マッチ一本 火事のもと

「どうしよう、オビト……」

 珍しく、奴が神妙な顔でそう言うから俺もたまには、たまには話くらいはちゃんと聞いてやってもいいかなと思った。

「何かあったのか?」
「……湿気が」
「は?」

 意味が分からず首を傾げるも、壊れたラジオのように「湿気が、湿気が」、と繰り返すだけだった。ああ、これはもう話を聞くかぶっ叩くかしないと止まらないんだろうな、とただ思った。
 湿気、といえばあのリンや紅もこの梅雨を憂いている様子がアカデミーでもよく見られた。なんでも髪の毛が膨らむだとか、逆に萎むだとかでそれを随分と気にしていたようである。が、俺からしたらリンはいつでも可愛いし、紅は天パだしで通常時との違いは全く分からない。それをアスマに伝えたら「やっぱ何も分かってねぇな」とでも言わんばかりにゆっくりと首を横に振られイラッとしたのを覚えている。
 とはいえ目の前にいるのは、家の壁に張り付いているカタツムリを枝でつついて遊んでいたような奴である。ついでにいうとそれを俺に焼いてほしいから「梅雨終わるまでにさっさと火遁覚えて」とカタツムリと俺に慈悲もデリカシーもない発言をしたような奴である。しかも食うつもりだ、カタツムリを。(※木の葉にエスカルゴはいません。)
 そう。こいつが、普通の女子のように髪の毛の状態を気にするような繊細な心を持ち合わせているはずがないのだ。となると、逆に何が奴をそうまで落ち込ませているのか、気にならないはずもなく。

「……湿気がどうしたよ?」
「オビトォ……」

 恐る恐るそう問いかけると、チャッカマンは顔を上げて俺に箱のような物をを突き付けた。そして彼女の口から出た言葉に対し、俺が言葉を上手く返せなかったのは、その目が少し濡れているように見えたから……とかでは全くない。

「湿気で、マッチが全部逝った……」
「…………へぇ」

 今世紀最大級にどうでもいいやつだこれ。

*

 

「何でマッチ使ってんだよ。お前チャッカマンだろ。何でこの期に及んでマッチとか使ってんだよ、キャラブレブレか? うちはマダラからもらったとかいうチャッカマンはどうしたんだよ」
「オビトこそ何をキレてるの。チャッカマン一族と呼ばれているからってチャッカマンしか使っちゃいけない訳ないじゃん」
「わかんねーよ、俺も“何で”こんなくっだらねぇことにキレてるのかも、何でお前等に少し失望したのかも自分でもわからねーよ。そもそもちょっとでも期待してた自分が恥ずかしいっての」
「なぁにそれ。……オビト、ちょっと勘違いしてない?」
「勘違いも何もチャッカマン博士じゃねーし俺」
「じゃあ教えて上げよう。我が一族にあるのはシンプルなたったひとつの思想だけよ。『なんでもいいから燃やそう』! そう……過程や……方法なぞ……どうでもよいのだァー!!」
「俺がここでお前を消さないと、今後もうちは一族から第二第三の被害者が出る気がする。首に痣はないけど、そんな未来を感じる」
「奇妙な友情!」
「ばか!!」

*

「私達だってTPOを弁えてるんだ。チャッカマンにマッチにライター……時と場合によって使い方を見極めてるんだよ」

 見極めきれてないからちゃんと保管もせずにマッチを全滅させたんだろうが。見極めきれてないからアカデミーにチャッカマン持って行って毎朝没収されてるんだろうが。近頃は朝の会でそれが恒例化し、皆に囃したてられても誇らしげな顔しているこいつの思考回路が不思議でしょうがない。
 自信満々と胸を張るチャッカマンに俺は一人心でごちる。言いたいことは他にも山ほどあるのだが、とりあえず俺が断言する。お前等にTPOを語る資格はない。

「確かに、マッチはチャッカマンに遥かに劣る。でもマッチにしかないものだって、あるんだよ……」

 また何か言い出した……と思いながらも、「例えば?」と先を促してやればちょろいもので。先程までうるんでいた目にボウッと炎が宿るんだから、やっぱり変わった奴である。
 彼女はおもむろにポケットに手を突っ込んで、新品のマッチ箱を出した。予備の未開封とはいえ、そうやって雑に持ち歩いてるから湿気るんだろうに……。チャッカマンは箱を開け、マッチを一本取り出すと、俺に見せびらかすようにそれを揺らした。すごい、全然羨ましくない。

「マッチ棒を持ったときって、不思議な気持ちになるんだよ……」

 そう言いながら、マッチ棒を一本、箱側面の横薬にセットする。何ら変哲もない、マッチに火をつける時の基本動作(とは)である。だからなんだよと、視線を彼女の手元から上げると、チャッカマンの目はいつのまにか据わっていた。え、何で?こっわ。

「いつ、どのタイミングで、どれくらいの強さで擦れば“火がつくのか”をじりじりと試す興奮、下手すると自分の指まで燃えるかもしれないというスリル。ヘヘッ、これを味わえるのはマッチだけよ……」

 普通に引いた。瞬時に物理的な距離をとってしまった。忍びの卵でよかった俺。

「マッチ売りの少女って絵本を昔おばあちゃんに読んでもらったことがあるけど、あの話こそまさにマッチの魔力の恐ろしさを表してるよね」
「絶対そんな話じゃなかった。ぜっったいにそんな話じゃなかった」