※榊遊矢視点。時間枠はちょっと先の未来。(2015.04.01)



 学校も塾も終わり、これからどうしようかと宛もないまま町を歩いていると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。石ころを蹴りながら、ふらふらと歩く彼女を見て、「相変わらずだなぁ」と少しだけ頬が緩む。それから少しだけ迷ったものの、声をかけることにした。ただ、普通に声をかけるだけでは面白くないだろうと、脳内の自分がにやりと笑ったものだから、忍び足で彼女に近付いた。

 そして彼女がまた石を蹴ろうとしたそのタイミングを見計らって、後ろからその背中をトンと押した。

「なまえ!」
「……何だ、榊か。こんなところで会うなんて、偶然だね」

 振り返った少女は、たいして感動も驚きもないような、テンプレートのような台詞と表情で俺を見る。こちらとしては滅多に遭遇しない分、感動も驚きもあったので、この温度差に、一般的な視点から見ても、つまらない子だなぁと思ったのは確かだ。それを理解した上で声をかけたのは自分である。彼女はそういう人だから、と割り切っていたつもりだった。
 しかし今日の俺は、振り返る直前に微かに揺れたその肩を――あらぬ方向に飛んでいった石を見逃さなかった。その些細な反応だけで、どうやら、全てが彼女の強がりに見えてしまう病気にかかってしまったらしい。サインを見抜けた喜びと、彼女の数秒が自分によって乱されることの快感に、溢れそうになる笑いを堪えるのが精一杯であった。これがエンターテイナーを目指すものの喜びなのだろうか?

「今からどっか行くの? 俺も一緒に行っていい?」

 流れるように口から発した言葉に、自分でも驚いた。確かに今日は予定も無いし、撤回する必要もないが、何がそうさせたのかはよく分からない。

「いや、暇っちゃあ暇……なんだけど、ちょっと、志島の家に殴り込みに行こうかと」
「志島? ……北斗か?」

 LDSエクシーズ召喚コースの、セイクリッド使い。

「そうそう。今日ちょっとウトウトしてたらあの野郎脳天にシャーペンぶっ刺してきたんだよね」
「……」
「おかげで奇声上げちゃって教室内の笑い者だよ。え?いつもの事って?やめて」

 その光景が目に見えるようで、俺は気付かれないように苦笑した。

「……それ全面的になまえが悪くない?」
「……だから珍しく謝りに行こうかと」
「嘘付けさっき殴り込むって言ってただろ、この子反省してないよ」
「そんなことないよ、見てこの目を!」

 彼女はそう言うと、目一杯目を見開いてずいっと身を乗り出してきたので、思わず肩が跳ねる。正直怖い、超怖い。瞬きすることもなく、じっと黒目がこちらを見つめてくる。その狂気を例えるならファービー。決して、視線がかちあうこの距離の近さに驚いたのでは、ない。

「慈愛に満ちた綺麗な目してるでしょ?」

 ふざけた様子で続ける彼女の言葉も、耳に透明な膜を張ったようにぼけて聞こえた。

「自称、光津さんもびっくりする程の澄んだ瞳だよ」
「光津」

 LDS融合召喚コースの、ジェムナイト使い。

「自称って……憎しみに満ちた目をしてるけど」
「なん……だと……憎しみは何も生まないのに」
「それを俺に言われても困るな」

 ごめんごめん、と口だけで謝るなまえは乾いた瞳を潤そうと何度も瞬きをした。無意識のその行動によって、魔法が解けたように音も鮮明に聞こえ出す。

「……というより、なまえ、あいつの家知ってるのか?」
「知らないよ。それで今、刀堂に聞こうかなって思ってた」
「刀堂」

 LDSシンクロ召喚コースの、X-セイバー使い。

「……なまえ、LDSで友達出来たんだな」
「え? 何それ」

 殴り込む、否、本人は謝りに行くといってはいるが、どことなく楽しそうな表情を見るに、本心はそのどちらでもないのだろう。まんざらでも、ないんだ。
 先程から会話の中に混じる、俺も知っている人間達の名前。俺も彼女と関わりがいうほどある訳ではないから、彼女の交遊関係など知らない。だからこそ、なのだろうか。少しずつ大きくなる、この軋むような胸の痛みは。

「別に、謝りなら必要ないんじゃないか? ……友達なら」
「いや殴りこ……じゃなくて、謝らないとこっちの気がおさまらないよ」
「また面倒なことになるだけだと思うけどな……性格的に、相性合わないんじゃないの?」
「そう、かな……? 確かに腹立つんだよね、いつも小言ばかりだし。あ、刀堂達はいい人だよ、基本は」
「じゃあ」
「でも、志島のことも別に嫌いな訳じゃないんだよね。向こうはどうか知らないけど」

 なにそれ。

「……なまえ、LDS辞めたいって言ってたよな」
「私の目標みたいなものだからね」
「それなのに、なんで」

 そんなに楽しそうに、話すのだろうか。
 以前までは、苦虫を潰したような、そんな苦しい顔をしていた。その名を口に出すことすら嫌だとでもいわんばかりであったというのに。辞めたい、辞めたいという割に、無意識に絆されているのではないだろうか。
 「友達」という表現を否定することなく飲み込んだ彼女を見て、そう確信してしまった。

「榊? どうかした?」

 それは話が違うじゃないか。

「だって、なんか、なまえがあいつの事好きみたいに言うから」
「ええっ?どこが?」
「どこがって……」

 どこが? 確かに、改めて冷静に考え直してみると、彼女の口からそんな言葉は欠片も出ていなかった。嫌いではないと言っただけ。なのに、何故そう感じてしまったのだろう。焦燥感のようなものが身体を駆け巡る。

「いや……何でもない……」

 なまえが志島を好きなんてこと、あるはずがないのに。いや、そこではない。何故、そう思ってしまったかであるということが、一番問題なのだ。

「まぁ三人とも、いつか見返してみせるけどね」

 本当はそんなつもりなど、もうないくせに。
 自慢げにそう言う彼女に、俺は脳内で小さく呟いた。「嘘吐き」と。