チャッカマン研!

「火の用心、マッチ一本火事の元」
「は?」

 この時のあいつの目を俺は一生忘れないだろう。あれは人殺しの目をしていた。

「……いや、だから。これから一週間、交代でアカデミー生で夜回りするんだよ。先生が言ってたろ」
「私には行方不明の姉も飼ってる犬もいないけど」
「その夜廻じゃねーよ」

 先生から配られたプリントを、ぐっと皺を寄せたままの奴の眉間に押し付ける。同じクラスであるのだから知らないはずはないだろうと思ったが、そういえばこいつは最近学校でボヤ騒ぎを起こして謹慎になったばかりであった。クラスではまずあまり話さないようにしているし、帰ったら普通に家にいるしでそんなことすらも忘れていた。鬱陶しい鬱陶しいと思っていたが、思いの外、干渉しなければ割とどうでもいい存在なんだなと今になって気付いた。それ以前にアカデミーで謹慎とは?というところだが、目の前に絶賛謹慎中の人間がいるのだからもう何も言うまい。

「それ私も参加しなきゃダメかな。謹慎中だけど」
「別にいいんじゃねーか。謹慎中なら」
「ふーん。まぁ、行事自体に然程興味はないけど……あ、でもガイに会いたいなぁ。いい加減体が鈍っちゃう。ハッ、出ちゃいけないならガイが来ればいいのでは?」
「それは駄目だかんな」
「……オビトが嫌なのは家がバレることでしょ、分かってるよ」

 拗ねたように顔を背けたチャッカマンを見て少しだけ、胸のあたりがきゅっと絞まるような感覚がした。こいつが謹慎になって2日、いや3日だろうか?その間、誰とも会うこともなく、一人家でじっとしていたのだろう。なんやかんや当初に決めた言いつけも守っているし、俺がいない間に何かやらかした形跡もない。奴も奴なり反省しているんだ。分かりにくいけれど。

「ところで火の用心って? 夜回りってどんなことするの?」
「ああ。『火の用心! マッチ一本火事の元~!』って、皆で声を出して歩き回るんだよ。里の人達が火の扱いに気をつけるように、皆で呼びかけ……」
「……クラスの皆で?」
「ああ、あと先生達な」
「……」

 そこでふと気づいた。もしかしてこいつは寂しかったのだろうか。自業自得とはいえ一人で謹慎してる中、クラスメイト達が集まってそんなイベントに参加してると知ったら、俺だったら拗ねる。いや、夜回りは別に楽しいことじゃないが、自分だけ出ないってのはな……。
 別にそろそろ皆に言ってもいいかもしれない、なんて、そんなことを考え出した時、じわ、と何か懐かしさすら感じる匂いが鼻を掠めた。

「ふーん、そんなこと書いてないけどね」
「いや、だから……火の用心って台詞が下の方に書い……あの、何してるんすか」
「もっと燃えるがいいや」
「らりるれ火事だァーー?! いやさせてたまるか!!」

 慌ててチャッカマン(本体)と下の方が焦げているプリントを没収する。全言言撤回。こいつ全然反省してない。謹慎とは一体何なのか。家から出なけりゃいいってもんじゃないんだぞ。

「何なのオビト。もうプリントはないし、私と一緒にこれから毎日家を焼こうぜ?」
「マジならここで刺し違えてでも俺はお前を止めるぞ?」
「……冗談だよ。本気で燃やすつもりなんてなかったし」

 こんなに信用できない冗談は初めてだ。

「火事は確かにいけないことだけどさ、正直な所、水遁使える忍がいたらすぐに火を消して救助出来るんじゃないのかな。このご時世に子供が夜に出回る方が危険じゃない」
「急にPTAみたいなことを言いやがって ……水のないところでそんな強力な水遁が出せるはずないだろ。それにそんな術が使える忍なら、戦争中で手が回らないだろうし……」
「だから呼びかけて回るのか」
「そうだよ。火の元から断たねぇと。まずは自衛が一番」
「……でも石焼きイモくらいはいいよね?」
「……今度イモ買ってきてやるよ」

ちゃんと火は消すんだぞ。