燃えろチャッカマン
「噂の転入生のことだけどよ」
「何だよいきなり」
どこかにやついた顔で寄ってきたクラスメイト数人を、俺は訝しげに見返した。こいつらはいつも数人でグループを作って行動しており、その内輪で盛り上がっているのをよく見かけるが、俺はその中のひとりとも別段親しくはないからだ。話かけてきた男子は、クラスでも一番ガタイのいい体格をしており、確かグループの中では「あっちゃん」と呼ばれていたはずだ。
「あいつちょっと変わってるよな」
お前等今更そんなことに気付いたのかよ。と、つい口から飛び出そうになるのをぐっと堪えた。アカデミーにおいては、俺はあいつとたいした関わりを持っていないことになっている。というよりは、極力関わりを持たないようにしているのだ。余計なことをいっては追及されるだけだろう。ここは無難に返しておくか。
「あー……まぁ、ちょっと浮いてるよな」
奴をよく知ってる俺からすると浮いてるどころかぶっ飛んでるんだけどな、と心の中で付けたした。
俺の返答を聞いたクラスメイト達は、どこか満足した様子で、さらに笑みに含みを持たせていた。その中のひとり、体格のいい男子が次いで何か言おうとしたのか口を開いたものの、その瞬間に教室の扉が開き、先生が入ってきたことにより中断された。
……一体なんだったのだろうか。少しだけ気にかかったものの、授業が終わる頃には俺の頭の中に浮かんだ疑念はすっかり消えてなくなってしまっていた。
*
実技の手裏剣投げが俺史上ベストな成績を残せたことにより、その日はずっと気分が良かった。リンはちゃんと見てくれただろうか?などと彼女を気にしつつ、帰りの準備をする。しかしリンが俺の視線に気付くことはなく、友人と朗らかに会話をしながら教室を出て行った。少し残念に思いながら彼女が出て行った扉の向こう、俺の目(フィルター)に映る不透明な残像を名残惜しみつつ眺めていた。彼女の残像すらも完全に見えなくなったころ、もう殆どの生徒が教室を離れていたので、俺も慌てて鞄を持ち、立ち上がる。
がたん、と机が揺れた音が教室に響いたのはその時だった。
「お前なんでチャッカマン持ってんだよあっぶねーな」
「……だってこれは我が一族の宝だからね」
チャッカマンが、まだ残っていたようだ。その机を取り囲む数人のクラスメイト。今朝俺に話しかけてきた奴等だった。
「いや……お前の一族の名前なんて聞いたことも無いし……あれ? つーかお前の苗字って何だっっけ……」
「気付いてはいけない闇に気付いてしまったようだな……」
「何言ってんだこいつ」
嘲るようないくつかの笑い声が教室に響く。これは……これはもしかしなくてもあまりよろしくない状況ではないだろうか?
「お前さぁ、なんか気持ち悪いんだよな」
「そうそう。皆思ってるぜ。皆どころか、先生にも避けられてるの気付いてるか?」
「ん? そうなの?」
俺の予感は的中した。直後、俺は自分でも情けない事に、素知らぬ振りをして教室を出るか否かを必死で考えていた。正直男子数人で寄ってたかって女子一人をいじめるというのは、見ていて胸くそが悪過ぎる。俺の中に存在している正義感が直ぐにでも飛び出ていけと言っているが……状況が状況だった。もちろん一番の理由としては人が多いこと、だが――。
再三述べているが、俺はアカデミーではチャッカマンと全く関わりを持とうとしていない。奴と出会った当初、一緒に住んでいるということがバレるのが嫌で、誰にもそれを悟られないようにするためだった。しかし、今の状況を見るに、チャッカマンは一部の人間から疎まれている。その上で、もし俺とチャッカマンが一緒に暮らしていることが皆に知られてしまったら?その先を想像をするのはあまりにも容易だった。
迷ったまま、その場を動けない俺。どうする?どうすればいい?悶々と考えていた時だった。
「待たせたな、チャッカマン! 今日も俺と特訓……ん?」
バン!と扉を開けて入ってきたのはガイだった。自分に集中する視線を疑問に思ったのか、暢気に首を傾げている。対するチャッカマンもその自らの状況の割に、当然のように彼に手を振っているので、更に困惑したようだった。
相変わらず、ガイとチャッカマンは放課後一緒に特訓してるんだな……。まてよ、嫌な予感が倍増する。
「ああ……そういやお前、“いつもひとり”じゃあなかったな……」
「落ちこぼれが二人そろったな! 忍術が使えないキモい奴とチャッカマン持ってる頭おかしいやつが」
「……」
「ウッ……な、なんだお前達。まさかチャッカマンを……」
突然のことに狼狽えるガイに、哀れみの視線を送る。なんてタイミングの悪いやつなんだ。ガイも変わってはいるが、気の強い方かといえばそうでもない。
「やっぱり似たもの同士、お似合いだな。結婚しちゃえよお前達」
「は、はぁ? 何言って……俺とチャッカマンはな……ともに忍びへの道を極めようと固く誓った友人……」
「忍び!! 忍術が全くできないやつがよく言うぜ!」
いや、やっぱり、こいつらむかつく。……俺は、覚悟を決めて飛びだした。
「オビト?」
チャッカマンの驚いた顔を見るのはこれがはじめてかもしれなかった。確かに、アカデミーで話しかけるなと言ったのは俺の方だし、なんやかんやチャッカマンはその約束を今までずっと守ってきたのだから。その俺から関わりを持とうとするなど、予想していなかったのだろう。俺だってそうだ。けれどもやっぱり、この情けないながらも確かにある正義感が、許せないと言っている。
「おいてめーら!」
「……オビト。何の用だ、お前に関係ないだろ」
「関係……はないこともないんだよ!」
「……ああ、忘れてたぜ! そういえばお前もあのうちは一族の落ちこぼれだっけ?」
「落ちこぼれが3人揃ったな! もうお前等スリーマンセル組んじまえよ!」
「おっ、いいなそれ!」
「あ、いや、そもそもお前等三人とも、下忍にすらなれるか分かったもんじゃねーか。ハハッ」
代わる代わる、好き勝手に言う奴等に俺の怒りは有頂天……じゃなくて頂点に達した。予想はしていたが、面と向かって自分の悪口を言われて怒らないやつがいるもんか。
すっかり黙り込んでしまったガイ。対して俺は憤りと悔しさで震えていた。無意識のうちに握りしめていた拳もまた、震えている。そもそもお前ら、体術でガイに勝てたこともねーくせによくそんなことが言えるな。(悔しいことに俺もだが)
落ちこぼれ、という言葉が俺は大嫌いだった。俺もガイも、チャッカマンが来る前から時折、その言葉でからかわれてきたが、それが嫌だからこそ努力しているのだ。ガイは体術ではカカシに負けずとも劣らない成績を残しているし、俺だって……今日の手裏剣は褒められたし、日々成長しているのだ。
「……もしかしてオビト、こいつのこと好きなのかぁ?」
「それは! 断じて! ない! 地球が爆発したとしてもそれだけはないぜ!!」
「どうだかなぁ。朝話した時も微妙な態度だったしな、お前」
「あっちゃん、落ちこぼれと落ちこぼれが結婚したら、超超落ちこぼれの子供が生まれるんじゃね?」
「なっ」
「ははは! そうに違いない! な! 結婚しろよお前ら!」
そういって「あっちゃん」は、余程女子に対するものとは思えない乱暴さで、チャッカマンの胸ぐらを掴んだ。
(こいつら……!)
怒りにまかせて握りしめた拳を、振りかぶった、その時だった。
「……お前ら冷たいからあったかくしてあげようね」
「あ?」
「だって私、冷たい奴は嫌いだもん」
「何だお前、俺達になめたくち聞いてんじゃ……あっつ!」
俺は目を疑った。チャッカマン(あいつ)は、なんとチャッカマン(本物)を使って、自分の胸ぐらをつかんでいる少年の服を燃やしはじめたのである!
「うわ、わ、あっちいいい!」
「お、おい! お前何やっ……あああ、あっちゃん! 早く火ィ消さないとやばいって!!」
「ガイに体術で勝てたこともないくせに、よくそんなことが言えるよね。お前らなんかより、ガイの方がよっぽどかっこいいよ」
「っ、チャッカマン……」
感動したのか涙を浮かべるガイ。俺はこいつが、俺と同じ事を思っていることに少しばかり驚いていた。
「オビトだってヘタレだし、火遁使えないし、ガイより弱いし、火遁も使えないけど、」
俺だけ更に傷抉るの止めろ。そしてそのうちは=火遁の基準をどうにかしろ、勢い余って顔面ドッカンパンチするぞ。
今度は別の意味で震える拳を必死に抑え込んでいると、ふ、とチャッカマンが俺を見た。
「でもオビトは誰よりもあったかいよ。お前らなんかよりもずーっと……」
それに、とチャッカマンは更に続ける。その表情はいつものようにおちゃらけた阿呆面でも、にたにたとした腹の立つ笑顔でもない。完全なるムを貼付けた顔。それを見た誰かの小さな悲鳴が漏れた。
「忍になるなら、火傷くらいたいしたことないでしょ?」
勿論チャッカマンは数日謹慎処分になった。こいつこれで2回目だぞ。びっくりだよ。
(※人の服を燃やしたりするのは勿論いけないことなのでマネしないでください。)