「エプロンって素晴らしいねぇ。君のように若い女の子が着てると尚更」
まさにかの有名な彫刻のように玉貌を輝かせた美青年の口から、その辺のおじさんのようなセリフが出てくることに私は未だに順応出来ずにいた。フレッシュグリーンの髪が夏の木々を思い起こさせ、その下にある双眸は女を射止める艶と鋭さを持つ。そして口はいつも色んな意味で緩やかだ。
藤丸立香のサーヴァント・ダビデは時折こうして私の前に現れては、毎度おかしな会話を交わし、勝手に満足して去っていく。今日のように食堂で話しかけられる時もあれば、廊下ですれ違った時、気付けば隣にいた、等パターンは様々である。
魔術師でもない私にとってバーサーカーやアサシンというクラスに属する英霊方よりは、比較的親しみやすい存在ではあるのだが、あるのだが……如何せんその意図がはかれないのが不気味でもある。
「この間、エミヤから聞いたけど、サーヴァントって食事しなくてもいいんでしょ?」
「必要ではないね」
はっきりと言い切った彼の視線の先には、黄色いスイーツが。その手にある銀のスプーンは特に装飾も無いシンプルなものであるのに、何故だか彼が持つと非常に価値のある品のように見えるから不思議だ。
「……じゃあなんでまた今日は」
「マスターとマシュがね、僕を編成していない時に限ってレイシフト先でプリンを食べたと自慢してきたんだ。ずるいだろう? だからエミヤに作ってもらったのさ」
そうか。レイシフトした時代によっては、普通に人々が生活している地域もあるのか、と納得しつつ、その言葉から新たな疑問が浮かんできた。
「カルデアの食料ってもしかしてそこから持ってきてるの?」
「いや、殆どはカルデア内の食料庫に備蓄してあるものだ」
突如後ろから聞こえた低い声に肩が跳ねた。すぐさま振り向くと、そこには赤い衣を見に纏ったサーヴァント・エミヤが立っていた。
「そんなに驚かなくても」
「気配がないから……」
「……こればかりはもうどうしようもないさ」
私が座っている椅子の背もたれに手を置き、彼は話を続けた。
「ダ・ヴィンチちゃんが作った特殊な道具でレイシフト先から持ち帰ることもあるがね」
「それ、私ジャパニーズアニメで見たことあるかもしれない」
「……そ、そうか」
その間、ダビデ王は無言でプリンを食べ続けていた。
「そうだ。プリン、君の分もまだあるが、どうする?」
「……欲しい、です」
「了解」
思えばここに来てから、甘いもの、所謂デザートに値するものを口にしていなかった。市販品をぽんと買えるような状態ではないし、数十人の職員を対象とした食事を作る際にそこまでの時間の余裕がない。そもそも、空いた時間でこっそり作って食べるような図々しさは持ち合わせていない(作れるとは言ってない)。
「そういえば、ダビデ王もMr.エミヤも『アーチャー』なんだよね?」
「うん」
「archer、だからやっぱり弓を使うの?」
「いいや、基本的に使わないね」
ちょっとよく意味が分からないですね。
「使わないんだ……」
「もちろん弓を使うアーチャーもいるけどね。……あぁ、そういえばこの間うちに来たビリーなんかは銃を得意としていただろう?」
「ビリー……ビリー・ザ・キットか。確かにそうだね。くるくる回してるの見たことある」
彼はは私を見るなりニヤッと笑って「American?」と聞いて来たのが印象的だった。アメリカ人なら誰でも知っているであろう、アウトローのヒーロー、ビリー・ザ・キッドは、私が思い描いていた以上に若々しく、かつクールであった。
今の時代、一つの国に複数の人種がいても不思議ではない。特にアメリカという国は移民と多様性の歴史を紡いできた。
それなのに、一言も喋りもしていない私を見て彼はずばりと言い当てた。その理由を聞いて、彼から返ってきた答えは「そうだなぁ……匂いかな?」。なんとなくショックだった。
「それこそ今日は彼が僕の代わりに編成されてたっけな」
過去を遡っていた私の意識を取り戻したのはダビデの声だった。
「というより君さ、僕やエミヤがレイシフトするところ見てないの?」
「たまに時間が空いている時にスタッフさんに見せてもらってるよ。シミュレーションルームの映像とか……」
そもそも、エミヤとか何しているのかよく分からない。サーヴァントによる戦闘。モニター上ということもあるかもしれないが、とにかく速すぎて肉眼で捉えることが上手く出来ない事が殆どだ。ダビデは単純に見ていないかもしれない。
「分かったぞ。君もしかしてずっとマスターを見てるな?」
「な、にを根拠に」
強ち間違いでもないので一瞬声が上擦りかけたが、彼に気付かれていないことを祈るしかない。といっても、別にやましい気持ちはひとつもなく、ただ“私だったかもしれない”姿を見ていたに過ぎないのだ。
だというのに、スプーンを指先で弄びつつ、ダビデはまだ続ける。
「実際、君たちの関係を怪しんでる奴もいるんだからさ」
「え、嘘! なにそれ、一体誰が……!?」
「んーそれは秘密」
「……こら、いい大人が子供をからかうんじゃない」
ふわりとほのかにいい匂いがして二人揃ってそちらに顔を向けると、プリンとスプーンをトレイにのせたエミヤがいた。
「ありがとう」
「口に合うかは分からないが」
そういう割に、彼の表情は自信に溢れ輝いている。
サーヴァントって何なんだろう。
一部のサーヴァントに聞かれたら、怒られるんじゃないかというような感想を抱くが、こんな私に対して初対面からよくしてくれている彼等を見ていると尚更そう思ってしまうのだ。
こんな風に雑談して、料理をして、笑う。Dr.ロマンやダ・ヴィンチちゃんにどれだけ“英霊”のことを詳しく教えてもらって表面を頭で理解したところで、感じるものはまた違うのでややこしい。
スプーンでプリンをゆっくりと刺すと、その僅かな衝撃でトッピングの生クリームはふるると揺れた。
「ママの味がする……」
「は」
「例えの話」
冷蔵庫に入っていたから冷たいはずなのに、何故だかほんのりあったかくて、それから甘い。人の手で作られた味だ。正しくは、サーヴァントの手で、かもしれないが、そこにはなんの違いもない。私の子供舌では、まずその差を実感することはできない。
サーヴァントって何なんだろう。