0点チャンピオン

 今日は抜き打ちで小テストがあって最悪だった。何が最悪ってテストの点数は勿論だが(威張ることではない)、テストを返される時にたまたま横を通ったカカシに鼻で笑われたのがトドメだった。

「くっそ……」

 どこにもぶつけることの出来ない苛立ちを発散するため、返されたテストの裏に憎き男の顔を落書きする。何が抜き打ちテストだ、ちゃんと予告さえされていれば俺だって本来の力が……とそこまで考えたところで、「抜き打ちテストこそ自分の本来の実力が問われるのだ」などとテスト前に先生が言っていた言葉が思い出された。ですよねー。しかもそれがカカシの声で再生されたものだからたまったもんではない。そういえばあいつの口元って見たことねーからたらこ唇にでもしてやろう。我ながらやってることがしょーもないが、カカシだからいいんだよ。仮にバレてもまた鼻で笑われるだけで何もしてこないだろうし。自分で言ってて悲しくなってきた、やっぱりやめよう。俺が鉛筆を置いたのと同時に、机の上に、ふっと黒い影が降りた。その後、「うわ、何それ不細工」と、今一番聞きたくない声が上から落ちてきた。

「……アカデミーで話しかけんなって言ったよな?」
「ごめんごめん思わず」
「はぁ……」
「ねぇ、オビト、テスト見せてよ」
「は?嫌に決まってんだろ……察せよ」
「まぁまぁ私の見てもいいからさ」
「…………い、いや、見たくねぇからいい」

 自信満々の上から目線の言葉に、俺は少し怯む。いや、こいつは基本こうだと言われればそうかもしれないが。確かにチャッカマンは外見からしてただのちゃらんぽらんだが、意外と勉強できたりするのかもしれない。もし、もしも俺よりもこいつの方が点数が高かったら、今度こそ立ち直れないだろう。この阿呆面に負けるとか、カカシに馬鹿にされるよりももっと屈辱的で目に見える暴力並みの痛みすら感じる。だからその手にあるプリントを見たくなかった。……というのに、次の瞬間、聞こえたぺしゃりという音と、暗くなった視界に俺は悟った。こいつ人の話聞かない。

「我ながらすごい点とったからさぁ、見てよ。ほら、見ろ、オビト」
「ぐううううう押し付けんな! 最早強制じゃねぇかクソ!! ……しかも何だコレ!? -5点!? 確かにスゲーよお前!!」
「いやぁ名前書くの忘れちゃって」
「褒めてねーよ、お前はコジコジか」
「だって書くべき名前が分からないんだもん。タグ挿入されてないし」
「そういうグレーゾーンな発言辞めろマジで……」
「……うわ! オビト、32点じゃん!すごい!」
「っでっかい声で言うなバカ!!」

 いつの間にか奴の手に渡っていた俺のプリントを取り返す。その際に少し破れてしまったが、それはこの際どうでもよかった。ただでさえ裏面には俺の落書きがあるし、捨てようと思っていたものだ。いくらこいつの点数よりはマシとはいえ、人に見せられるような点数ではないことは分かっているのだ。
 最早自分で書いた目の前のカカシすら俺をあざ笑っているように思えた。それが更に悔しくて情けなくて、用紙をくしゃりと歪める。どうせ見せる親もいねーしと用紙を丸めて捨てようと、指に力を込めた、その時だった。
 ひやっとしたものが手首に触れて、思わず肩が跳ねた。仮にも女子であるこいつに初めて触れられたからとか、そんなんじゃ決してなく、ただ純粋に、冷たかったのだ。
 俺の手を掴んで、顎で窓の外を指す。そうして放つ台詞も、その仕草も、やはり普通の女子のそれではない、けど。

「オビト、キャンプファイヤーしよう」

 何よりこいつが嫌いだなって思うところは、俺には無いその頭の軽さかもしれない。俺には「無い」のに、向こうの方が軽いとはこれいかにって感じだが、そういうことなのだ。こいつといると、俺まで駄目になりそうで。染まりそうで、嫌になる。しかも認めてしまった方がきっと楽なんだろうなって分かるからこそ、尚更。

*

 手を引かれてやってきたのは、校庭だった。放課後とはいえ、人が全くいないという訳でもなく、今更になって慌ててその手を振りほどいた。リンに見られたら終わりだ……多分。何にも言われなかったらそれはそれで悲しい。
 奴は突然しゃがみ込むと、自分のテスト用紙とチャッカマンを取り出した。同じように俺もしゃがみつつ、奴が楽しそうにチャッカマンを振るの見ていた。

「……そんなことにチャッカマン使ってもいいのかよ」
「いいんだよ。大体ね、おべんきょばかりぃ頑張ってもぉ、だ~め~なのさ~ってよく言うじゃん。忍びの卵だけに」
「グレーゾーン。頼むからジョニーズに触れるなよこれ以上」
「テストで点数とるよりさ、やっぱり大事なのはチカラだよ。そしてこの戦争で生き残るサバイバル能力……」
「さ、サバイバル能力……」
「つまりは一緒にDASH島しようよ」
「言うと思った。校庭でか?島とは一体」

 ひょっとすると、不器用な伝え方ではあるが、俺を慰めようとしてくれているのだろうか?落ち込むな、勉強よりも実践が大切だと、こいつは言いたいのかもしれない。それが正しいのかなんて頭の悪い俺達には分からない。が、100点なんかとらなくていい、大事なのは女の子に、否、リンにモテること。そういうことだな。0点チャンピオン。いやいや違う、そうじゃない。危うくこいつのペースに釣られるところだった。
 それにリンが好きなのは悔しいが現状ではカカシなのだ。カカシ=頭も良くて強い。仮に俺がカカシに忍び組み手や実習で勝てたとしても、それだけではあいつの隣には立てない。つまり……駄目じゃん。リンが振り向いてくれる訳ないだろ、絆されかけたわ。勉強もないがしろにしちゃいけねぇ。そう、「カカシに勝ちたいなら勉強も頑張らないと駄目だよ」って、心の中の天使ことリンが俺に囁いている。すげぇやる気でた。妄想だけど。天使なリンめっちゃ可愛かった。妄想だけど。

「ほらオビトも、プリント頂戴」

 そういって手をこちらに差し出す、こいつはさながら悪魔か。今日は何か大事なことを学べた気がする……。人の話を聞かないやつの話を信用してはいけないってことを。
 微かに鼻を掠めた焦げた臭いに気付いたのはそのすぐ後のことだ。燃え出した自分のプリントを枯れ葉に混ぜたのか、いつのまにか足元で細い煙を上げるそれを、慌てて踏み消す。情けない声を上げるチャッカマンを無視して、さらに上から砂をかけた。

「火種が……」
「火種が、じゃねぇよ! ただ遊びたいだけだろ、お前」
「いいじゃん。ガイも入れて3人でやろうよDASH島。オビトがリーダーでいいから」
「絶対やだ……その面子なら尚更やだ……。しかもさりげなく一番キツイ役目押し付けんな」

 あいつもテスト駄目だったのか……。などと知りたくもないガイの情報を知ってしまった。転入日以来やけに仲いいんだよなこいつとガイ。落ちこぼれ同士気が合うのだろうか?俺は落ちこぼれなんかじゃないから分からねぇけど!ちらりと脳内に現れたカカシを頭を振って消した後、勢い良く立ち上がる。

「俺は勉強も頑張るからな。お前はずっとそこで現実逃避してろ」
「現実逃避……?」
「そうだよ。臭いものになんちゃらって奴だよ、お前が今やってることは」
「オビトだって落書きしてたくせに」
「ぐっ、そ、それは少し前までの俺だから俺じゃない」
「ふーん。……まぁオビトがしないならいいや。一人でキャンプファイヤーしても楽しくないし。一人DASH島はオデッセイだし」
「もうお前それ以上口を開くな」

その後校庭でプリントを燃やしていたのを誰かにちくられ、何故か俺まで先生に怒られた。火遊び駄目、ゼッタイ。