飛んで火に入る夏の虫

「……オビトんちって扇風機しかないの、ク……とかさ」
「それ以上は言うな馬鹿。扇風機以上の文明を求めるなよこの時代に馬鹿。史上最上級の馬鹿」
「何言ってんの」
「お前が何言ってんだ。今はどこも経済的に厳しいの、特に俺んちは厳しいの! 何故かって? お前がいるから」
「じゃあプールとかは? 空気入れて膨らませる丸いやつ」
「何食わぬ顔で新たな提案するんじゃねぇよ……その前に少しは申し訳ないという感情を滲ませろ、顔に」
「フガクさんとか持ってないの。あそこ子供いるじゃん」
「子供ってお前その言い方……イタチな。まだ小さ過ぎるだろ。……っていうか何でお前がフガクさんのこと知ってるんだよ」
「……それは聞かない方がオビトのためだよ」

 何したんだよお前。

 

*

 

 しかし暑いのは俺も同じだった。後日、うちは一族の中で誰もかひとりくらいはビニールプール持ってるんじゃなかろうかと、それとなくリサーチしてみた。ら、なんとあのシスイが持ってた。あのシスイ、とか表現したけれど実はそんなに仲良くない。祭り事でたまに顔を合わせる親戚くらいの間柄である。シスイに至ってはまだ小さいし、まず遊んだこともない俺の名前など覚えてもいないだろう。聞くところによるともうチャクラのコントロールが出来ているだとか、手裏剣が上手いだとかで、うちは特有のエリート値をメキメキと伸ばしているらしい。……だめだ、うちはのエリートって皆カカシみたいな考え方してる(と思ってる)から俺ニガテだし、それが例え年下でも同じだと思う。むしろ年下に見下されたりしたらたまったもんじゃないわ。それこそチャッカマンがあげていたフガクさんとこの某イタチだって完全に俺のこと舐めてる。きっとシスイだって同じだ。分かってんだよ……。
 ついたばかりの目星を頭の中で打ち消しつつ家に帰ると信じられない光景が俺を待っていた。

「は?」

 水色のごくシンプルなビニールプールで遊ぶチャッカマンと、先程まで思案を巡らせていたうちはシスイその人。俺と似た真っ黒の目がこちらを捉えて、一度瞬く。少しだけ怯んでしまった自分を恨んだ。

「オビトおかえり~。シスイくんにプール借りたんだよ」
「え?」

 オビトも入る?とさも当たり前のように宣うチャッカマンに対し、俺は状況が理解できないままただ呆然と家の前で立ち尽くすのみ。そもそも、なぜ玄関の前にプールを設置した。クッソ邪魔なんだけど。
 チャッカマンはシンプルなスクール水着を着ていた。スクール水着とは?とかいう細かいところは置いておいて、それをどこから調達したのか割と謎である。「おばあちゃんがうちはマダラからもらったって言ってた」嘘だろ承太郎。それにしてもこいつ胸平だな。

「オビトさんおかえりなさい」

 しばらく俺達のやりとりを見ていたシスイがおそるおそる、と言った様子で俺に話かけてきた。まぁ親戚とはいえほぼ他人だしな、とこちらも少し戸惑いながらも返事をすると、緊張がほぐれたのかゆるりと笑う。へぇ、意外と愛嬌ある顔してんな俺に次いで、などと感心していると、すかさず横からその頬を人差し指で差す馬鹿がいた。

「ほら見て眩しい。かつてうちはにこれほど眩しい笑顔を放つ人間がいただろうか? いや、いない」
「おいぶん殴られたいのかお前。いい加減チャッカマン一族に強制送還させっぞ!」
「そしてかつてうちはにこんなにぷにぷにの頬を持った人間がいただろうか? いや、いない」
「黙れ。うちはは代々柔肌だ。勿論俺もだ」
「フーン ( ´_ゝ`) 」

 なんかイラッときた。

「じゃあお前はどうなんだよ! 絶対お前よか俺の方が遥かに柔肌だぞ!」

 と勢いままチャッカマンの頬にダイレクトアタックした。してしまった。濡れてしっとりした肌が指に吸い付くようだ。ゆっくりと腕を降ろし、なんだかいたたまれない気分になって黙り込む。対するチャッカマンは相変わらずで、「私はうちはの話してんだよ。話すり替えんな」と謎のキレ方をされた。

 

「大体、フガクさんとかめっちゃ固そうじゃん」
「……それは否定できない」

 なんだろう、とてもつらい。なんでこいつはこんなんなんだろう。

「お姉ちゃんこしょばゆいから指離して」
「いや。シスイくんがチャッカマンって呼んでくれるまでへぇへぇボタンのように力ある限り連打してやる」
「やめてやれよ。何なんだよお前のその意地」

 

*

 

「……流石に三人で入るとせまいねぇ。シスイくらいの子ならともかく、私達対象年齢ギリアウトだもんね~」

 そういえば、近頃のチャッカマンはなんかでかくなった気がする。身長もそろそろ追い抜かされそうでだと危機感を覚える。いや、それ以前に少し太くなったというか、丸くなったというか……。毎日毎日飽きもせずガイと忍組み手をしていることは知っているし、決して太っているのいうわけではないのに、なんとなくだがそう感じる。さっきも頬を触った時思いの外ぷ……いやさっきの事は忘れよう。

「何じろじろ人の事見てんの」
「いや……お前がでかいから狭いんじゃねって思ってただけ」
「言ってるやんけ」

 このまま俺の失言で第三次も終わってないのに第四次忍界大戦が始まるかと思ったが、別段気にしていない様子だったのでほっと胸を撫で下ろした。
 シスイは自分の家から一緒に持ってきたらしい水鉄砲で黙々と遊んでいた。おそらく悪意はないのだろうが、時折俺の股間当たりを狙ってくるのがものすごくつらい。

「そういえば何でお前シスイの事知ってたんだ?」
「んー? 前に道に迷ってるところを助けてあげたんだ」
「えっ……お前に人並みの良心があったなんて」
「心外。私だってそれくらいできるもん」
「おれ、おねえさんのお陰で2時間かけて家に帰れたんだよ」
「てめぇも迷ってんじゃねーか」

 いつもの流れでチャッカマンを引っぱたく。と、シスイがその行為に過敏に反応した。

「おねえさんを虐めるな!」
「え? いじめては……ブッ!」

 顔面にブチ当たる水。このチビ……顔目がけて撃ってきやがった。ちゃちなオレンジ色の水鉄砲を必死に握りしめて、俺を睨みつけてくる。フッ、そんなものなくても俺には水遁(と言うなの手水鉄砲)がある!

「くらえー! 水遁水鉄砲の術~!」
「きゃー冷たいー!」
「ちょっとシスイくん虐めないでよ。彼、この歳で火遁使える有望株なんだよ?」
「だから別にいじめてはねーだろ遊んで…………ハッ!! お前、そ れ が 目 当 て か ! !」

 

*

 

「オビトさん、さっきはごめんなさい……。仲直りの印に手水鉄砲のやり方教えて」
「あー? いいけど……お前も割と傲慢だな。あいつに比べたらマシだけど」
「あいつ?」
「いいかシスイ、悪いこといわないからあいつとは早めに縁切っとけ」
「え……ええ……?」

(夏にあげるタイミングを逃した非力な私を許してくれ)