大きいけれど」


 もちろん一番の相棒はセイクリッドだけど、ともう一つのデッキケースに触れながら彼は笑う。
 ふーん、と感心していると志島はいつも使っているものとは違う、白いデッキケースを鞄から取り出した。これだよ、そういってベンチの上に広げたカードはどれも青白く、時には虹色に輝いている。金の装飾が施された白い鎧を纏う、凛とした戦士達……その姿は目に焼きつくほど対峙してきたセイクリッド達とよく似ていた。
 ふと目についたカードの名前に私は声を上げる。


「《星因士 デネブ》、《星因士 アルタイル》、《星因士 ベガ》……? 夏の、大三角……だっけ?」
「よく分かったね」


 やった、と小さくガッツポーズする。志島に褒めてもらえることは滅多にないので、こんな事でもすぐに調子にのるちょろい人間である。ついでに自慢すると私はどこからでもオリオン座を見つけることが出来るのだ!っていうかオリオン座くらいしか見つけられない、他は知らん。許せセイクリッド……プレアデスとトレミスは私が許さないけどな。理不尽。


「へぇ、やっぱりテラナイトも星関係のカードなんだ」
「やっぱり?」
「ん? だって志島、星好きなんでしょ?」
「ああ、うん。好きだよ…………あまり意識したことなかったけど」
「は」


 嘘つけ、意識してない奴がそんな髪飾り付けるかよ!と言いたくなる気持ちをグッと堪える。私は空気を読める系女子になるのだ。


「そういえば織姫がベガで、彦星がアルタイルだっけ……あはは、よく見たらカードもちゃんと女性と男性になってる」
「こんなカードもある、《天架ける星因士》」
「二人セットじゃん! これ天の川かな……ロマンチックだね」
「! 君にもそういう感性があったのか!」
「何よそれ!」


 ムッとして頬を膨らませた私を、志島はさもおかしそうに声をあげて笑う。あれ?彼のこんな顔を見るのは、もしかするとはじめてじゃないだろうか?


「……っていうか今更だけど何で私を誘ったの?」


 最初にも述べたけれど、“あの日”以来、彼は私を避けていると思っていた。だと言うのに今こうして二人でパックを剥いているという状況に、今更ながら猛烈な違和感が襲ってきた。思い切って彼に問いかけると、たいした理由じゃない、と前置きしてから、なんてことなさそうに彼は呟いた。


「このカードを手にしたら、いや、絶対当てるつもりだったけど……久しぶりにテラナイトデッキを回してみたいなと思ったのさ」


 本当にたいした理由じゃなくて今まで気を使っていた自分が途端に馬鹿らしくなった。


「……それ刀堂とか光津さんのが適任じゃない?」
「二人とも用事があるって断られたんだよ。本当に久しぶりでね、リハビリ程度なら君でも十分役に立つよ」
「殴るぞ」


 気付くと空は藍色に染まり始めていた。端の方にわずかに残った橙の夕日が、滲むように揺れている。


「また会えるさ」
「……何いきなり? 誰に会うって?」
「君が一番分かってるだろ?」


 そう言って、どこか寂しそうに笑った志島の口元から、私は目をそらせなかった。目を合わせる勇気がなかったともいう。


「   さんに、きっと会えるよ。君が……あきらめなければ」


 何が会えるさ、よ。急にロマンチストぶったって数分前までたった一枚のカードと同じくらいに目を輝かせてたガキだってことは分かっているのだ。こんなことで、今の私が剥がれるとでも思ったのだろうか。だとしたら、彼は私をなめすぎている。

 次元を巡っても未だにあの愚兄は見つからない。そもそも会いたいなんて言ってない!と志島に憤慨したあの日が今は遠い遠い過去のようだ。「それは君の努力が足りないからだ」。――そんな声が聞こえてきそうな気がした。けれど気がしただけである。あの日、私をらしくなく慰めた彼も、今どこにいるのか、生きているのかすらも分からなくなってしまった。
 次元を超えても、不思議なことに空はスタンダードと変わらないようである。暗い星空の中から、今日も私はオリオン座をすぐに見つけることができた。しかし、相変わらず他の星はどれも同じに見えるのだ。比較的見つけやすいと言われる北斗七星ですら、私はその探し方を知らない。


 久しぶりに、あの嫌みが聞きたい。


(2016.07.07)