気付けばもうこの時期が来ていた。
何時もならばシカトを決め込むのだが、今年はなんとなく―ちょうど久しぶりに料理をしてみたい欲求も合わさり―向き合うことにした。
「まぁ、甘いもののことならこの沢渡シンゴに任せな」
……のだが、何故彼もここにいるのか。いや理由は分かっているのだ、先程の出来事が原因だとは分かっている。分かるけど、意味がわからない。私が、スーパーのチョココーナーでギャーナチョコと大正チョコとの間で揺れるママママインドしていたのがいけないのだ。たまたま目があった沢渡をペンデュラム召喚してしまった。
「そんなんどっちでもいいじゃん」「いや、メーカーも大事だよ、それとミルクにするかホワイトにするかも」「だってお前の場合どうせ溶かして固めるだけだろ?本当に良いものなら別のとこで工夫入れるもんだぜ」正直図星だったのもあるが、その言い方にカチンときたので、それならば、自分はもっと凄いものが作れるのかと問うたのである。
私はただの苦し紛れの捨て台詞のつもりだったのだ。それなのに、挑発と勘違いしたのか厄介にも奴は乗らなくていいのに乗ってきた。そしてあろうことか家にまで着いて来た。
「チョコを作るならまずチョコについて知るべきだ」
「お前は何を言ってるんだ。今日当日だよ? 時間ないの分かる?」
「そうやってなめた気持ちでパッドクックに頼る奴は失敗するんだよ」
「ぐうの音もでない」
そこから始まった沢渡シンゴのうんちくを受け流しつつ、チョコを切り刻む。パッドクックさんを逐一見つつ私は一番簡単と言われるそれを作る。
「生チョコか」
「生チョコだよ」
「俺でも作れる」
「うん、このレシピにもサルでも作れる! って書いてあるからね」
「喧嘩売ってる? っていうかお前のプライドも相当安いな……」
哀れみの視線を横から感じるが無視。さらにその向こうの部屋から母の生暖かい視線も感じるが無視。「彼氏を連れてくるなんて……」じゃないよこいつ彼氏じゃないですよお母さん。不法侵入者ですよ。
気付くと沢渡がオーブンを触っていたのでついレシピを確認する。オーブンを使うような工程は無かったはずだが。
「俺はパイが好きだからな」
「パイ?」
「チョコパイ作るんだよ、お前のチョコで」
「え、材料どうするのそれ。チョコしか買ってないよ」
「実はパイシートを買い物カゴに忍び込ませてたんだよ」
「沢渡くぅん? 何小学生並みのことしてくれてるのかなぁ?」
私の額に現れた青筋を無視してパイシートを黙々と正方形にカットしていく沢渡。
「これを重ねてからハート型とか星型にくり抜くんだ。で、そこにお前の作った生チョコを流し込む。くり抜いたパイ生地はパイ生地でそのまま使える」
「……」
なんだその可愛らしい計画……完全に、負けた。溶かして固めるだけの私とは一味……違うのね。いや、別に勝負していた訳でもないが、明らかなステータスの差を見せられた。
「ところで、これ作ったら誰にあげるんだ?」
「いや、特に。今年は空気に負けて作りたい気分になっちゃっただけ」
「ふーん」
「チョコパイはありがたかったから、沢渡にもあげるよ」
「まぁ殆ど俺が作ったからな。そうでなくとも?この沢渡シンゴは?本命チョコを貰って当然というか?」
「本命っていうか……義理というか……最初の犠牲にならないといいなぁ」
「お前チョコになに入れた?」
ハッピー?バレンタイン
(2016.02.14)